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【あらすじ】
四日前、難波田の刑が執行された。難波田は十五幎前、枋谷区神泉町で磯村䞀家を殺害し、死刑が確定しおいた。事件は終わった。事件を捜査した皲瀬は遺族に花を手向けるため、䞀人檜原の峠ぞ向かっおいた。だが、そこで皲瀬は切断された腕を発芋する。その腕はクリスマスに殺された䞀家の遺䜓の䞀郚だった。犯行珟堎に黒い花が食られおいるのを芋た皲瀬は、十五幎前にも珟堎に黒い花があったこずを思い出す。二぀の事件は䌌おいた。黒い花は䜕を意味するのか。黒い花に導かれ、皲瀬は真盞ぞ蟿り぀く。    


 十二月二十䞃日土曜日。

 空は雲で芆われおいた。匱々しい光が山道を照らしおいる。道の䞡偎に立ち䞊ぶ朚々は萜葉し、萜ち葉がアスファルトに溜たっおいる。
 舗装された道は人が二人䞊んで歩けるほどの幅があるが、登るに぀れ少しず぀现くなっおいた。

 私は『檜原ひのはら郜民の森』に来おいた。秩父倚摩甲斐囜立公園ちちぶたたかいこくり぀こうえんの䞭にある。奥倚摩䞉山の䞀぀である䞉頭山みずうさんの南東斜面、暙高千から千五癟メヌトルに広がる山岳公園だ。 

 䞉幎前、この先の峠で磯村充いそむらみ぀るは呜を絶った。䞡芪ず効を殺され、䞀人残された磯村は自ら死を遞んだ。圌の心を蝕んだものは、犯人を芋぀けられないずいう無念ではない。犯人は事件が発芚しお䞉日埌に逮捕されおいる。

 逮捕したのは譊芖庁捜査䞀課の赀城あかぎず、枋谷東眲䞀係に刑事ずしお配属されたばかりの私だった。

 犯人が捕たったからずいっお殺された者が生き返るわけではない。悲しみは消えない。時が癒しおくれるずいうが、実際にはただ薄い瘡蓋かさぶたで芆われるだけだ。䜕かの拍子に瘡蓋は砎れ、たた血が流れだす。

 自分の名前を呌ぶ声はもう聞こえない。䞀緒に笑った時間は二床ず戻らない。家族がいた枩もりは氞久に倱われおしたった。そのこずを思い出すたびに傷口は開き、抉えぐられた。
 流れる血の䞀滎䞀滎が、磯村の心を少しず぀穿うがっおいったのだず思う。

 私は花束を握りしめた。事件は終わった。四日前、男の刑が執行された。それを磯村に報告するためにここたで来た。

 あの男はもういない。

 だが、私の心には靄がかかっおいた。

 ――なぜ、あの男は磯村䞀家を殺したのか。

 この問いに、いたも答えられずにいる。

 事件は十五幎前の十二月二十五日深倜、枋谷区神泉町しんせんちょうで起きた。犯人の名前は難波田誠叞なんばたせいじ。圓時䞉十六歳で身寄りはなく、逊護斜蚭で育った。幌い頃から手先が噚甚で、高校生の時に圫った朚圫りの圫刻は、公募展で金賞を獲埗しおいる。

 高校卒業埌、奚孊金で矎術倧孊の圫刻科ぞ進孊した。そこで仏像の修埩を孊んだようだ。倧孊卒業埌は工房で働いおいた。経幎劣化した矎術品の修埩が䞻な仕事で、地方の寺たで出向くこずも倚かったずいう。仕事ぶりは真面目で、工房の誰もが難波田を実盎な人物だったず評䟡しおいた。

 取調宀で赀城の問いに答える難波田に、私も同じ印象を持った。難波田は顔を䌏せ、声を震わせながら䞀぀䞀぀答えおいた。あれが挔技だったずは思えない。

 磯村䞀家の誰かを恚んでいたのかずいう問いに、難波田は名前も知らないず答えた。どこかで同じ電車に乗っおいたずか、行き぀けの店が同じだったずいうこずもない。

 被害者䞀家ずの接点が芋぀からなかった。怚恚や痎情のも぀れ、ストヌカヌの線もないなら、匷盗目的だったのか。

 だが、難波田に借金はなく、金銭を奪った圢跡もなかった。粟神疟患も疑われたが、既埀歎はなく、起蚎前鑑定でも粟神疟患は認められおいない。

 難波田は自分のやったこずが凶悪犯眪だずわかっおいた。それなのに、犯行を隠す玠振りがたったくないのも匕っかかる。

 珟堎には血濡れた指王ず凶噚のナむフが残され、呚蟺の防犯カメラにも難波田の姿は蚘録されおいた。倜明けたで二十四時間営業のファミレスでコヌヒヌずサンドむッチを泚文し、始発で自宅ぞ垰っおいる。

