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Photo bytarostagram

息子のゲーム依存と、家族の関わり直しのプロセス①~ぼく、さみしかった~

    年末年始のこと。

    私たち家族にとって、本当に大切なことが起こった。

    長年、気になっていた息子とゲームの関係。

    だけど、息子にとって「ゲームが生きがい」だし、人間関係が苦手な息子がゲームを通して、人との関わりをつくっているし、何より、”鼻先にニンジン”ならぬ”鼻先にゲーム”で、ゲームのために苦手なことにも取り組めるし・・・で、

    「う~~ん、どうしたものか」という悶々とした中でうやむやにして、ゲームに没頭する息子をこれまで苦々しく見てきた。

    「このままだと息子がヤバい!!!」という危機感

    だけど、この年末「このままだと息子がヤバい!!!」という危機感を感じた。

    前日、「やりたいことがあるから、ぼくが何といってもゲーム時間2時間以上あげないでね」と言われていたので、次の日、ゲーム時間を2時間にすると「なんで!?」「そういう意味で言ったんじゃない!!!」と猛烈に怒り出した息子。

    落ち着いているときの息子と、ゲームを前にしたときの息子の違い(目つき、言葉遣い、感情の起伏)はこれまで何度も感じてきたけど、

    息子の本心が、ゲームに侵食されていくような感覚を感じ、ようやく「このままではいけない!!!」と、家族でこの問題に取り組む決意をした。

    ゲーム依存について調べると、息子にも当てはまった。

    どこかで「息子はまだゲーム依存ではない、大丈夫」と思いたかったけど、この事実を前に、悪あがきするのはやめ、腹をくくった。

    ゲーム依存症(ゲーム障害)の代表的な症状:

    □ゲームに関する行動(頻度、開始・終了時間、内容など)がコントロールできない
    □ゲーム優先の生活となり、それ以外の楽しみや日常行う責任のあることに使う時間が減る
    □ゲームにより個人、家族、社会、教育、職業やそのほかの重要な機能分野において著しい問題を引き起こしているにもかかわらずゲームがやめられない
    参考:ICD-11

    ・いつもゲームのことで頭がいっぱい。

    ・話す内容もゲームのことがほとんど。

    ・常に、ゲーム時間のことを気にして、一日を過ごしている。

    ・現実世界で向き合うべき課題やするべきことがあるのに、ゲームを優先してしまう。

    ・ゲームできないと、イライラし出す。

    ・自分でゲーム時間のコントロールが効かない。

    息子の症状はこんな感じ。

    息子とパパと三人で話し合い、大晦日から1月7日までの1週間、ゲームなし宣言。

    コロナの影響で、帰郷はせず、家族だけで過ごすはじめての年末年始。

    これも、いいきっかけになったかも。

    息子はパニックになるかと思いきや、息子も「どこかでこのままではいけない」と思っていたようで、意外と素直に応じてびっくり。

    その1週間でゲームの代わりに、家族との関わりあいを増やしていくというチャレンジをした(具体的に何をしたかは次回の記事へ)。

    伝えたときのポイントは、

    ・決して「押し付け」にならないように親側も落ち着いて、息子を受け入れる心の余裕をもって話したこと。

    ・ゲーム依存は、息子一人の問題ではなく、家族の問題だから、家族で一緒に取り組もうというスタンス。

    ・ゲームの世界だけでなく、現実世界でも一緒に楽しいことをしていこうという息子へのお誘い。

    ・「ゲームはダメ!!!」ではなく、ゲームのメリットとデメリットの事実を説明し、今、どうしてゲームを制限しなきゃいけないのか、息子にわかるように説明。

    これらのことを、パパ・ママでの共通理解と一貫性をもって、息子に伝えた。

    ゲーム解禁した今は新しいゲームのルールを作って、チャレンジ継続中だ。

    息子にもこのことをnoteに書く許可をもらったので、同じように子どものゲーム依存で悩む親御さんたちの希望の光になったらいいなと感じ、私たち家族の「ゲーム依存」への取り組み・プロセスをここに書いていく。


    今までのゲームとの付き合い方

    息子がゲームをするようになったのは、小学校2年不登校になってから。

    これまで、息子を放置してきたわけではなく、ゲームについての問題が起こる度、息子と話し合い試行錯誤しながら、「ゲームのお約束」を更新してきた。

    ゲームの約束を守らないときは、ゲーム機を取り上げるという強硬手段に乗り出し、息子が発狂したように怒り狂うこともあった。

    もちろん、そんなことすると息子との信頼関係は悪くなった。

    私は3年前から心の学び直しをしてきて自分の心と向き合ううち、息子への関わり方も変わってきた。

    また、夫婦の関係も風通しよくなり、お互いの思っていることを率直に話し合えるようになったようにも思う。

    最近は、息子も落ち着き、冷静なときは「ゲームで強くなっても、ほんとは人生は何も変わらないんだよね」とか「一人でゲームしててもつまらない。ゲームは自分にとって誰かとつながるためにしてるんだ」とか、ゲームについて少し距離をとった見方ができるようになっていた。

    ただゲームを前にすると、人が変わったように『ゲームが自分のすべて』になったようにゲームに執着してしまうのだけど・・・。

    そんな息子の態度のギャップが、今回「ゲーム依存」に取り組むきっかけとなった。

    「もっと早く向き合えばよかった」という反省も強く感じるけど、息子との信頼関係・夫婦の信頼関係・自分との信頼関係という土台が育った『今』というタイミングだからこそ、しっかり向き合えているのかも・・・とも感じる。

