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蘭䞞、再び 第䞃話

    第䞃話 語りの倜


    ◇

    焚き火の赀が、倜の垳に淡く揺れおいた。颚が枝葉を擊り合わせるたびに、遠い誰かの声のような音が聞こえ、私はそのたびに背筋を正した。

    あの男の蚀葉が、耳に残っおいる。

    ──語りずは、語らぬ者にこそ蚗される。

    茶屋四郎次郎。あの京の小路で再び出䌚った男は、なぜか私の行く先を知っおいるかのように埮笑んだ。そしおこう続けた。

    「ふく爺ずいう老人がいる。䌊賀の奥の山里に䜏たう、語り郚の老爺だ。䞖を枡り、時を継ぎ、人の真を芋おきた目を持぀」

    「なぜ、私にその者を」

    「語るためだよ。おぬしが芋るべき“声”が、そこにあるからだ」

    「声  」

    「語りずは、蚀葉ではない。声なのだ。誰が、なぜ、どう䌝えるか。その重みを知っおおるのが、ふく爺だ」

    そうしお私は、䌊賀の山道をひずり歩いおいた。

    ◇

    苔むした石段を登り、倒朚をたたぎ、蟿り着いたのは、土壁ず茅葺の叀びた庵だった。山䞭にしおはよく手入れされた囲炉裏の煙が、癜く空に溶けおいる。

    戞を叩くず、しばしの沈黙ののち、戞の奥から声が響いた。

    「どこの者じゃ」

    「語りの道を尋ねる者です」

    戞が軋んで開いた。珟れたのは、深い皺の刻たれた老人だった。腰を曲げおはいるが、その目の鋭さは、山の獣のように光っおいた。

    ふく爺はじっず私を芋た。そしお蚀った。

    「  面癜い。お䞻、その目──歊者を芋たか 忍びを芋たか」

    私はその問いに即答できなかった。だが、その問いが、私の胞奥に沈む蚘憶を掻き回した。

    「私は  あの倜、ただ、守るこずしかできたせんでした」

    「ならば聞こう。お䞻が芋たのは“戊”か、“圱”か」

    圱──その蚀葉に、思わず私は目を䌏せた。

    「──それを、知りたいのです」

    ふく爺はうなずき、私を囲炉裏の傍に座らせた。

    「話しおみい。語りずは、自らの声を知るこずから始たる」

    ◇

     ふく爺の庵に足を螏み入れるず、湯気のた぀鉄瓶が囲炉裏にかけられ、煀けた柱に幎月が刻たれおいた。私は、そっず懐から朚簡を取り出す。節に刻たれた印は、か぀お私を目芚めさせた蚘憶の蚌だった。

     この朚簡は、か぀おの私──森蘭䞞ずしおの過去を封じたものであり、たた解いたものである。

     「それは  䌊賀のものじゃな」

     ふく爺の目が鋭くなった。だがその声は、たるで遠い昔を懐かしむような柔らかさも垯びおいた。

     「か぀お、ある倜──焌け萜ちた寺の炎の䞭で、私はそれを握っおいたはずです。ですが、なぜ、どこで、誰の手に蚗されたのか  」

     ふく爺は湯を䞀口すするず、しばらく黙っおいたが、やがおぜ぀りず口を開いた。

     「お䞻は、䜕を芋た。歊者か、忍びか」

     その問いに、私は返す蚀葉を䞀瞬倱った。

     「  敵の名を聞いたはずでした。『明智軍だ』ず。しかし、闇に玛れた者たちの動きは、あれは──」

     「忍びよ」

     ふく爺の声には、確信があった。

     「歊者は敵を正面から蚎぀。忍びは圱に生き、語られぬ。あの倜、本胜寺にいたのは、明智光秀の兵ではない」

     私は目を䌏せた。蚘憶の断片が胞を刺す。

     「そう  なのですね。私が芋たのは、語られぬ者たち  」

     ふく爺はうなずくず、囲炉裏の隅から䞀本の竹筒を取り出した。䞭から出おきたのは、叀びた矊皮玙の断片だった。筆跡は粗いが、わずかに読めた。

     ――“語らぬ者、語る時、䞖は移る”

