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Photo by13blog_sasayama

ドア-通勤-ドア

    しね。

    誰に向けられているのか分からない不明瞭だけれど強い言葉を抱いて目覚める平日の朝。
    何もしたくないのに、着替えて、髪を整えて、歯を磨く。

    身支度を整えて家の扉を開ける時、空が晴れているか、曇っているか、雨が降っているのか。空の色を確認するのが1日の始まりだと思っている。
    天気の話はとても退屈なのに、人の気持ちにこんなにも寄与するのだからあながち大切な会話ではあると思う。

    働いている人たちが各々の家から三鷹駅に吸い込まれていく。なんだか泣いてしまいそうだ。僕が代表して泣きたいけれどまだ社会人として幼い僕にその資格はないから、代わりにBluetoothイヤホンを耳につける。特に聴きたい音楽はないのでJ-popのランキングTop50を流す。
    知らない人たちが、知らないリズムで愛や恋だと言っている。自分が冷えているのは冬だからと言う理由だけではないことがわかる。

    朝の駅は混んでいる。当たり前のように。
    あそこから入場しようと3つ目のゲートに並ぶが、僕の前の人がスマホをかざすとゲートが閉じられて、ピンポーンという音と共に、右手の部分が赤く表示される。おそらくSuicaの残高が不足していたんだろう。朝から知らない人の準備不足に巻き込まれた。死ね。

    朝の三鷹駅は整列乗車が基本。
    電車の扉の位置から黄色のテープがホームに引かれていて、乗客は少し離れた場所で電車を待つ。
    しかし、ルールを知らないのか、知っていて敢えて無視しているのかわからないが、紺色のニット帽を被った40代くらいの男性Aさんが扉前の位置で電車を待っている。つまりAさんは電車が到着したらすぐに電車に乗ることができてしまう。
    整列乗車に従い列を待っていた僕はそんな彼を見ながら死ねばいいのに、と思っていた。

    きっと僕の前に並んでいた50代後半の男性Bさんも同じ気持ちだったのかもしれない。
    電車が到着したタイミングで整列していた人たちは黄色のテープに沿って電車の入り口に向かって歩き出す。
    僕の前に並んでいたAさんはBさんを左肩で横に押し出した。Bさんは訳がわからないという文字を表情にプリンアウトして睨みを利かす。しかしAさんはまるでBさんが存在していないみたいにずっと前を向いている。
    Bさんは相変わらず列の先頭を位置取ろうとするが、Aさんはびくともしない。
    こうなると無知なBさんが可哀想になってきた。相手にされないまま1人で勝手に凄んでいる。カエルみたいだなと思った。鳥獣戯画から歴史的な価値とか、意味を全部捨て去ってしまったあとのカエル。

    そんな彼らを気にしていては、ただでさえ憂鬱な、連休を控えているわけでもない平日を乗り越えられないと思いスマホを開く。
    何をしようかと考える前に、気づけばXを開いている。有名人の不祥事と何枚にも分割された漫画ばかりのタイムラインをスクロールする。
    気になった漫画をついつい読んでしまうが、契約している格安SIMの電波は弱く、ページを読み込むために無の時間を過ごす。真っ白な画面が波打ちながらデータを必死に読み込もうとする姿には、どうしても愛着が湧かなかった。やっとページを読み込んだ時には、今、自分はなんて不必要な時間を過ごしてしまったのかと、漫画を読む気が失せてしまっている。

    総武線は中野、東中野、大久保に停車する。対して中央線は中野の次は新宿に停車するため、東中野と大久保はボーナスタイムのように感じていた。

    移動には時間がかからないほうがいいんだろうけど、それが通勤となれば話は変わってくる。憂鬱な空間で、憂鬱な人達に囲まれて、嘘の笑顔を貼り付けて、決して自分じゃなくてもできる仕事を空の色が2回変わるまで行わなければならない。
    そんな時間が始まる前の空っぽで生暖かい時間、通勤時間。

    人の入れかわりがあって、僕の隣にはガタイがやかましくて、スーツだけが綺麗な40代くらいの男性が座った。彼は周りの人のことなんて人生で一度も考えたことがないんだろう。そうじゃなければ足はこんなに開かないし、黒いダウンは僕の顔に当たらないし、咳をする時は手で口を抑えるはずだから。
    彼の握っているiPhoneにはグルメサイトが映っていた。どうやら以前彼が訪れた蕎麦屋に低評価の口コミを書いているらしい。誰がわざわざ低評価を書くんだろうと思っていたけれど、朝の総武線に答えはあった。
    先日デザインを気に入って買った自分のダウンジャケットが彼と同じものだと気がついた時はしのうかと思った。希死念慮の安売り。
    きっと隣が彼以外だったら何も気にならないのに、匂い、髪型、メガネの汚れ、爪、スマホの色、革靴のとんがり具合、全てが不快だった。あんなに嫌だったはずの会社に行くほうが彼の隣にいるよりましだと思った。しね。

    新宿駅に到着した。
    総武線、山手線が止まるホームはいつも人だかりだった。大抵山手線待ちの列が総武線側にまで伸びている。相当な精神力と図々しさを持ち合わせていなければ総武線を降りてすぐに山手線に乗ることはできず、一本見送るのが僕のルーティンだ。

    ホームに作られた列は一見ルール通りに並んで素晴らしい日本人と勘違いされかねない光景ではあるが、実際は違う。1本前の電車に乗り遅れたであろう人たちが電車の入り口付近で待機している。あの人たちがもし列にちゃんと並んでいたなら問題ない。しかし、列に並びもせず、電車に乗ろうと思ったけれどやっぱり乗れませんでした、てへへ、みたいな奴らだった場合、僕は彼らを憎しみの対象として記憶に刻まなければならない。あの図々しさを(日本のため、いや彼らは一国の動向に寄与できるような力は持ち合わせていない。人を嫌な気持ちにさせてしまうような存在なのだから)僕のために今日は家から出ないで欲しかった。(僕は優しいので今日だけという制限で許してあげることができる)しね。

