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透明エスカー

    朝、ギリギリで家を出る。
    出発時間の1時間前に起きても、布団から出られない。
    いつも出勤がギリギリになる。
    人が詰まった電車に乗り込み、乗り換え駅に着く。人ごみを掻き分ける。ふと視線をあげるとホームの屋根の脇には青空が広がっていた。
    雲ひとつない。

    こんな晴れた日に室内で仕事するなんて、狂ってると思った。
    電車へ乗るための列に並ぶ。
    まだ来ないのか、と思い電光掲示板を見る。
    向かい側の案内が目に入った。
    行き先は藤沢だった。
    江ノ島、江ノ島へ行こうと思い立つ。
    チャットで「体調不良のため休暇をいただきます」と連絡を送った。
    もういい、もう良いんだ、と藤沢行きの電車に乗り込んだ。

    会社と逆方向の電車は空いていた。
    これからまたぎゅうぎゅうの電車に乗り込む予定だったのに。
    座席に座り、向かい側の窓の外をぼんやり眺める。

    藤沢駅に到着した。
    JRの改札を通り、江ノ電の乗り場へ向かう。
    平日なのに、江ノ電はそこそこ混んでいた。
    地域住民ぽい人と外国人観光客が渾然一体となっている。
    江ノ島駅に着き、どっと人が降りた。人波に紛れ江ノ島へ向かう。
    さすが観光地、賑わっている。
    長い橋を渡り終え、お土産屋さんが立ち並ぶ坂道を登っていく。
    コロッケにイカ焼きに生しらす丼、ソフトクリームと美味しそうだ。

    江ノ島エスカーの乗り場に到着した。
    ふっと聞こえる音が遠のく。
    一瞬、水の中に潜ったみたいに喧騒や景色が鈍く歪んだ。
    その瞬間、強いめまいに襲われる。目をぎゅっと瞑ってから開くと、めまいは消えた。
    ふうっと息を吐き、券売機で券を買う。改札の機械にかざし中に入った。

    江ノ島エスカーには初めて乗る。
    ゴゥンと立ってる場所が動き始めた。
    乗り場にはたくさん人がいた気がしたが、券を買ってから誰もいなくなっていた。
    ふっと光が降り注ぐ。トンネルはガラス張りなのか、外の景色が綺麗に見えた。

    視界が広い。
    頭上には青空が広がっており、ぷかぷか白い雲が浮いている。
    下を見下ろすと今まで登ってきた坂道、海、橋、対岸の街が見える。
    空より海の色の方が深い色なんだ、と思った。
    地上との境界には薄く雲がかかっていた。
    辛いとき、きっとこの光景を思い出す。

    ガラス越しにゆっくり流れる景色を眺める。海がキラキラ光っている。
    しかし、これだけガラスのトンネルが長いと手入れや掃除も大変そうだなあと思った。
    水垢や砂汚れなどはなく、繋ぎ目もない。

    無風だからガラス張りになっていると思ったけど、本当にガラスはあるのか?
    これはそもそもガラスなのか?

    気になり手を伸ばしかけたが、指紋をつけるのも忍びなく手を引っ込める。
    立っているのも疲れてきて腰を下ろした。綺麗な景色を見ながら勝手に運ばれていくのは楽で良い。

    うつらうつらし始めたとき、ふっと首筋に風を感じた。
    振り返ると出口が見えてきた。慌てて立ち上がる。乗り始めてからお尻が痛くなるくらい時間が経っていた。
    あっという間だった気もするし、長かった気もする。

    エスカーを降りると目の前が真っ白に光った。
    思わず目を瞑り、手でゴシゴシ瞼を擦る。
    そっと目を開けると眼前には明るい庭園が広がっていた。ふわりと優しい風が吹く。花の香りがした。日差しが暖かい。
    きっと天国があったらこんな場所だろうと思った。
    景色がさっきより濃く見える。花が色とりどり鮮やかだ。エスカーで見た景色はどこか淡く、遠く、眩しかった。
    きゃははと子供の明るい声がする。家族連れが歩いていた。
    外国人観光客は写真を撮っている。
    みんな階段で来たのだろうか。

    展望台には登らず、帰りは階段をテクテクと降ってゆく。登りの人とたくさんすれ違い、みんなエスカー使えば良いのに、と思った。

    橋を渡りきり、さてどうしようかと海のそばの道を歩く。水族館でも行こうか、それとも鎌倉でもぶらぶらしようか。
    そのあとはきっと夕日でも眺めよう。

    ざぱんと波の跳ねる音がして、ゆるやかな風が吹いた。

    明日こそは職場に行けるだろう。

     
     
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