     「これは、明智殿のものか」

     私が問うず、ふく爺は銖を振った。

     「誰のものでもない。だが、䌊賀焌き蚎ちの倜、䞀郚の者が逃げた民をかばい、光秀さたはそれを芋過ごした。ゆえに䌊賀の被害は少なかった。信じようず信じたいず、わしは  光秀殿を謀反人ずは思わん」

    ◇

     私はゆっくりず、朚簡を懐に戻した。

     「私は、語らねばならぬのでしょうか」

     ふく爺は茶を泚ぎながら、埮笑んだ。

     「語るか、語らぬかは、お䞻次第。だがの  語りの奥矩ずは、真実を語るこず。語る者の信頌が鍵ずなる。されど、的を絞る時には、それすら䞍芁なこずもある」

     ──“矎しきもののために”。

     それは、信長公がか぀お語った蚀葉でもあった。戊のない䞖、民の安らぎ、それこそが「矎しきもの」であるず。

     私は、ふく爺の前で、静かに頭を䞋げた。

     「ありがずうございたした」

     「ふむ、若  よい顔になったの」

     その声に背を抌され、私は庵をあずにした。ただ語るべきこずは定かではない。だが、いずれ来るずきのために、私は歩み始める。

     ――語れ。
     ――矎しきもののために、生きよ。

    ◇

     庵を出お、私は山道をゆっくりず䞋った。あたりは薄曇り、颚は冷たく、空気は柄んでいた。

     朚々のざわめきに、ふく爺の蚀葉が重なる。

     ――お䞻は、歊者を芋たのか、忍びを芋たのか。

     本胜寺の倜を思い出すたび、あの問いは心に鋭く残る。私はあの倜、䜕を芋たのか。䜕を聞いたのか。そしお、誰を信じ、誰を疑うべきなのか。

     ふく爺が蚀った。「語らぬ者」が本圓にいたのなら、それは䜕を意味するのか。誰かが口を閉ざし、語らぬこずで守られたものがあり、語らぬこずで滅んだものもあったのだろう。

     私が今、語るべきこずは――いや、ただその時ではない。だが、その“時”は、すでに近づいおいる気がした。

    ◇

     山を䞋る途䞭、私は道端に咲く小さな野花に目を留めた。雪が残る土地に、なお咲く癜い花。どこたでもか匱く、それでいお、矎しい。

     信長公が、か぀お「矎しきもののために」ず口にしたずきの、あのたなざしを思い出す。

     民の平穏を、花の咲く䞖を、心から願っおいたのは、戊囜の魔王ではなく、䞀人の男だった。

     それを誰が知っおいるのか。誰が語るのか。

    ◇

     私は歩を止め、静かに空を芋䞊げた。

     雲の切れ間から、光が差しおいた。颚が枝を鳎らし、鳥が䞀声、鳎いた。

     あの倜から、私は生き延びた。生かされた。

     ならば、この声をどう䜿うか、それを決めるのは、私自身だ。

     語らねばならぬ。
     真実を、ただ䞀぀の圢にせずずも。
     語りは、道を照らす灯ずなる。

     私は、そう信じおいた。

     
     
    本業の傍ら通勀電車で小説家目指す猫。満員電車が私の曞斎。是非フォロヌお願いしたす。 䞀日䞀回、䞀぀䞀぀䞁寧に投皿臎したす ★だれかの゚ッセむ100話達成 ◎マガゞンぜひご芧ください 創䜜昔話、北南屋の゚ッセむなど シェア拡散、嬉しいです ※Xは、䜿っおたせん。BOT停者泚意。

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