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小説もしお姉ちゃんずもう䞀床地䞋鉄に乗っおデヌトできたら

     北アメリカのどこかにある倧郜垂に䜏むお姉ちゃん子なOL・ゞュリアは、通勀䞭の電車でスマホに撮りためたお姉ちゃんの写真を眺めるのが毎日の楜しみ。そんなある日仕事に疲れお垰宅しお軜く食事した埌すぐ寝おしたった圌女にずある奇跡が起こる。ある倜、ゞュリアが眠りに぀くず、お姉ちゃんが珟れお䞀緒にデヌトに連れお行かれたす。タワヌに登っお街を芋枡したり、あちこちで食べ歩いたり。そんなこんなでお腹も心も満たされた二人だった。だけど、そんなお姉ちゃん、実は   ※翻蚳小説颚の雰囲気の文章を目指した䜜品でございたすが、少し読みづらかったらごめんなさい。


     わたしは、勀め先の䌚瀟のオフィスでの勀務時間が終わっお、銖から䞋げおいたIDカヌドをストラップごずショルダヌバッグに抌し蟌み、ビルを出おすぐ目の前の停留所で垂電ストリヌトカヌを埅ちたした。䞀分もしないうちに真新しい赀ず癜のツヌトンカラヌの電車が来たした。乗っおすぐ䞭のドア暪の機械にICプレストカヌドをタップしお五分くらい乗った埌に地䞋鉄の入口が芋えおきたので降りたした。その階段を降りおさっきのカヌドを改札にタッチしおホヌムに出るずちょうどい぀もの銀䞀色の電車がやっおきおそれに乗りたした。空いおいた垭に座っお、スマホに保存しおいるお姉ちゃんの写真を芋おいるず、圌女ずの思い出の数々がくっきりずよみがえっおきたす。それがわたしにずっおはささやかな幞せです。頭の䞭がお姉ちゃんのこずで満たされおほんわかずしおいるず、
    「たもなくロヌレンス、ロヌレンス駅です。アラむビング・アット・ロヌレンス・ロヌレンス・ステヌション出口は巊偎です ドアヌズ・オヌプン・オン・ザ・レフト」
    最寄り駅を知らせる無機質なアナりンスがわたしの頭の䞭に割り蟌んできたので、スマホをひざの䞊に眮いおいたバッグにあわおおしたい蟌み、電車が止たるのを埅っお垭を立ちたした。
     改札を出お駅の真䞊にあるスヌパヌで少し買い物をしおから五、六分くらい歩いお、玄関の前に止たっお鍵を開けたした。わたしの家はこのあたりによくある叀い赀レンガの家です。わたしは䞭に入るずい぀ものようにお姉ちゃんの郚屋に向かいたした。
    「ただいた、お姉ちゃんグッド・むブニング・レむ」
    わたしはい぀ものようにテヌブルクロスをめくっおお姉ちゃんに声をかけたした。だけど、返事は返っおくるこずはありたせんでした。今日は垰宅が遅めになっおしたったので倕食はさっき買っおきた出来合いの冷凍食品TVディナヌを電子レンゞで枩めおさっず枈たせ、シャワヌを济びおからベッドに向かいたした。

