
【創作大賞2026応募】金鳥山カムタカラ奇譚VOL.8
第2章:『八咫烏の道標』
第6話:『コンクリートの壁と八咫烏の足跡』
〜 歴史の重なりと引き裂かれる祈り 〜
目の前の光景が、私の知る「現代」を拒絶していた。
グリーンベルト事業によって築かれた、冷徹なコンクリートの巨大な堤防。
その歪んだ空間の裂け目から私と蒼真さんが足を踏み入れた世界は、
スマートフォンのGPSも、文明の明かりも届かない、
原始の生々しさに満ちた
「二千年前の金鳥山」だった。
じっとりと湿った泥がスニーカーの底を濡らし、鬱蒼と茂る見たこともない巨木が頭上を覆っている。
空気が重い。
数万人もの人間の熱気と、戦への恐怖、
そして「地を這う怨念」がそのまま霧となって立ち込めているかのような、
命の重みを掛けた行軍。
「……いたぞ。
あれは、ニュースで見た顔の……」
蒼真さんが低い声で指さした先、
巨木の根元に、
数人の男女が力なく倒れ込んでいる。
行方不明になっていたハイカーたちに間違いなかった。
彼らは怪我こそないようだけど、
様子がおかしい。
うわ言のように
「進軍せよ」
「矢を放て」
と、虚な眼差しで呟き、
時に深い昏睡に落ちては、覚醒を繰り返している。
「山の工事が結界を傷つけたことで、
この場所だけ神武東征の『進軍路』の時間軸が強く噴き出して、
彼らを呑み込んだんだ。
早く現世(うつしよ)に戻さないと、
彼らの魂までこの時代の霧に溶けてしまう」
蒼真さんがハイカーたちに駆け寄ろうとした、その時だった。
――ザザッ!
周囲の藪が一斉に揺れ、霧の向こうから、
麻の衣を纏い、粗末な角髪(みずら)を結った古代の兵士たちの幻影が、
ぎらついた目で私たちを包囲した。
その手には、鈍く光る青銅の槍や弓が握られている。
「侵入者だ!」「山の民の息の根を止めろ!」
彼らはハイカーたちの生命力を吸い上げ、半ば実体化していた。
容赦なく放たれる数本の矢が、風を切って私へと迫る。
「澪、下がれ!」
蒼真さんが私の前に飛び出し、その右手を虚空に突き出した。
白く爆発的な光が彼の甲から放たれ、放たれた矢を空中で叩き落とす。
その瞬間、彼の背後に、巨大な漆黒の翼、
三本の足を持つという伝説の巨鳥『八咫烏(やたがらす)』の幻影が、
炎のようなオーラを纏って、火の鳥となって揺らめいた。
「此処は潜象(カタ)の生命(イノチ)が対向(ムカヒ)する関。マカハコビの理(コトワリ)をアマウツシへ背く者よ、速やかに退き退け(ソキソケ)。」
蒼真さんの声は、大地の地鳴りのように響いた。
彼が紡ぐカタカムナの太古の音霊(おとだま)が波動となり、
兵士たちの幻影を次々と霧へと還していく。
その圧倒的な強さと、私を背中で護る揺るぎない意志。
私は彼のジャケットの裾を強く握り締めながら、
胸の奥が熱くなるのを止められなかった。
「……相変わらずだね、兄さん。
そうやって一人で、すべてを
『自然の調和』という奇麗事で片付けようとする」
頭上から、冷ややかで、けれど酷く耳に心地よい声が降ってきた。
見上げると、コンクリートの壁の残骸の上に、陽緋くんが立っていた。
制服のまま、その手には、
禍々しい赤い光を放つ一本の
「古い鉄剣」が握られている。
「陽緋……! お前、いつからそこに」
「最初からさ。兄さんが八咫烏として、
自然の声を聴きながら泥濘(泥沼)を進もうとするなら、
僕は軍師として、この混沌とした山を
『鉄の規律』で統治する。
二千年前の僕たちが、
今と同じ様に選んだ別々の道を
今世でも僕は自分の自由意志によって選ぶ」
陽緋くんの持つ鉄剣が怪しく明滅すると、
倒れていたハイカーたちの身体から、さらに濃い生命力の霧が吸い上げられ、
山の斜面から新たな軍勢の幻影が際限なく湧き出し始めた。
「澪、気づいて。兄さんのやり方では、
そのハイカーたちも、崩れていくこの山も救えない。
僕の規律(ちから)で山を縛り付けることだけが、
君を現世の崩壊から守る唯一の道なんだよ」
陽緋くんの切なげな、けれど狂気を孕んだ瞳が私を捉える。
山と海、古代と現代、そして二人の兄弟の相容れない執念の狭間で、
金鳥山が再び激しく鳴動を始めていた。
(第7話へ続く)
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