    《ゲームなし宣言前の我が家のゲームのお約束》

    ・アプリで親がゲーム時間を管理

    ・条件(登校&提出物を出す)を満たしたら、その日のゲーム時間をあげる

    ・一日平日3時間、土日6時間

    ・学校を休む時は、ゲームはなし。休みに徹する。(ただし、週1のフリースペースではゲーム可)


    ゲームと私

    私は・・・と言えば、こどもの頃からゲームが大嫌いだった。

    妹たちはテレビゲームしてたけど、私はどこがおもしろいかわからなかったし、友達がゲームしてる時も私は参加せず、そばでみているだけだった。

    だから、息子がゲームにハマるようになって、ますますゲームが嫌いになった。

    ゲームに対してすごく嫌悪感があったし、息子ともゲームに関することで険悪になったことも何度もあった。

    だけど、私が自分自身の癒しに光を当てるようになったことで、先にも書いたように息子との関係性も夫婦の関係性も少しずつ少しずつ、変わっていった。

    そして、数か月前には、息子が週1で通っているフリースペースのスタッフさんから

    「息子くんにとって、ゲームは人と関わるためのもの。息子くんが今、一番求めているのは、大好きなゲームを大好きな家族とできることかもしれない」と提案してもらった。

    それを聞いたとき、私の内面はすごい抵抗感と動揺があった。

    だけど、逆に言えば、それだけの抵抗反応があるということは、そこに手放せる「何か」があるということではないか・・・と気づくことができた。

    主人にもそのことを伝え、「息子のために・・・」と私も主人も息子の大好きなフォートナイトというゲームにチャレンジしてみることにした。

    腹の中で大きな抵抗を感じながらも、今までは絶対にあり得ない選択をあえてした。


    息子の変化

    それからの息子の変化がすごかった。

    今までは「ゲーム時間がもったいないから」という理由で、おでかけのとき家で留守番してることが多かった息子。

    だけど最近は「家族と時間を過ごしたいから」と一緒にでかけるようになった。

    あとは、息子自ら、最近、休止中だった「家族会議」の再開を提案してきたり、妹たちとの関わりあいも増えてきていた。

    フリースペースでは、他の子たちへの息子の関わり方も、だいぶ穏やかになってきたと報告を受けた。

    「ゲームは悪い!!!」一辺倒ではなく、こどもの好きな世界へ親の方から入っていき、そこで体験を共有することの大切さをはじめて実感した。

    私も親が自分や自分の好きなことに興味をもってくれて、一緒に楽しんでくれたらすごく嬉しいもんなぁ。

    息子、嬉しかったんだろうなぁ。


    中毒(依存)になる原因

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    上の図は、ハートエデュケーションセンターで『中毒』を解説するときに使われる図。

    中毒とは、SHAME(恥)の「痛み」と同等の「刺激」が振り子のようにバランスしている状態だ。

    息子の場合に当てはめて考えてみる。

    息子の場合は、SHAME(恥)の「痛み」として、「人と関わりたいのに、どう関わっていいかわからない」という「関わり」のイシューがここに入るのだと推測できる。

    息子は、発達の凸凹もあるし、不登校も経験しているから、なおさら「恥の意識」も強いのだろう。

    その「痛み」をゲームに没頭することで麻痺させているのかも・・・とみてみると、息子にとって、ゲームを断つだけではダメで、その原因となっている『痛み』に目を向けて、そこをケアし満たしていく必要があるということがわかる。

    息子から強制的にゲームを奪っても、中毒を起こす『痛み』が残っているかぎり、息子はゲーム以外の「何か」に依存していくだろう。

    ここで、すごく大切なのは、「依存は悪い」と切り捨ててしまうのではなく、「ゲームに依存せざるを得ない“痛み”を息子が抱えてきた」という理解ではないかと思う。

    心の痛みから目を背け、麻痺させるためにしていることがすべて『中毒』だと捉えると、誰しも多かれ少なかれ、何かに「依存」し「中毒」している。

    私もそうだ。

    だけど、心の痛みをみるのはこわい。

    すごく勇気がいる。

    だから、何とかこの世界を生き延びるために、何かに「中毒」して麻痺させるんだよね。

    今回、よかったなと感じていることは、息子が自分のほんとの気持ちに気づき、それを大切に扱えるようになったこと。

    息子がゲームをやめたとき「ぼく、さみしかったんだ!!!」と自分で気づき、それを私に伝えてきてくれた。

    素直に甘えてきてくれた。

    今まで満たせなかったさみしさ。

    「愛されたい」という渇望感。

    息子の痛みの大きさを知り、私も胸が痛み、涙があふれた。

    息子が本当に望んでいたものは、ゲームではなく、安心した中で培われる「関わりあい」だったのだ。

    ゲームなし宣言をきっかけに、私は息子とたくさんのスキンシップをとるようになった。

    そして、私の中にも、息子と同じさみしさ・「愛されたい」という渇望感があったのだということに気づいた。

    私も幼いころから「関わり」のイシューを抱えてきた。

    息子の『痛み』を通して、私も自分自身の『痛み』を知った。

    今回、息子にさみしい思いをさせてきたことに対して、素直に心から息子に謝ることができた。

    私は、これまで親として「息子は大切な存在なんだよ」ということを伝えてきた“つもり”だったけど、無意識ではどうやら息子に違ったメッセージを届けてしまっていたんだな。

    今、親子の止まっていた歯車がようやく回りだし、息子にもストレートに「あなたが大切なんだよ。愛してるよ」というメッセージが届き始めた気がしている。

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    (つづく)



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