    蛍光板に赤の文字が点滅して、山手線の次の列車が到達した。電車の入り口に列を作る疑惑の彼らは、新宿駅で降りる大量の人達の障害になる。流石の彼らは、まだ人が降りている途中にも関わらず乗車を始める。
    そんなに罪を重ねて、積極的に地獄に堕ちたいタイプなのかなって思ってしまう。
    彼らは、僕のような後から電車に乗ってきた『ルールを守った人たち』によって押し込まれていく。なんだよっ、みたいな顔で後ろを向いてくるのでなんだよじゃねぇよ、という顔でしっかり見返してあげる。死ね。

    そんな僕らの頭上では長方形のモニターに電車専用のショート番組が流れている。好感度の高い芸能人、インフルエンサー、子供や動物がいつも流れている。今日はクオッカと呼ばれる茶色の小動物が映し出されている。
    リスとネズミの中間みたいな見た目で、ちょっとふっくらしている。
    かわいいという言葉を知っている人なら間違いなく可愛いというだろうし、きっと赤ちゃんはクオッカ見てその言葉を覚えるんだと思う。知らなかった動物がその愛らしさを武器にどんどんこちらの心に擦り寄ってくる。たしかに、悪い意味で目に光のない僕にとって一抹の光たるポテンシャルがクオッカには感じられた。
    この動物は口元の模様が笑っているように見えることから世界一幸せな動物と言われていると、音のない映像の中で字幕で伝えられる。幸せとか、笑顔とか、勝手に決めつけて背負わせる感覚が気持ち悪い。いつも明るく振る舞っている人に対して「〇〇って悩みなさそうだよね」「〇〇って幸せそう」って無遠慮に言ってしまう人の失礼さとか、残酷さと同じ気持ち悪さを感じた。その人があなたみたいに不満を垂れないのは、自分の感情に責任を持っているからであって悩みがないわけではないのに。

    意識していない間に代々木駅を通り過ぎていた。

    電車が原宿駅に到着する。
    電車の出口付近の人が全く動かないので「すみません、降ります」と言うが、なにが「すみません」なんだ?と、もはや自分自身に腹が立ちながら、改札に向かう階段を登る。
    前を進む人のスピード気になり、混雑しているのかと確認するが、そうではない。彼の前に人はない。スマホを見ているせいで歩くスピードが遅くなっている。どういう意味か分からない。死ね。

    階段の登り終わり、改札に向かう直線の通路を進む。地面には左側通行を示す矢印が描かれている。当然その向きに従って歩いていると流れに逆らって直進する男性の肩がぶつかる。

    【列に割り込む君を許す代わりにあなたの全てを否定します】

    正しい形式になっているかも定かではない感情の歌が心の中に浮かんだ。彼だけに届けたい強烈な恋文だ。彼の一日が最悪なものになりますようにと、生まれて初めて神様に祈った。

    駅から出ると、
    『日本一周をしています。援助してください』
    と書かれた段ボールを掲げる40代の女性。文章は乱れていて、文字は汚い。
    日本一周に含まれる冒険とか、挑戦みたいな要素がどこかに落とされてしまったようだと思いながら無駄に長い信号を待つ。
    ところで、原宿はアパレル関係者が多いからだろうか、駅前が意図せずファッションショーみたいになっているから少し緊張してしまう。

    上京してから一番不思議だなと感じているのは吹き抜けの喫煙所。あれはどういう意味なんだ。路上喫煙と何が違うのか。煙たすぎるし、くさいし、ハラカドの交差点までに4つくらいある。原宿は喫煙者が作った街なのか?

    交差点を越えて渋谷方面に進む。おしゃれなアパレルブランドばかりが並んでいて、あぁいいな、欲しいなとは思うけれど、僕は資本主義社会の劣等生なので衝動買いはできない。なのでインバウンドの方達には日本の経済を動かして欲しいと思う僕はナショナリストなのか、無責任な人間なのかわからない。

    会社が近づいている。会社直前の信号は青だったとしても、一度立ち止まり一度見おくる。
    しね。

    会社のビルのエレベーターに乗る。
    あまり綺麗でもなく、薄暗い箱。無駄に煌びやかな方が憂鬱になりそうだからましだ思う。
    このまま故障して動かない箱になればいいのにという身勝手な願いは神様から無視され続けて一年以上経過してしまった。

    6階、到着。
    右手にある大きな鉄の扉を開けたら始まる。
    開けなかったら、どうなるかなんて、考える必要がないくらい意味がないことを考える。

    ぐっと短く息を吐く。

    予算達成しよう、大好きな先輩たちと、大好きな仕事を、やりがいをもって。自分に言い聞かせる。心臓のギアをあげないと立っていられない。

    頭なのか、心の中なのか分からないけれど言葉が溢れ出している。

    頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、無理、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、帰りたい、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、辞めたい、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、張る、頑張る、頑張る、死ね、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、張る、頑張る、しね

    手に持っている鍵の音がうるさい。

    少し重い鉄の扉を引く。
    扉を閉じる前にblootoothイヤホンをケースに戻したとき、表情に笑顔を張り付ける。


    「おはようございます!」



    オフィスに広がるコーヒーの匂いのせいかわからないけれど、やっと気づいた。
    あれは僕自身に向けられた言葉だったんだ。

     
     
    99年生まれの「」 小説とエッセイを書きたい

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