メインコンテンツへスキップ
見出し画像

きらめくシロップと、そっぽを向いたジャム ――AIと挑んだ我が家の梅仕事

    6月最初の週末、我が家の恒例行事がやってきた。
    梅と氷砂糖を買ってきて仕込む、今年で3年目になる梅シロップ作りだ。

    青梅1キロに対し、氷砂糖1キロ。一対一の黄金比。 ゴロゴロと音を立ててザルに上げられた青梅を、優しく傷つけないように洗う。タオルで水気を完全に拭き取り、竹串でヘタをポロッと丁寧に取り除いていく。しっかりと乾燥させたら、今度はエキスが出やすいように実へプチプチと穴をあけ、氷砂糖と交互に瓶の中へ敷き詰めていく。綺麗な緑と白の層ができていくのを見るのは、毎年のことながら気持ちがいい。

    2〜3日して砂糖が溶け始めると、そこからは毎日混ぜる作業が始まる。
    この大仕事こそが、4歳の息子の「使命」だ。カビさせないための最も重要な任務を前に、昨年から立派な職人として手伝ってくれている頼もしい彼は、今年もやる気満々である。

    毎日、お風呂上がりに「梅、混ぜる!」と、責任感を背負った小さな職人が現れる。
    菜箸を食品用アルコールでまずは綺麗に拭く。
    そしてゆっくりと菜箸を動かし、混ぜていく。

    最初は梅と氷砂糖がギチギチに詰まっていて、うまく混ぜられない。
    「父ちゃん手伝って!!」
    そんな声を聞きながら、小さな手にそっと手を添える時間が、たまらなく心地いい。

    日が経つにつれて砂糖が溶け、梅からエキスがじわじわとにじみ出て隙間ができると、息子はグルグルと調子よく混ぜるようになる。
    「早くかき氷食べたいな」
    彼は梅シロップをかけたかき氷が大のお気に入りなのだ。その日を楽しみに、毎日一生懸命にかき混ぜている。

    1週間ほど経つと、瓶のフタを開けた瞬間に、ふわっと梅の爽やかで甘い匂いが広がるようになった。
    「うわー、昨日より梅の匂いがする!」
    混ぜ終わった菜箸を取り出し、先っぽをペロリ。
    「梅の味がする!」
    そう言う息子の真似をして、私も箸の先を少し味見して「ホンマやな!」と返す。
    「まだちょっとお砂糖の甘い方が強いけど、奥の方にちゃんと梅がおるな」
    「おる!」
    まだほとんど砂糖水の甘さだけれど、確かに奥の方に梅の気配がある。
    親子二人、瓶を覗き込んでは日々の小さな変化に驚き、発見する楽しさがそこにはあった。

    夫婦のLINEと、二つのAI

    しかし、今年の梅シロップ作りは、去年とは違った。
    漬けてからもうすぐ2週間が経とうとしたとき、いつものように混ぜてフタを閉めようとして、ある異変に気づく。

    瓶の中に、白いぽつぽつとした泡のようなものが出ているのだ。

    「……ん? 去年、こんなんあったっけ」
    初めは、混ぜたときに少し泡立っただけかと思った。しかし、心なしか瓶の底から小さな気泡がぷくぷくと湧き上がっているようにも見える。妻を呼んで一緒に観察してみる。
    「もしかしたら、発酵しているのかも……」
    二人で顔を見合わせ、とりあえず次の日まで様子を見ようということになった。

    翌日、仕事のお昼休み。私のスマホに妻からLINEが入る。
    『今見たらやっぱり瓶の中に泡があるから、発酵してるっぽい』
    続けて、こんなメッセージが届いた。
    『チャッピー(ChatGPT)に聞いたら発酵してるって。写真も貼り付けたらほぼ間違いないってさ』

    今やAIは、梅シロップのトラブルにまで答えてくれる時代らしい。
    ……と、感心しつつ、かく言う私も全く同じタイミングで、もう一つのAI「Gemini」にスマホから問いかけていた。
    仕事の休憩中、お互いに我が家の梅のピンチを救おうと、別々の頼れる相棒(AI)に即座に相談していたのだ。
    片や「チャッピー」、片や「Gemini」。
    夫婦して同じタイミングで、別々のAIに必死にスマホを向け、全く同じ「発酵」という答えにたどり着いたのが可笑しかった。現代のテクノロジーに守られた我が家の梅である。

    「エアコンいらず」が仇になるとき

    二つのAIが導き出した原因は、意外なところにあった。
    それは、我が家の「保管場所」だ。

    梅シロップの定位置は、床から2メートルほどある棚の上。子供がうっかり触って倒さないように、という安全対策から、過去2年間ずっとそこに置いていた。それで毎年うまくできていたから、今年も疑わずにそこへ置いたのだ。

    だが、高い場所というのは「暖かい空気が上がってくる場所」でもある。

    例年なら、この時期はムシムシしてすぐにエアコンをつけ始めるのだが、今年に限っては心地よい風が吹き、エアコンなしでも快適に過ごせていた。「今年はエコで快適だな」なんて思っていたのだが、それが盲点だった。

    私たちが床に近いリビングで「涼しい」と感じている裏で、部屋の2メートル上空では、初夏の熱気がじわじわと溜まっていたのだ。子供の安全を守るための「2メートルの特等席」は、皮肉にも梅の酵母たちが大喜びする「発酵のパラダイス」と化していた。