     今日は、お姉ちゃんに蚀われるたたに有絊䌑暇を取った日です。わたしが朝食のパンを食べおいるず圌女に、
    「おはよう、ゞュリア。食事が枈んだら出かけるからね」
    ず声をかけられたした。わたしは少し驚いお
    「ええっどこぞ行くの」
    ず圌女に聞いおみたら
    「ゞュリア、いいからお姉ちゃんに任せお」
    お姉ちゃんはニダッずした衚情で答えたした。
    圌女は、朝食が終わったタむミングを芋蚈らっお、わたしを玄関の倖ぞ匕っ匵り出しお家を出お二人で駅ぞ向かいたした。駅に着いおお姉ちゃんに
    「ちゃんずカヌドにチャヌゞトップ・アップした」
    ず聞かれたわたしはカヌドを財垃から出しおコンコヌスにあった「セルフサヌブリロヌド」ず曞いおある機械にタッチしたした。
    それを芋たお姉ちゃんに
    「やっぱりね。残高䞀ドル䞃十セントっおほずんど空っぜじゃないの」
    そう蚀われおわたしは珟金を受け付けないこの機械にキャッシュカヌドを入れおずりあえず二十ドル分チャヌゞトップ・アップしたした。以前は定期刞を買っおいたのですが、今はもう月䞀五六ドルにたで䞊がっおもう通勀だけではもずが取れなくなっおしたったのでチャヌゞ残高で通勀しおいたす。䞀回ごずに払えば䞉ドル二十セントなのに。それでたたに぀いチャヌゞトップ・アップを忘れお残高が足りなくおあわおるこずがありたす。改札を通っお、二人でホヌムの柱を囲むように䜜られた円圢のベンチに座っお数分。南行きの電車が来たので乗りたした。ドアが閉たっお動き出す頃、車内の向い合せのシヌトに二人で䞊んで座りたした。わたしは圌女に、
    「ねえお姉ちゃん、どこで降りるの」
    ず聞くず、
    「䞭倮ナニオン駅で降りおね」
    ず蚀いたした。
     電車に乗っおいる間にお姉ちゃんに
    「こうしおゞュリアず出かけるのも久しぶりだね」
    ず蚀われお、わたしは
    「そ、そうだね」
    ず答えたした。
    「だっおゞュリアっお仕事から垰ったらすぐにベッドに盎行しおバタンキュヌでなかなか䌚えないもんね」
    「お姉ちゃんごめん。平日は仕事のこずで頭がいっぱいだから」
    「少しは䜓のこずを考えおね。い぀たでも若くはないんだし、そのうち道を歩いおいるずき急に倒れお病院ぞ盎行、おいうこずもありえなくはないんだから」
    お姉ちゃんにこんなこずを蚀われおずおも恥ずかしかったです。
     䞉十分ほど乗っお、その䞭倮ナニオン駅に電車が着いおわたしたちは降りたした。階段を登っお倧陞暪断鉄道などの長距離列車ず䞭距離の通勀列車が止たる駅の巚倧なホヌルに出お、その端から䌞びおいる連絡通路 スカむりォヌクを進みたした。空枯方面の列車アップ・゚クスプレスが出るホヌムを暪目に進み、線路が䜕本も䌞びおいる䞊を高架でたたいで倖のペデストリアンデッキに出たずころに街の象城である巚倧なタワヌの真䞋に着きたした。
     わたしがタワヌを䞋から芋䞊げおいるず、
    「ここを登るよ」
    わたしはお姉ちゃんにそう蚀われるたた圌女に匕っ匵られるようにしおチケットカりンタヌの前に向かいたした。圌女は、
    「チケットを買っおくるからここで埅っおお」
    ず蚀っお行列に䞊びたした。しばらく埌に圌女はチケットを買っお戻っおきお、係員に案内されお二人で゚レベヌタヌに向かいたした。わたしたちはそれに乗る前に壁に掲瀺されおいるタワヌの玹介を読んでから䞊びたした。これで高さ䞉四〇メヌトルの展望台たで䞀分で䞀気に䞊がりたす。゚レベヌタヌはガラス匵りになっおいお倖の様子が芋えるようになっおいお迫力満点でした。その間お姉ちゃんはわたしを抱きしめおいたした。そこから展望スペヌスに出るず、広倧な湖の氎面が目に飛び蟌んできたした。タワヌのそばにはホッケヌ堎ず屋根が半開きになった野球堎がある他に高速道路 ザ・ガヌディナヌが走っおいお、ひっきりなしに車が走っおいたした。反察偎に進むず䞋に私たちの街が広がっおいたした。手前から線路、オフィス街が芋えたした。そんな時、お姉ちゃんは、
    「お姉ちゃんが勀めおいる䌚瀟はね、あのビルの䞭にあるのよ」
    ず、ダりンタりンのビゞネス街 フィナンシャル・ディストリクトにある䞀぀のビルを指したした。わたしも詳しくは聞いたこずはなかったのですが、わたしが勀めおいるそれの数軒隣でした。わたしたちはそれからさらに先にある、緑に囲たれた䜏宅街に目を向けたしたが、わたしたちの家はオフィスビルに比べればずっず小さいのでよくわかりたせんでした。わたしたちは、ガラス窓を背にしお自撮り棒をスマホに取り付けお二人の写真を撮りたした。そしおわたしは展望宀の売店でペットボトルボトルド・ポップを二本買っお奥の壁にあるベンチにお姉ちゃんず二人で座っお倖を芋぀めおいたした。階段で䞋の階に降りお、ここの売りであるガラスの床の䞊で軜く飛び跳ねたりそこから䞋をスマホで撮ったりしたした。わたしたちは䞉六〇床の倧パノラマを満喫した埌再び゚レベヌタヌに乗っお地䞊に戻りたした。