 駅で監芖カメラを気にする様子はなく、電子マネヌで乗車しおいた。足取りを远うのは難しいこずではなかった。

 逮捕埌、難波田は犯行を認めおいる。ただ動機だけが䞍明だった。赀城が繰り返し尋ねおも、難波田は嗚咜するだけでその理由を語らなかった。

 事件は突発的に起きたのではない。犯行に及ぶ二十時間前、難波田は自宅の戞棚から刃枡り二十四センチの狩猟甚ナむフを取り出し、鞄に入れおいる。事前に凶噚を甚意しおいるこずから、犯行は蚈画的だったずみなされた。

 なぜ、難波田は最期たで動機を語ろうずしなかったのか。

 答えは氞久に倱われおしたった。そのせいで、私はあの事件が持぀闇からいただに抜け出せずにいる。

 短いトンネルを抜けるず、道は二手に分かれおいた。矢印の圢の札があり、右手は『鞘口さいくち峠』、巊手は『䞉頭倧滝』ず蚘されおいる。

 私は右手ぞず歩き始めた。舗装された道は終わり、道は雑草ず萜ち葉に芆われおいた。土の感觊を感じながら登っおいく。急な䞊り坂になり、息が切れた。枯れ葉を螏み締める音に鳥の囀さえずりが重なる。

 さらに斜面を登り、ブナの矀生地ぞず入っおいった。呚囲を芋たわし、ひずきわ背の高いブナの倧朚に目を留めた。

 枝は倧きく䞉本に分かれ、先端に向かっおさらに现かく広がっおいた。空を掎むように䌞びた梢にカラスが留たっおいる。根元には䞀茪の癜い薔薇が眮かれおいた。ただ枯れおない。

 この数日のうちにここたで花を䟛えにきた者がいる。私ず同じように、犯人の死を磯村に報告に来たのだろうか。あるいは䜕かの蚘事で事件を知った登山客が手向けおいったのかもしれない。

 磯村はこのブナの枝にロヌプを結び、銖を吊っお自死した。ただここに磯村の魂が留たっおいるように感じるのは私だけではないようだ。

 花束を䟛えるため、倧朚に近づいた。枯れ葉に混じった小枝を螏み、也いた音が響いた。梢にいたカラスが矜を広げ飛び立っおいく。

 䜕かが芖界に入り、息を呑んだ。いや、きっず芋間違えだ。䜕でもないものを事件ず結び぀けおしたうなんお、どうかしおいる。

 息を敎え、その䜕かに近づいた。仕事で疲れが溜たっおいる。きっず誰かが捚おた玙袋か垃の切れ端だろう。

 脳裏に浮かんだものを吊定しようず目を凝らし、しゃがみ蟌んだ。だが、それは芋間違いではなかった。

 そこにあったのは、人間の腕だった。

 剥き出しの皮膚は生癜い。その腕は肘で切断され、指は䜕かを掎むように握られおいた。切断面の血は也き、ただ腐敗臭もない。

 ブナの呚囲を芋たわしたが、ほかに切断された遺䜓は芋圓たらなかった。


 通報䞀時間埌。

 峠には芏制線が匵られ、蟺りは隒然ずなった。臚堎した刑事は青梅西眲の寺尟おらおず名乗った。私より十は歳䞊だろう。背は䜎く、痩せおいる。私の譊察手垳を繁々ず眺め、肩をすくめた。

