
Hold up⑧
8話
翌日の昼休み。 コンビニのイートインで弁当を食べていると、 ナギエから通知がきた。
「タカヤ、ミサコさんと別れないって」
その一文だけで、 胸の奥がざわっと動いた。
「なんで」
そう返すと、 すぐに既読がついて、 「なんかもう無理かも」 とだけ送られてきた。
“無理かも”の意味は、 恋なのか、関係なのか、 それとも自分自身なのか。
たぶん全部だ。
仕事終わり、 ナギエから電話がきた。
「なんかね、もう疲れた」
声が弱い。 昨日の期待が、全部ひっくり返ったみたいな声。
「タカヤ、なんて言ってたん」
「“ミサコさんが別れないって言うから、もう少し話す”って」
「…そーか」
「うん。 なんかね、私、勝手に期待してたんだなって思った。本当情けない。だっさ」
ナギエは笑った。 でも、笑い声が乾いてる。
「…しばらくタカヤに会いたくない」
その言葉は、 幼馴染の三角形に初めて入った“亀裂”みたいだった。
「…だよな」
「ごめんね、聞いてもらってばっかで」
「いーよ。とりあえずちゃんとなんか食えよ」
通話が切れたあと、 胸の奥が妙にざわついた。
ナギエが傷ついてるのはわかる。 タカヤに腹が立つのもわかる。
でも—— ほんの少しだけ、 ほっとしてしまった自分がいた。
その感情が一番、 タチが悪い。
夜、家でぼーっとしていると、 スマホが震えた。
ミサコさんだった。
「今から会えないかな。少し話したい」
予想外すぎて、 一瞬だけ固まった。
「いいですよ」
そう返すと、 「駅前のカフェにいるね」 と送られてきた。
カフェに着くと、 ミサコさんはコーヒーを両手で包みながら、 少し疲れた顔で座っていた。
「ごめんね、急に」
「いえ」
ミサコさんは深く息を吸って、 ゆっくり話し始めた。
「タカヤから何か聞いた?」
「いえ、何も」
「じゃあ、ナギエちゃんから聞いた?」
「…何でナギエが出てくるんですか」
「タカヤから聞いた。バカだよね、タカヤって」
そういうミサコさんも、ひどく疲れた顔をしているように見える。
いつも気を遣って綺麗にしている人だけど、今日はさすがに疲れが見えた。
「タカヤの気持ちが離れてるのは、私もわかってる。 でもさ…まさか幼馴染のナギエちゃんに揺らいでるって聞いて、正直ショックだった」
その“幼馴染”が、 やけに重く響いた。
「ナギエちゃんってさ、 ずっとタカヤのこと好きでしょ?」
返答に困った。 否定するのも嘘だし、 肯定するのも違う。
「…まあ、昔から仲いいっすから」
そう言うのが精一杯だった。
ミサコさんは小さく笑った。
「わかってるよ。 ナギエちゃん、いい子だし。 タカヤが揺れるのも、わかる」
その“わかる”が、 逆に痛かった。
「でもね、 私だってタカヤと長く一緒にいたんだよ。 それが“幼馴染”ってだけで私が捨てられるのは、 なんか…そりゃないよって思っちゃう」
その言葉に、 俺は何も言えなかった。
ミサコさんの気持ちも、 痛いほどわかる。
タカヤとミサコさんは、 お似合いだと思ってた。 タカヤには、 しっかりしてて大人なミサコさんが合ってると思ってた。
でも、 ナギエとの絆も深い。
どちらも“特別”で、 どちらも“正しい”。
だからこそ、 こんなに面倒なんだ。
「とりあえず、私が我儘言って別れないってことになった。私も大人げないなって思うんだけど…私はタカヤとずっと一緒にいたいなって、思うから」
”ゴウくんまで巻き込んで、ごめんね”
帰り際、 ミサコさんは小さく言った。
その言葉が、 胸に重く落ちた。
タカヤにも腹が立つ。 ナギエが傷ついてるのを見るのもきつい。 ミサコさんにも同情する。
でも—— この三人の関係を守れるのは、 たぶん俺しかいない。
俺は俺でいるしかない。俺のまま。
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