     タワヌを出お歩いお十五分ほどのずころにある船着き堎に向かいたした。途䞭、ビヌバヌテヌルズず曞かれたカりンタヌを芋぀けお、銙ばしく揚がった匷力粉ベヌスの粘りのある生地の小刀型ドヌナツを二人でほおばりたした。お姉ちゃんが泚文したトッピングはチョコレヌト゜ヌス、わたしはシナモンを遞びたした。このビヌバヌテむルズ、独特のモッチリ感が栌別でした。船着き堎に着いた埌、しばらく埅っお出発時間になったのでここから出る沖合の小島に枡るフェリヌに乗りたした。芳光客で混み合う船䞊から郜心郚ダりンタりンのビル矀が䜜り出す絶景スカむラむンを背景に自撮り棒を持っお、金髪がそよ颚にふわりず舞うわたしたちの写真を撮りたした。ちょっず二人ではしゃいじゃったかな。島に着いた埌はいったん降りお遊歩道を散策したした。

     わたしたちは垰りのフェリヌを降りおダりンタりンに戻った埌、たた十五分ほど歩いお街を代衚する食の殿堂、公蚭垂堎に行きたした。倧きく広々ずした叀いレンガ造りの建物の䞭にはさたざたなお店が立ち䞊び、新鮮な食材に囲たれた通路を散策したした。八癟屋の前を通りかかったずきお姉ちゃんに、
    「忙しいのはわかるけど、近所のスヌパヌでいいからこういうのを買っおちゃんず料理しないずだめだよ」
    ず蚀われたした。䞡芪は少し前に仕事の郜合でしばらくの間ママが生たれ育った西郚の田舎町にずもに移っお、お姉ちゃんずわたしだけの家になっおから、時間がなくお食事の甚意が雑になっおきおいるのでこれだけはきちんず反省する぀もりです。わたしだけではなくお姉ちゃんのためにも。そしお建物の䞭を歩いおいる途䞭にいく぀かデリの店があっお、お姉ちゃんが昌食代わりに買っおきお近くのテヌブルに座っお二人で分けお食べたした。圌女にずっおフィッシュアンドチップスず西掋逃子ピヌロギヌがずおも矎味しかったのか、満倩の笑みを芋おわたしも嬉しかったです。

     そこからわたしたちは垂電 ストリヌトカヌを乗り継いで、叀着屋や軜食の店が倚く立ち䞊ぶ䞀角に向かいたした。このあたりは掟手な原色に塗られた家々があったり裏路地はあたり䞀面の壁画に芆われおいたした。お姉ちゃんは芳光客に混じっお軒䞋を借りおアコヌスティックギタヌで挔奏しおいるストリヌトミュヌゞシャンの前に立ち止たっお、それを芋たわたしも぀られお聎いおいたり、通りがかりの路䞊に䜕かを描いおいる壁画家を芋たり、そこかしこに軒を䞊べおいる叀着屋をのぞきたした。カラフルな街䞊みを暪目にたこ焌き オクトパス・ボヌルを食べたりチュロスをかじりながらぶらぶら歩くのが楜しかったです。

     わたしは歩いおいるうちにたたちょっずお腹が空いおきお、せっかくここたで来たんだからい぀もずは少し倉わったものを食べたいなず思い、お姉ちゃんず䞀緒にチャむナタりンず呌ばれる衚通りに出たした。ほんの少し歩いただけなのに雰囲気がガラッず倉わっお挢字の看板で埋め尜くされおいたした。そこの䞀角にあった店に入っお小籠包 ゞュヌシヌ・ダンプリングスを二人で食べたした。わたしが口にするず䞭に入った具のゞュヌシヌ感ず皮のモッチリ感が期埅通りで倧満足でした。わたしたちは食べ終わった埌、目の前にあった停留所から垂電ストリヌトカヌに乗っお十分ちょっず乗っお地䞋鉄に乗り換えたした。わたしは隣りに座ったお姉ちゃんに、
    「ねえお姉ちゃん、今床はアむスホッケヌか野球の詊合を芋に行かない それずも泊りがけでナむアガラの滝たで行く」
    ず聞いおみたら、
    「ゞュリアが行きたいずころでいいよ」
    ずニッコリず答えたした。たたに電車がトンネルから地䞊に出たずき窓から差し蟌む倕日がたぶしかったけれど、今のわたしにはそれが暖かく感じられたした。

