
富士王朝の聖地を散策してきました!
5月22日(金)に神話活動の一環として富士山の北東域(富士五湖~富士吉田)を散策してきましたので、記事に残しておきたいと思います。
私が古代日本史について記紀(古事記・日本書紀)を越えて深掘りする原点になったのは、古史古伝『富士宮下文書』を読み込んだことにあります。この書は「大明見北東本宮小室浅間神社」に伝承される古書になります。
記紀に「富士山」の記述が一言もないことは、とても不可思議なこととして知られています。聖徳太子(イエス)、天武天皇、藤原不比等が、意図を持ってそのようにしたのだと思います。ここはまた改めて研究しましょう。
私は、根から関東人であったこと、ボーイスカウト活動で青木ヶ原樹海の探索経験があったこと、山岳人として冬の富士山雪上訓練を四度経験していたこと、などもあって富士山には人並み以上に関心を持っていました。
古代史の本を初めて読んだのが 2019年秋(関裕二さんの書籍でした)、初めての神社参拝が 2021年秋(京都の上賀茂神社・下賀茂神社でした)、そして初めて富士山秘地に踏み込んだのは 2022年9月、古代史の研究を始めてから3年目、まだ4年前のことです。富士山には秘地が多いので、相当な回数(すべて日帰りですが)の探索をしてきました。
「3I アトラス」で宇宙人が富士山に降りた!
今回訪問の契機は『21世紀 死者の書』著者である「灯鳥ママリ」さんが、2025年11月に note に掲載された上記投稿です。
恒星間天体として話題の「3I アトラス」から、本物の宇宙存在である「仮称 羽衣カゲロウ宇宙人」が、地球の富士山の周辺に降りた!というのです。
そして宇宙人は次のようなメッセージをママリさんに残しました。
「さて私たちは、富士山の中の『地中人』の居住区にしばらく滞在します」
この「地中人」とは「シャンバラの神々」のことです。トト神はもちろん仲介されていますが、この宇宙人との対話をみても、ママリさんの霊能力は既に特別な領域にあるとお見受けすることができます。
私の知る限りでは「3I アトラス」について、これは本物だ!と驚くようなコメントを出された霊能力者の方は、日本人では灯鳥ママリさん(トト神)だけ、海外では『水瓶座の時代』で紹介したエンキ神(アヌンナキのイア王子)と対話される「エレナ・ダナーン女史」のお二人のみでした。
灯鳥ママリさんが京都から関東に移住されてきたことで、既にご紹介してきた「お話し会」への参加や、今回の「富士山秘地訪問」などのご縁が得られたことは、神々のお引き合わせとしか考えられません。
清和天皇朝864年 貞観噴火で富士王朝は沈む

繰り返しますが、記紀(古事記・日本書紀)では富士山の存在そのものが無視されています。日本武尊(ヤマトタケル)は、大和(奈良)から伊勢を経て東海道を房総半島まで進み、毛野(群馬)の碓氷峠を越えて尾張へ戻りますが、それでも富士山の記載は一言もありません。意図を持って隠した、隠さざるを得なかったのでしょう。
富士宮下文書には、日本武尊の富士山周辺での秘話がしっかりと語られているのです。一体、何故でしょうか?
ですから『富士宮下文書』に「富士王朝があった!」と記されていても、通説では「偽史」とされます。考古学的な観点から「史跡」が現れていない、残存していない、ことも偽史説を補強している現状です。
しかし私は「すべての古史古伝(神社伝承)について、その可能性を信じていく」というスタンスで研究に臨んでいますので、もちろん富士王朝の存在そのものを信じています。富士山こそが古代日本の象徴であり、山岳信仰こそが日本人の信仰の本質であったと考えているからです。
今回訪問でメインとした場所は、青木ヶ原樹海の溶岩屈に残された秘地「龍宮洞穴」にある神社「剗海神社(せのうみじんじゃ)」です。
祭神は「豊玉姫(とよたまひめ)」、日本の皇統・山幸彦である「彦火々出見尊(ヒコホホデミ)」の皇后で、安曇(アズミ)族の王女です。
青木ヶ原樹海は清和天皇朝(平安時代)864年の貞観大噴火による溶岩流が積もってできた原生林です。この時に以前の海(湖)であった「剗海(せのうみ)」に溶岩が流れ込み、現代の西湖と精進湖に分断しました。
剗海神社のもう一柱の隠された祭神は「市杵嶋姫(いちきしまひめ)」、宗像三女神の一柱で、この洞穴が湘南で三女神を祀る「江の島(神社)」と繋がっているとの伝承の背景となっているようです。



富士宮下文書の特徴
古史古伝としての『富士宮下文書』を少し復習しておきます。
(この詳細は『高天原の黙示録』に記してあります)
・高皇産霊神と七人の皇子たちは日本と大陸の国々を統治した
・国常立尊(クニトコタチ)が丹後、国狭槌尊(クニサツチ)が富士に布陣
・国常立尊は後に「豊受大神(トヨウケオオカミ)」と呼ばれる
・中国の秦始皇帝の配下・徐福(ジョフク)は富士王朝まで渡来していた
・素戔嗚尊(スサノオ)は朝鮮半島から渡来した
・富士王朝の七廟を創設したのは彦火々出見尊(ヒコホホデミ)だった
・猿田彦神(=大山祇神=火須芹命=イエス)も、富士王朝で活躍していた
・鵜草葺不合尊(ウガヤフキアエズ)九州王朝(玉依姫皇后)は51代続く
・神武天皇から欠史八代の天皇はもちろん実在した
・崇神天皇は富士王朝にあった「三種神器」を大和に移管した
トト神は『21世紀 死者の書』にて「富士山と鞍馬山は神々の通り道だ」との趣旨を述べられています。富士山周辺には秘地が多くあります。
今回は「羽衣カゲロウ宇宙人」に逢うことはできませんでしたが、この周辺(の地中?)にいることは間違いないでしょう。
ママリさんご友人である修験道の達人(大先輩)は、この秘地の雰囲気を「立ち去りがたい」という「言霊」として語られました。
私もいつも同じような気持ちになりますが、今回は特にママリさんによる「龍神祝詞」と「一二三祝詞」の奏上があり、従来以上に「神々しさ」を感じることができました。

聖徳太子は甲斐の黒駒で飛び富士山に登った!
『聖徳太子伝歴(917年)』によれば、
聖徳太子27歳の頃、甲斐(山梨)国から献上された名馬「黒駒」に跨り、空を翔けて富士山頂に至り、そのまま信濃(長野)国方面まで駆け巡って、わずか三日で大和まで帰還した、という伝承があります。
富士山信仰の中では、聖徳太子は「富士登山をした最初の人物」として扱われていて、何らかの縁があったことは間違いありません。信州の善光寺でも、聖徳太子の黒駒伝説は縁起として残されています。
イエスは、猿田彦神として、聖徳太子として、私たちの祖国「日本」の建国に深く関わっていたものと思います。
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古代史には様々な見解があり、本書と本noteは筆者独自の考察になっていますので、その点はご注意ください。