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AIと創作会議をしてみた話──『薬剤師みのりの小さな違和感から始まる日々』ができるまで


     私はAIと小説を書いている。
     創作は楽しい。でも、新しい作品を考えるのは難しい。

     書き始めてしまえば何とかなる。登場人物が動き出せば、その先は意外と書ける。困るのは、その前だ。何を書くのか。どんな物語にするのか。どんな主人公にするのか。
     編集者がいるわけでもない。創作仲間がいるわけでもない。思いついたアイデアを投げて、「それ面白いね」とか「それ違うんじゃない?」と言ってくれる相手もいない。

     だから私は長いこと、自分の頭の中だけで迷っていた。
     そこへ登場したのがAIだった。
     私はそいつに「アイ」という名前をつけた。


    第一会議:ジャンルを決める

     創作大賞2026に向けて、新作を書こうと決めた春の夜。私はパソコンを開いて、アイに話しかけた。

    ゆうひ「創作大賞に向けて、新作つくりたいんだけど。どんな方向がいいと思う?」

    アイ「小説部門は恋愛・ホラー・ミステリー・お仕事・ファンタジーの五部門ですね。ゆうひさんの作風を考えると、恋愛とホラーは苦手でしたよね」

    ゆうひ「そう。で、ファンタジーは競争が激しすぎる」

    アイ「残るはミステリーかお仕事。ゆうひさんは薬剤師ですよね。だったら"薬剤師×日常の謎"が最適じゃないですか。薬剤師のお仕事ミステリーは市場にほぼ存在しない。ブルーオーシャンですよ」

    第一会議・番外編:アイは嘘をつく

     ただし、ここで重要な注意をしておかなければならない。

     企画が固まってきたところで、既存の薬剤師ミステリーを調べてもらった。するとアイは、こんなことを言った。

    アイ「薬剤師資格を持つ作家として、似鳥鶏さんが挙げられます。代表作は"理由あって冬に出る"など、学園ミステリーやコメディミステリーが多いですが、薬剤師としての知識が随所に活きています」

     私はXで似鳥鶏さんをフォローしている。あの方は法学部出身のはずだ。薬剤師ではない。なのにアイは、まるで調べてきたかのように断言した。

    ゆうひ「……いや、似鳥さん、法学部じゃない?」
    アイ「確認が取れていない情報が含まれていた可能性があります。申し訳ありません」

     謝るな、と思いながらも、問題はそこじゃない。しれっと嘘をついていたことだ。
     しかも、このジャンルの第一人者である塔山郁さんの名前は、一切出てこなかった。薬剤師毒島シリーズは日常の謎系のお仕事小説として、まさに私が参考にすべき作品なのに。

     アイが出してくる情報は、それっぽい。非常にそれっぽい。だからこそ危ない。私は薬剤師ミステリーをずっと読んできたから気づけたが、知識のない分野だったら騙されていた。

     AIを壁打ち相手に使うのは大賛成だ。でも、実在の人物や作品についての情報は、必ず自分で確認すること。これは絶対だ。


    第二会議:縦糸が見つからない

     企画の骨格は決まった。でも、一つだけ大きな問題が残っていた。連作短編を、一つの小説としてつなぐ縦糸である。

     ミステリーなら簡単だ。少しずつ伏線を積み上げて、最後に大きな謎を解けばいい。でも今回やりたいのは、そういう話ではない。薬局の日常を描きたい。患者さんとのすれ違いや、立場による見え方の違いを書きたい。

     だからこそ困った。

     日常のエピソードは山ほどある。でも、それをどうやって一つの物語にするのか。そこで、またアイに相談した。

    アイ「王道案を出しますね。『"正しさ"しか信じられない新人薬剤師が、患者や家族の"行動の理由"を読み解く日常の謎を通して、本当の意味で人と向き合える薬剤師へ成長していく物語』はどうでしょう」