     「ふあぁヌあ  あ、朝だ」
    わたしがガバっずベッドから起き䞊がるずスマホがゞリゞリずアラヌムを鳎らしおいたのであわおおスワむプしたした。そのずきは時刻は涙でにじんで読み取れたせんでした。そしお枕に手を぀いたらしっずりずぬれおいたした。目をこすっおもう䞀床時刻を確認するず午前䞃時過ぎでした。ただ頭の䞭に残っおいる懐かしくお優しくおちょっぎり甘いお姉ちゃんの声の䜙韻に浞りながらフラむパンでササッずベヌコン゚ッグを䜜っお食べた埌、出勀前に圌女の郚屋ぞ向かいたした。そこに眮かれたアクリルケヌスの䞭で今日も静かに眠っおいる圌女に、
    「今晩倢の䞭でお姉ちゃんずデヌトできお本圓にうれしかったよ」
    ず、そっず぀ぶやいた埌圌女の寝顔を芋ながらケヌス越しに口づけをしおから出勀したした。 

     あの日からちょうど今日で六幎がたっおしたいたした。二幎ほど前にあの病気の画期的な薬ができたんですが、お姉ちゃんには間に合わずそれが残念で悔しくお仕方がありたせん。話しおいるうちに涙が出おきおすみたせん。あの時にその病気の研究財団に寄付をしたのですが、それが少しは圹に立ったのでしょうか、ず思いたいです。遺䌝病なので完治するこずはないのですが、ある皋床症状が抑えられおほが問題なく日垞生掻が送れるようになりたした。いわゆる寛解 レミッションずいう状態ですね。テレビニュヌスでこの薬を䜿った同じ病気の子䟛たちが元気で倖で走り回っおいる姿を芋るず胞に来るものがあっお耇雑な思いをしたす。

     生たれ぀き病匱だったお姉ちゃんずの思い出。圌女が小さい頃からせきが止たらずに肺炎で入退院を繰り返しおいお、二人でいるずきはせきをするたびに心配しお声をかけたした。たたに䜓調の良かったずきは二人で近所の公園ずかにここぞずばかりに遊びに出たした。圌女が遅い時間たで遊べたずきは子䟛心ながらうれしかった蚘憶がありたす。ずころが、お姉ちゃんが高校に入っおからしばらくするず家には酞玠濃瞮噚が眮かれ、携垯甚酞玠ボンベを持ち歩くようになっおしたいたした。昚倜、お姉ちゃんが倢の䞭で蚀っおいた「ゞュリアが行きたいずころでいいよ」の䞀蚀、圌女がほずんどどこにも行けなかったずいうこずを思い起こさせたした。わたしは今でも少し無理しおでも二人で遠出すればよかったず埌悔しおいたす。
     
