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餅がコワイ

    私は怖がりだ。

    毎年、お正月にお餅を喉に詰まらせるニュースが流れるたびに、20代の頃から「明日は我が身」だと震えている。

    草間彌生さんのアートに触れて感受性が爆発して以来、集合体も恐怖になった。なんならお寿司の人気者の「いくら」や、スマートフォンに備え付けられている「複数のカメラ」も、じっと見つめ続けることができない。話がそれるようだが、私にとって魅力と恐怖は常に表裏一体なのだ。お餅は美味しい。けれど、あまりに危険を感じさせる存在。

    そんな私が、今どのようにこの「愛すべき恐怖」と付き合っているかを描いてみたい。

    もちろん、すべてのお餅に怯えているわけではない。私にとって怖くないお餅もある。

    それは、求肥(ぎゅうひ)だ。

    お餅の一部でありながら、その食感や口当たりはどこまでも柔らかい。何より、自分の意志で噛み切れる安心感。誰もを拒まず、喉の通り道も塞がない。求肥は、誰にでもやさしい食べ物ではないだろうか。私は、やさしくて美味しいものが好きだ。

    怖がりな私だが、美しさをまとったお餅には 心を奪われてしまう。

    たとえば、大阪・五條堂の「鴻池花火」。
    5種類のフレッシュフルーツと生クリーム、こしあんを滋賀県産の羽二重餅で包み込んだ大福は、切った瞬間に鮮やかな色彩が広がる。まさに雅な気持ちにさせられる華やかな打ち上げ花火だ。

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    2026年 6月 大阪・伊丹空港のポップアップショップで2人分購入

    同じ「花火」という名前でも、新潟・ガトウ専科の「花火パイ」ならば、私は一人で笑顔で食べられる。新潟から来たお客様にいただいて以来、その丁寧にデザインされた包装とサクッとしたパイ生地に魅了され、出張が多かった時期には両手に赤い紙袋いっぱい、毎回びっくりするくらい購入していた。入手困難な「冬の雪花火パイ」新潟に住む友人がプレゼントしてくれた。大好きだ。

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    2026年 7月 新潟駅ビルCoCoLo東館 GATEAU HA・NA・BI で爆買い

    一方、白いまん丸の多幸感に溢れた「お餅」の花火は、一人で食べることができない。もし喉の途中で止まってしまったら……?「ああ、あれだけ気をつけてと言われていたのに」という心の声とともに、お正月の音楽が無情にも流れるのだろうか。こんなに美しい断面を最後に私の人生が幕を閉じるのは、あまりにドラマティックすぎる。

    だから私は、お餅をお土産に買ってきて誰かにプレゼントするか、「一緒に食べよう」と相手を誘う。

    「大げさな人だな」とあきれられることもあるけれど、私にとって誰かとお餅を食べるのは、いわゆるチルタイム以上の大事な時間。万が一のときを助け合う可能性すらある、儀式だ。

    「本当にお餅が好きだよね」「美しい」「わあ、おいしい…」

    賑やかな時間は、一人で震えながら食べるよりもずっと柔らかく、心地よい、やさしい味でいっぱいになる。

    魅力と恐怖は表裏一体。

    私はこれからも、この愛すべき「コワイもの」を誰かと分かち合いながら、臆病に、欲張りに楽しんでいくのだと思う。

    #創作大賞2026 #フード部門
    写真:筆者


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