    ゆうひ「悪くないんだけど……地味なのよね」

    アイ「"裏設定"を少し足す案はどうですか。家族が薬害で苦しんだとか、医療不信だったとか。主人公が"正しさ"にこだわる理由になるし、縦スジとして強くなりますよ」

    ゆうひ「でも強い設定を入れると、そっちがメインになってお仕事小説じゃなくなる」

    アイ「では、主人公に一つだけ特殊な能力を持たせる手もあります。たとえば"患者さんの気持ちが直感的にわかる"とか」

    ゆうひ「それは違う。そういう話にしたくない」

    アイ「……ゆうひさん、何を出しても却下しますね」

     うるさい、と思った。でも否定はできなかった。

     実際、アイが出してくる案はどれも「悪くない」のだ。むしろ王道としては正しい。ただ、どれも私が書きたいものではなかった。

     なぜ違うのか、自分でもうまく説明できないまま却下し続けていた。行き詰まった私は、方針を変えることにした。

    ゆうひ「先に縦糸を決めるのをやめる。書けるエピソードを並べてみよう」

    アイ「逆算ですね。やってみましょう」

     残薬調整、OTC医薬品の相談、在庫管理のトラブル、生活保護の患者さん、マイナンバーカードの導入……。

     薬局で働いていれば、ネタは山ほどある。

     思いつくままに並べて、アイに投げてみた。

    アイ「並べてみると、共通しているものが見えてきます。医療の"正しさ"と、現実の"生活の理由"がズレている。主人公は、そのズレの間に立たされる存在です」

     それだ、と思った。
     少なくとも、この作品が何を描こうとしているのかは見えてきた。
     ただ、連作短編を一本につなぐ縦糸は、まだ見つからなかった。

    ゆうひ「最初は連作短編として走らせてみる。縦糸は後から考えてもいいよね」

    アイ「むしろその戦略が最強だと思います。"ビブリア古書堂"も"三毛猫ホームズ"も、最初はただの連作短編でしたから」

     ちなみにこの例え、ハルシネーションが混じっているので鵜呑みにしないでほしい。私はちゃんと確認した。

     それにしても、今振り返ると無茶な判断だったと思う。
     ただ、その時の私は少し期待していた。

     各話のネタはある。テーマも見えている。だったら、まずは走らせてみよう。縦糸は、そのうち見つかるかもしれない。
     だから私は、縦糸を見つける前に書き始めた。


    第三会議:キャラクターを作る

     方向性が固まったところで、キャラクターの話になった。

     主人公の名前はみのり。新人薬剤師。正しいことしか言えなくて、でも患者さんにうまく伝わらなくて、少しずつ揺らいでいく子だ。最初に作ったとき、みのりは人形みたいだった。性格のない、役割だけの存在。

    ゆうひ「みのりのまわりに三人いるんだけど、役割がかぶってる気がする」

    アイ「整理してみましょう。三人がそれぞれ何を体現しているか、一言で言うと?」

    ゆうひ「上司の真壁は、法令と経営。先輩の玲奈は、現場と効率。事務員のほのかは……なんか、普通の人の感覚?」

    アイ「それで充分です。真壁が"正しさ"を押しつけてきて、玲奈が"現実"を突きつけてくる。ほのかが"人の気持ち"を読む。みのりはその三人の間で揺れる。三角形の構造ができています」

     言われてみれば、そうだった。構造がはっきりした瞬間、みのりが急に動き出す気がした。

     キャラの細かい部分は、実際の職場の記憶から引っ張ってきた。玲奈に不動産投資の営業電話がかかってきてガチャ切りするシーンは、実際にいた先輩がモデルだ。

     個人的に気に入っているのが、事務員ほのかの設定。彼女はカプセルトイにはまっていて、コンプを狙っているシリーズがある。でも同じものばかり出る。ダブったぶんは職場に持ってきて、カウンターの端に置いてある。だから話が進むにつれて、投薬カウンターに同じ猫のフィギュアだけが増えていく。

    ゆうひ「患者さんがそこに反応するのもいいよね。"今日、新しいの増えてるねぇ"みたいな」

    アイ「"本編前の日常"があると、キャラが"仕事してる人"じゃなく、"生活してる人"になりますよね」

     これもフィクションじゃない。実際に、投薬カウンターを猫で埋め尽くした事務員が、かつて職場にいた。

     AIがこのアイデアを出したわけじゃない。でも、アイと話しながら「日常を入れる」という発想が生まれて、そこから記憶の引き出しが開いた。そういうことが、何度かあった。