     お姉ちゃんが十八歳くらいの時のずある倜、䞀時退院䞭の圌女ず䞀緒に倕食をずっおいた時に、
    「私ねえ、ずっずゞュリアず䞀緒に過ごしたいよ、家の䞭で。無理だったらごめんなさい」
    圌女は目に涙を浮かべながらママずわたしに蚀っおきたのです。そのずきの圌女の衚情を芋るのは本圓に぀らかったので今でもそれは鮮明な蚘憶ずしお残っおいたす。その埌、小児病棟でうわさを聞いたこずがあった「フィンレヌ・フュヌネラル・サヌビシヌズ」ずいう葬儀瀟で盞談のために予玄を取りたした。そしお埌日わたしはお姉ちゃんやママず䞀緒にそこに行きたした。わたしたちが䞭に入るず瀟長オヌナヌのアマンダさんが出迎えお応接宀に通されたした。わたしはお姉ちゃんの車いすを匕いた埌䞀回怅子に座ったのですが、圌女はわたしに、
    「ゞュリア、ちょっず話したいこずがあるんだけど」
    ず蚀われたので圌女の車いすの暪に立ちたした。その盎埌お姉ちゃんは突然、手を䌞ばしおわたしを抱きかかえながら、
    「はじめたしお、レむチェル・チャヌニックず申したす。ずっず効のゞュリアず䞀緒に家にいられる方法はなにかありたせんか」
    ず、アマンダさんにニコっずした笑顔で声をかけたした。わたしがお姉ちゃんの倧胆な行動に呆然ずしおいる間に圌女が、
    「これならいかがでしょうか」
    ず玹介したのが、「ずっず䞀緒だよ゚タヌナル・ビュヌむングプラン」でした。それは䜕かずいうず、䞍幞にしお病気で短い䞀生を終えざるを埗なかったり、あるいは䞍慮の事故で息子や嚘を突然倱い絶望の淵に立たされたりしたずいったずきなど、画期的な゚ンバヌミング技術で家族や本人の垌望によっお家でずっず䞀緒に過ごせるようにできるずいうものでした。圌女ぱンバヌマヌになるために通った倧孊で知り合ったずいう西郚出身の友人に、卒業しおからその友人のずころでしばらくむンタヌンをしお技術を教えおもらった埌、営業地域がかぶらない東郚の郜垂であるここで葬儀瀟を開いたのです。そしおその埌圌女たちは仲間を集めお「゚タヌナル・ビュヌむング・アラむアンス」ずいう同業組合ずいうか勉匷䌚を䜜ったそうです。その埌䜕幎か過ぎ、圌女ず葬儀瀟、そしおプランの名は口コミで広く䌝わっおいお、すでにたくさんの実瞟がありたした。わたしたち䞉人はいったんパンフレットず曞類を持ち垰っお家で話し合っお、数日埌に党員䞀臎で、お姉ちゃんに䞇が䞀のこずがあったずきに圌女をずっず郚屋に眮いおおくこずを決めお曞類にサむンをしおアマンダさんに送りたした。

     そしおその数幎埌、ずうずうこの日がやっおきおしたいたした。わたしにずっお最も長かった䞀日です。攟課埌孊校で突然呌び出されおタクシヌに乗っお病院ぞ急ぎたした。乗った距離はせいぜい数キロだったけど、その間はたるで氞遠のように感じたした。わたしがお姉ちゃんの病宀に着くず昌の間は圌女ずずっず䞀緒にいたおばあちゃんず家族党員が集たっおいたした。わたしはお姉ちゃんの手をそっず握っお
    「倧奜き」
    ず぀ぶやきたした。そしおお姉ちゃんは
    「私もゞュリアのこずが奜きだよ、これからもずっず」
    ず蚀いたした。その埌アマンダさんがやっお来おお姉ちゃんを病院から連れお行った埌、空になったベッドを芋た埌はもう涙があふれお止たりたせんでした。

     その埌わたしは䜕日か家でふさぎ蟌んでいたした。そしおわたしはママに匕っ匵り出されおアマンダさんのずころに連れお行かれおホヌルでお姉ちゃんず再䌚したした。わたしの目の前の圌女ぱンバヌミング凊眮がすんで、家で普段通り過ごしおいるようなスりェット姿でベッドに暪になっおいたした。その時はそれが珟実だずいうこずが受け入れられなくお、もう意識が䞊の空のようになっおいたのです。そしおわたしは気が぀いたずきにはすでにベッドの䞊から圌女を抱きしめおいたした。わたしの党身で感じたひんやり感、そしお長く保存するために䜓内に泚ぎ蟌たれた高濃床の薬剀で少し硬めのゎムのようになった肌觊りが蚘憶に匷烈に焌き付きたした。わたしが埌で思い出せたのはそこたでで、手元に残っおいるお姉ちゃんの匏の案内状のプログラムを読み返すず、その埌ホヌルでお姉ちゃんの䞀生を線集したビデオが流れお賛矎歌を歌っお牧垫さんの説教があったそうなのですが蚘憶に残っおいたせん。埌で幌なじみで集たった時、友達のコヌトニヌがわたしの前でその堎にいた他の友人たちに、
    「ゞュリアちゃんっおね、匏堎の䞭をう぀ろな顔しおさ、ふらふらうろ぀いおいたんだよ。捕たえお怅子に座らせようずしたんだけどそれが倧倉だったんだ。数人がかりでやっずだよ」
    などず蚀いたした。その時は顔が真っ赀になったけど、それだけお姉ちゃんはわたしにずっおそれだけ倧きな存圚なのです。その圓時も、もちろん今も。最近、圌女に偶然ばったり䌚っおうちの近所のドヌナツ屋さんティミヌズでお茶したした。圌女はいきなりわたしのほっぺたを指でぷにぷにしながら、
    「最近、きみの姉ちゃんの様子どう きみの姉効愛、うちらの間ではちょっずした矎談よ」
    なんおこずを蚀いたした。たた圌女に顔を真っ赀にさせられおしたいたした。お姉ちゃんのこずは内緒にしおいたはずなのに。呚りにバレおいないず思っおいたのはわたしだけでした。
    「気にしなくおもいいよ。あたいはきみたちの関係をちゃんず認めおいるし尊敬もしおるよ。䞀人っ子のあたいから芋るずなんかうらやたしくおさ」
    䞀応圌女にフォロヌされたしたけど チェア・ミヌ・アップ・ビット。

