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【禁煙文学部】煙のない喫煙所 - 第一章 無害な煙草

    N氏は、煙草をやめる気がなかった。

    やめたほうがいいことは知っていた。箱にも書いてあるし、医者にも言われたし、妻にも言われたし、会社の若い社員にも、言葉にはされないが目で言われた。

    だが、知っていることと、やめることは別だった。

    ある日、駅前に奇妙な店ができた。

    看板には、こう書いてあった。

    「未来煙草。煙も匂いも害もありません」

    N氏は笑った。そんなものがあるわけがない。だが、煙草を吸う人間というのは、やめるための言葉には疑い深く、吸い続けるための言葉には案外すなおである。

    店の中は、薬局のように白かった。棚には銀色の箱が整然と並び、どの箱にも警告文はなかった。

    「本当に無害なのかね」

    N氏がたずねると、白衣を着た店員がにこやかにうなずいた。

    「はい。煙は出ません。灰も出ません。壁も汚れません。肺にも入りません」

    「では、何が出るんだ」

    「満足感です」

    店員は、当たり前のことのように言った。

    「お客様が煙草に求めているものだけを取り出しました。ひと息つく感じ、仕事が一区切りした感じ、少しだけ自分に戻る感じ。そういうものです」

    「ニコチンは」

    「入っておりません」

    「では、吸う意味がないじゃないか」

    「いいえ。意味だけが入っております」

    N氏はますます笑った。笑いながら、一箱買った。

    店員は箱を袋に入れながら、小さな声で言った。

    「ただし、一本ごとに少しだけ未来を使います」

    「未来?」

    「ええ。お客様の、まだ使っていない時間です」

    N氏はまた笑った。

    「どうせろくな未来じゃない」

    店員は、にこやかにレシートを渡した。

    「皆さま、最初はそうおっしゃいます」

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