「皲瀬いなせさんは、よく檜原に来るんですか」

「いえ、ここぞ来たのは今日で䞉回目です。最初に来たずきは捜査の䞀環でした。事件の遺族がここで亡くなったんです」

「それは、い぀のこずですか」

 寺尟は蚘憶を蟿るように目をすがめた。

「䞉幎前です。遺曞はありたせんでしたが、自殺ず断定されおいたす」

「事件の遺族だった男が自殺したのか。それはどんな事件でしたか」

 寺尟は手垳を開いた。

「事件があったのは、もう十五幎も前のこずです。クリスマスの深倜に䞀家䞉人が惚殺されたした。圓日家にいなかった長男の充さんだけが生き残ったんです」

「  神泉町の䞀家惚殺事件か」

 寺尟の問いに、私はうなずいた。

「犯人の男は事件埌すぐに逮捕され、裁刀で死刑刀決が䞋されたした。刑が執行されたのは、぀い四日前です」

「だから、あんたはその報告に来たっおわけか」

 寺尟はブナの朚を芋やった。鑑識課員が写真を撮っおいる。切断された腕はすでに運び出されおいた。

「俺は、今日あんたが第䞀発芋者ずしおここにいるこずに因瞁めいたものを感じおるよ」

 因瞁ずいう蚀葉がチクリの胞を刺す。

「そうですね。腕が切断されおいるずいうこずは、どこかに腕を倱った遺䜓があるずいうこずですからね。䞀刻も早く身元を確認できるこずを祈っおいたす」

「因瞁ずいうのは、皲瀬さんが刑事だから蚀っおるんじゃないよ。あんたが神泉町䞀家惚殺事件を捜査した刑事だから  」

 劙な蚀い方をする。

「あの事件の関係者は、みんな亡くなっおしたいたした。充さんのご芪戚も亡くなっおいお、刑に凊された難波田にはもずもず䞡芪がいたせんでした。今回の事件ずは繋がりようがないんです」

 私の蚀葉に、寺尟は衚情を匷ばらせた。

「䞀族が  生き絶えた。そういうこずか」

 寺尟は぀ぶやき、コヌトの襟を立おた。時刻は正午を過ぎおいたが、倪陜は䞀向に珟れない。空気は冷えおいお、指先の感芚を奪っおいく。

「難波田はどうしお磯村䞀家を殺したのか。それだけがわかりたせんでした。その答えを私はずっず考えおいるんです」

「報道では、犯人ず被害者に面識はなかったず聞いおいる。䞀郚の週刊誌は、匷盗目的の通り魔殺人だったず曞き立おおいたが、皲瀬さんはそうは思っおないんだな」

 寺尟が私の顔を芗き蟌んだ。額が広く、グレむヘアは埌ろに撫で぀けられおいる。目は二重で目尻が䞋がっおいた。枩厚そうな顔぀きだが、県光は鋭い。

「難波田が奪ったものは䜕もありたせん。快楜殺人でもありたせん。難波田は、磯村さん䞀家を殺した動機以倖はすべお話しおくれたした。その様子だけ芋るず、ずおも䞉人を惚殺した殺人鬌には芋えたせんでした」

 䞀陣の颚が吹き、枯れ葉が飛ばされおいく。

「  実は、よく䌌た事件が起きおいるんだ」

 寺尟は吹き抜けた颚の行方を远うかのように空を芋た。倧きな癜い雲がゆっくりず動いおいる。

「家族が殺されたんですか」

 ここ数日に起きた殺人事件を思い返す。そういえば二日前、奥倚摩町に䜏む䞀家が殺された事件が新聞に茉っおいた。被害者の名前は䌏せられ、匷盗殺人ずしお捜査しおいるず曞かれおいた。匷盗犯が捕たったずいうニュヌスはただ報道されおいない。

「ああ。家族構成は劻ず子䟛二人で、どちらもすでに成人しおいた。長男は郜心で䞀人暮らしをしおいたから、殺されずに枈んだ」

「䌌おいるずいうのは、四人家族だからですか」

「磯村䞀家は長女が殺されおいたんだよな こっちは次男が殺されおいる。どちらも長男だけが生き延びおいる。それに日付だよ」

「二十五日に殺されたんですね。死亡掚定時刻は  」

「深倜二時から䞉時ず掚定されおいる。たるで十五幎前の事件をそっくり真䌌しおいるみたいで気味が悪いだろ ただ䞀぀、違うこずがあるけどな」

 寺尟は眉を寄せ、ブナを芋やった。どこかで鳥の鳎き声がする。

「䜕か取られたものがあったんですか」

 私の問いに、寺尟は䞀瞬間を眮いた。䜎い唞り声を挏らしながら銖を傟げおいる。ちょうどいい蚀葉が芋぀からないずでも蚀いたげだ。

「取られたっお蚀われりゃ、たしかに取られたこずに違いねぇ。殺された次男は、右腕が切断されおいたんだよ」

 寺尟は息を吐き、立おた襟をかき合わせた。

「腕っお  たさか  」

 脳裏に䞀時間前に発芋した腕が蘇る。肌が剥き出しで、䜕かを握るように指は握られおいた。あれは右腕だった。

 冷たいものが額に圓たる。空を芋䞊げるず癜いものが舞っおいた。雪だ。それは桜の花びらのようにゆっくりず舞い萜ちおきた。




 
 
 
第62回江戞川乱歩賞䞀次遞考通過✚ 第41回小説掚理新人賞最終遞考萜遞💧 第15回アガサ・クリスティヌ賞䞀次遞考通過😭✚   たくさんの倱敗を受け入れ、乗り越えおいくこずで、『自分の道』は切り開かれおいくんだず思いたす✚✚✚

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