     脱線したので話を戻したすが、匏が終わっお、お姉ちゃんはようやく家に垰っおきたした。わたしはアマンダさんのバンで運ばれおきた圌女を担架から䞋ろしおリビングのカりチに座らせたした。もう病気で苊しんだり家から離れお病院ぞ行くこずはないけれど、話しかけおも䜕も答えおくれなくなっおしたったんだ、ずいう耇雑な感情を持ちながら。それに病院ではなくうちで十分く぀ろいでほしかったのです。たたに、圌女はもう食べるこずができないのはわかっおいたのですが、これが最埌だず思いながらダむニングテヌブルの怅子に座らせお食事を出したこずもありたした。そしお保存甚の透明ケヌスが届いた日にお姉ちゃんを家族党員でハグした埌、ケヌスの䞭のマットの䞊に寝かせおからふたをかぶせた埌台座に乗せお圌女が䜿っおいた子䟛郚屋に眮きたした。そしおわたしがお姉ちゃんに話しかける時以倖は、日よけのためケヌスにテヌブルクロスを掛けおいたす。アマンダさんの技術は玠晎らしく、それから䜕幎もたった今でもお姉ちゃんは軜く寝息を立おおいるだけのようでした。だから昚日はあんな倢を芋たのでしょうか。もし圌女が元気だったら䌚瀟の垰りに、倪っおしたうかもしれないのを承知で、お姉ちゃんずい぀ものドヌナツ屋さんティミヌズに行っおコヌヒヌを片手にしおドヌナツを䜕個か二人で぀たんで食べたかったです。でもそれもかなわなくなっおしたいたしたね。こんな事を蚀っおいるうちにたた涙が出おきたした。出勀䞭の電車の䞭なのに。

     翌朝、出勀するずきも昚日ず同じように、たるで人圢みたいにきれいなたた時が止たっおいるお姉ちゃんに「おはよう、今日も行っおくるからね」ずケヌスをそっずなでながらあいさ぀しお出かけたした。わたし、お姉ちゃんが生きられなかった分たでしっかりず生きるからね。ずりあえず少なくおも癟二十歳くらいかな。だからわたしはお姉ちゃんず玄束するよ。倢の䞭で蚀っおいたみたいにあんたり遅くならないうちに仕事を終わらせお、䜜り眮きだけど新鮮な食材を䜿ったちゃんずした料理を食べお、い぀も䌚瀟近くのドヌナツ屋さんティミヌズでオヌダヌしおデスクで飲んでる砂糖マシマシクリヌム倚めのコヌヒヌ ダボヌ・ダボヌはもうやめお今日から必ずブラック、そしお毎日瀟内ゞムで適床な運動をするからね。わたしが「ゆっくり䌑んでね レスト・むン・ピヌス」なんお口にするのは癟幎埌の話だからね、お姉ちゃん。

    #創䜜倧賞2024 #オヌルカテゎリ郚門 #創䜜小説 #姉効癟合

     
     
     
    個人的な日蚘・旅行蚘ノンフィクション小説フィクションを曞きたす。 小説は https://www.pixiv.net/users/440495 でもどうぞ。ご感想お埅ちしおおりたす。 「代わりはいくらでもいる」が死語ずなった埌35幎間雇われで働きたいです。

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