    自然の物理法則に、一本取られたような気分だった。

    小さな職人の、新体制

    AIの教えに従って、まずは瓶からすべての梅の実を取り出す。そして、残ったシロップだけを一度鍋に移して弱火にかける。 火が通るにつれて、キッチン中に、まるで梅ジャムを作っているときのような、濃厚で甘酸っぱい香りがぶわっと立ち込めた。アクを丁寧にすくいながら、フツフツと加熱して発酵をストップさせる。

    加熱して冷ましたシロップを、きれいに消毒した瓶に戻す。ここからの定位置は、もう2メートルの棚の上ではない。冷蔵庫の安全地帯だ。

    一気に低い場所へと引っ越した我が家の梅シロップ。予定より少し早いけれど一足先に梅の実とバイバイし、純粋なシロップだけになったため、これまでの「菜箸でダイナミックに混ぜる」という工程はここで無事に終了となった。とはいえ、せっかくの職人の仕事をこれで終わりにしてしまうのは忍びない。ここからは、「冷蔵庫から瓶を取り出してゴロゴロと優しく回し、底に残った蜜を最後まで均一に育てる」という、第二段階の新しい任務が、小さな職人に引き継がれることになった。

    ちなみに、当の小さな職人はというと、発酵の報を聞いたときには
    「もう食べられへんの?」
    と本気で心配そうな顔をしていた。
    「大丈夫、一度お鍋でグツグツしたら、シロップが生き返るんやで」
    私の言葉に、息子の不安そうだった顔が一転してパッと明るくなる。
    「味見する!」
    そう言うと、彼はもうスプーンを握りしめていた。

    鍋での加熱が終わり、シロップが冷めるのを待つ間も、彼はキッチンとリビングをそわそわと往復し、待ちきれない様子だった。
    「父ちゃん、まだ?」「なぁ、まだ冷めへん?」
    何度も何度も聞いてくる姿が微笑ましい。

    ようやく冷めたシロップをスプーンですくって、小さな口に差し出す。一口ゴクリ。
    「おいしー!」
    パッと、弾けるような満面の笑顔が咲いた。 加熱したことで、むしろ梅のコクがぎゅっと凝縮されたような気がする。なんとか、彼が納得できる、そして家族が大好きなあの味の灯を守り抜けたようだ。

    それからの彼は毎日、冷蔵庫の前で瓶を優しくゴロンゴロンと転がしている。

    琥珀色のセカンドストーリー

    さて、我が家の梅仕事には、もう一つの密かなお楽しみがある。先ほど救済措置の段階で一足早くシロップと別れた、じわじわとエキスを絞り出された「梅の実」を使ったジャム作りだ。

    しかし、これがなかなかの曲者で、仕込みのときにプチプチと穴をあけられ、エキスを極限まで吸い取られた梅の実は、どれも種にペッタリと張り付くようにシワシワになっている。包丁を入れても、種にしがみついた身を剥がし取るのが実に難しい。ちょっと油断すると刃が滑りそうになる、手強い作業なのだ。
    そんな難敵を前に、今年も妻が腕を振るってくれた。 キッチンからトントンと小気味よい音が響いたあと、お鍋でじっくりと煮詰めていく。 あんなに頑固そうだったシワシワの梅の実たちが、妻の手によって、見事にとろりとした艶やかな黄金色のジャムへと変身を遂げた。

    翌朝、さっそく食卓に登場したそのジャムを、こんがり焼いた食パンにのせてみる。ヨーグルトにもひとさじ落として口に運ぶと、これがまた、実においしい。シロップとはまた違う、梅本来の爽やかな酸味と心地よい深みがギュッと詰まっていて、大人の朝の贅沢にぴったりだった。
    ――と、ここまでは大満足の展開だったのだが、思わぬ誤算がひとつ。

    仕込みの段階からあれほど熱心に関わってきた小さな職人である。てっきり
    「ぼくの梅!」
    と大喜びで飛びつくかと思いきや、ひとくち舐めた瞬間に顔をしかめた。
    「……すっぱい」
    どうやら、彼にとってこの濃厚な大人の酸味は少々ハードルが高かったらしい。シロップの瓶転がしにはあんなに精を出していたのに、朝食の食卓では梅ジャムをそっと遠ざけ、見向きもしないのである。

    あれだけ熱心だった「職人」の、梅ジャムに対してはあまりにも冷ややかな変わり身の早さに、夫婦で思わず笑ってしまった。

    子供の味覚も、部屋の温度も、何から何まで計算通りにいかないからこそ、季節の手仕事はおもしろい。 トラブルを救ってくれた相棒(AI)たち、お鍋で見事に再生させてくれた妻、そしてジャムにはそっぽを向いたけれど、シロップの瓶転がしという本業は最後まで全うしてくれた小さな職人。

    今年もきっと、家族みんなで、それぞれの「美味しい」を分け合いながら、最高に甘酸っぱくて美味しいかき氷が食べられるはずだ。



     
     
     
    1984年大阪生まれ、40代のカンベです。ローンと教育費を背負い「まだまだ稼がなあかん!」と自分を鼓舞する毎日。仕事・子育ての日常や、現在進行形で格闘中のAI活用術を、自分の言葉で書き残していきます。人生の後半戦、気負わず楽しく発信中です!

    あなたへのおすすめ