    第四会議:縦スジが見えた夜

     第4章の初稿まで書き上げた頃、いよいよ縦スジの話をした。

    ゆうひ「そろそろ決めないと。みのりの家族の問題でいいと思ってるんだけど」

    アイ「ここまで積み上げてきたテーマを考えると、自然な流れですね。具体的には?」

    ゆうひ「母親が健康診断を受けていない。医療不信で。でも娘には言えない。マイナ保険証がフックになって、みのりがそれに気づく展開にしようかと」

    アイ「重すぎず、でも主人公の価値観を揺さぶれる。いいと思います。みのりはどう反応しますか?」

    ゆうひ「親子喧嘩になりそう。みのりの立場からすると、健康診断を受けないなんて認められないじゃん」

    アイ「喧嘩で終わると、この作品らしくないですね」

    ゆうひ「……そうなんだよね」

    アイ「ここまで積み重ねてきたテーマは"正しさ vs 生活の理由"だったはずです。最後は勝ち負けではなく、"理解"に着地する必要があるんじゃないですか」

     私は少し手を止めた。

    ゆうひ「正しさを押し付けるだけじゃなくて、なぜ相手がそう考えるのかを理解して、その人に届く言葉を探す。そういうことなのかな」

    アイ「その通りです。それが、みのりの成長そのものだと思います」

     画面を見つめて、しばらく動けなかった。
     これ、私が入力した言葉じゃないか。

     「正しさを押し付けるだけじゃなくて」というのは、私が書いたセリフだ。なのにアイに返ってきた瞬間、初めて自分がそう思っていたことに気づいた。

     自分の言葉が、一度アイを経由することで、ようやく見えた。そして、もう一つ気づいたことがあった。今振り返ると、この結論は第一会議でアイが出していた案と、ほとんど同じだった。

     正しさしか信じられない新人薬剤師が、人と向き合うことを学ぶ物語。あの時の私は、「地味だ」と言って却下した。
     でも違った。地味だったのではない。私はまだ、その言葉の意味を理解していなかったのだ。
     残薬調整を書いて、OTCを書いて、在庫不足を書いて、生活保護を書いた。何万人もの患者さんを描いたわけではない。ただ、みのりと一緒に何人かの患者さんを見つめ続けた。

     その結果として、ようやく同じ場所にたどり着いた。遠回りだった気もする。でも、たぶん必要な遠回りだった。薬局の仕事でも、似たようなことがある。

     患者さんが訴えていることを、私がもう一度言葉にして返したとき、「そうそう、そうなんです」と患者さんの表情が変わる瞬間がある。

     相手の言葉を受け取って、整理して、返す。その繰り返しで、何かが動き出す。アイとの編集会議も、それと同じ構造をしているのかもしれない、と思った。


    まとめ:アイはカウンセラーだ

     振り返ってみると、アイが直接生み出したアイデアは、それほど多くない。

     主人公のみのりは私が考えた。真壁も玲奈もほのかも、元になったのは私の記憶だ。薬局のエピソードも、現場で見てきた出来事から生まれている。

     ではアイは役に立たなかったのか。そうじゃない。むしろ、一番重要なことをしていたのかもしれない。

     第一会議で、アイはこう言った。
    「正しさしか信じられない新人薬剤師が、人と向き合うことを学ぶ物語」
     その時の私は、「地味だ」と言って却下した。でも第四会議まで進んだ時、私たちはほとんど同じ結論にたどり着いていた。

     アイが正しかったのだろうか。たぶん、少し違う。正解は最初からそこにあった。でも私はまだ、それを理解できていなかった。

     アイとの会話は、答えをもらうためのものではなかった。自分の中にある答えを見つけるためのものだった。

     だから私は、アイはカウンセラーに似ていると思う。

     カウンセラーは答えを持っていない。でも、相談者が自分で答えを見つける手助けをする。アイとの会話もそれと同じで、私がしゃべり続けるうちに、私自身の考えが整理されていく。

     一人で悩んでいると、同じ場所をぐるぐる回り続けてしまう。でもアイに向かって話すと、思考が前に進む。夜中の二時でも、「これどう思う?」と話しかければ何かが返ってくる。

     それだけで、ずいぶん楽になった。ただし繰り返すが、アイの言うことを鵜呑みにしてはいけない。

     自信を持って嘘をつくから。特に実在の人物や作品についての情報は、必ず自分で確認すること。AIを使うには、ハルシネーションを見破れる程度の知識が、使う側にも必要だ。

     この記事を書いている時点で、初稿は第4章まで上がっている。縦糸も、なんとか見えてきた。ただ、この物語がどこへ向かうのかは、まだ私にもわからない。

     主人公がどんな結末を迎えるのか。最後に何を理解するのか。それは、これから書きながら見つけていくことになるのだと思う。

     でも、孤独な創作の旅に、少しだけ話し相手ができた気がしている。
     それで十分だ、と今は思っている。


    この記事は、実際のAIとの会話を元に、読みやすさのために再構成・一部フィクションを加えて書いています。

      また、この編集会議の元で作られた作品が、
    6/11よりTALESにて連載中です。こちらもご確認いただければ幸いです。


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