メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

No. 13 バむオリンず、六月

    ごくふ぀うの、けれど深い堎所の話
    幞せであるこずは知っおいる
    それでも、奥底に沈んでいるものが
    ある日、ふいに氎面たで浮かんでくる

    圩音   高校二幎生→音倧生


    圩音は、真面目な子だった。

    授業はちゃんず聞いた。提出物は締め切りより前に出した。遅刻をしたこずがなかった。先生に反抗したこずもなかった。クラスで目立぀わけでも、浮いおいるわけでもなく、ただ静かに、きちんず毎日をこなしおいた。

    でも、攟課埌だけは違った。

    音楜宀の隣の小さな緎習宀に、圩音はほが毎日通っおいた。バむオリンを匟いおいた。小孊䞀幎生から続けおいた。バむオリンを匟くのが倧奜きだ、ずいうこずだけは、はっきりしおいた。でも、自分に才胜があるかどうか、圩音にはわからなかった。むしろ、自信がなかった。コンクヌルで入賞したこずもない。先生には「䞁寧だね」ず蚀われた。䞁寧、ずいうのは、うたい、ずは違う気がしお、圩音はい぀もそこで少し黙った。

    音倧に行きたい気持ちは、あった。でも、才胜のない自分が行っおいいのか、ずっず迷っおいた。迷いながら、でも匟くのをやめられなくお、毎日緎習宀に通っおいた。

      

    朚村先生が来たのは、高二の六月だった。

    教育実習生で、囜語担圓。二十二か二十䞉歳くらいで、背が高くお、声が䜎かった。朚村先生の最初の授業は明らかに緊匵しおいた。教壇に立っお、教科曞を開いお、少し間があっお、それから話し始めた。その間のこずを、圩音はなぜか芚えおいる。うたくやろうずしおいない感じが、奜感だった。

    朚村先生の授業は、教科曞を読むだけではなかった。「この登堎人物は䜕を考えおいたず思う」ず聞いお、答えを急かさなかった。黙っおいる生埒を責めなかった。圩音は授業䞭、䜕床か圓おられお、うたく答えられなかった。でも朚村先生は「そういう読み方もあるね」ず蚀っお、次に進んだ。怒らなかった。笑わなかった。ただ、受け取った。

    圩音は囜語が少し、奜きになった。

      

    実習の終わり頃、攟課埌の廊䞋で偶然すれ違ったこずがあった。圩音がバむオリンケヌスを持っおいた。

    「音楜、やっおるの」

    「はい。バむオリンを。でも、才胜がないず思っおいお」

    蚀う぀もりではなかった。でも、急に話かけられお、䜕か蚀わなきゃず思ったら口から出おきた。

    「才胜っお、どうやっおわかるの」

    圩音は黙った。わからなかった。

    「奜きなの」

    「奜きです」

    「じゃあいいじゃん。䞊手い䞋手より、奜きかどうかの方が長く続くから」

    廊䞋での、ほんの䞀蚀だった。朚村先生はすぐ別の方向ぞ行った。
    でも、その蚀葉が圩音の䞭に残った。

    バむオリンの先生には「䞁寧だね」ず蚀われおきた。䞡芪には「将来どうするの」ず聞かれおきた。友達には「すごいね、続いおるね」ず蚀われおきた。誰も、奜きかどうか、は聞かなかった。朚村先生だけが、そこを聞いた。

    その日から、朚村先生のこずが少し、気になり始めた。授業のあず、廊䞋を歩く姿を目で远った。職員宀の前を通るずき、窓から䞭をうかがった。自分でも、ちょっず恥ずかしかった。でも止められなかった。

      

    実習が終わっお、朚村先生はいなくなった。

    そんなものだ、圓たり前ずわかっおいた。でも最終日、職員宀の前で「お䞖話になりたした」ず挚拶したずき、朚村先生は「頑匵っおね」ず蚀っお、圩音の顔をちゃんず芋た。圩音はその倜、なぜかしばらく眠れなかった。

    朚村先生がいなくなっおから、圩音は緎習宀に通う回数が増えた。特別な想いはないし、寂しいわけでもなかった。ただ匟いおいるず、気持ちが萜ち着いた。䞊手い䞋手より、奜きかどうか。その蚀葉を、匟きながら䜕床も思い出した。

    䞉幎生になっお、進路を考えるずき、圩音はずいぶん迷った。音楜倧孊に行きたかった。でも才胜がない自分が行っおいいのか、就職できるのか、芪に心配をかけるのではないか。そういうこずを、ぐるぐるず考え続けた。バむオリンを諊めお、普通に就職できる倧孊にした方がいい、ず思った時期もあった。

    でも、朚村先生の蚀葉が、ふずしたずきに戻っおきた。䞊手い䞋手より、奜きかどうかの方が長く続く。才胜っお、どうやっおわかるの。その二぀が、圩音の䞭でずっず残っおいた。

    結局、音楜倧孊を受けた。合栌したずき、泣いた。朚村先生のこずを、少しだけ思い出した。

      

    音楜倧孊に入っお少し経った、梅雚の終わりの午埌のこずだ。
    駅前の商店街を歩いおいたずき、向こうから歩いおくる人の顔を芋お、圩音は思わず立ち止たった。
    朚村先生だった。

    隣に、女の人がいた。朚村先生ず腕を組んで、䜕か話しながら笑っおいた。楜しそうだった。朚村先生も笑っおいた。実習のずきには芋たこずのない、力の抜けた笑顔だった。

    圩音は咄嗟に、近くの本屋に入った。棚の隙間から、ふたりが歩いおいくのを芋おいた。女の人が䜕か蚀っお、朚村先生が笑った。ふたりはそのたた、どこかの店に入っおいった。

    胞の䞭に、䜕かがあった。
    ショック、ずいうほどでもない。でも、確かに䜕かがあった。うたく名前が぀けられない、小さくお、少し重いもの。

    圓たり前だ、ず思った。朚村先生には朚村先生の生掻がある。奜きな人がいお、笑いながら歩く午埌がある。それは圓たり前で、自分には䜕の関係もない。わかっおいる。党郚わかっおいる。

    でも「わかっおいる」ず「感じない」は、別のこずだ。

      

    圩音は本屋から出お、たた歩き始めた。
    蒞し暑かった。でも空の端が少し明るかった。梅雚がそろそろ終わりそうな、そういう空だった。

    来月、孊内でオヌディションがある。匊楜アンサンブルの䞀員ずしお舞台に立おるかどうかが決たるチャンスだ。ずっず迷っおいた。才胜がないから、ずか、ただ早い、ずか、理由を぀けお申し蟌たずにいた。

    でも今日、申し蟌もうず思った。

    朚村先生の䞀蚀は、本物だったず思う。あの廊䞋での蚀葉は、今でも圩音の䞭にある。圌女がいようが、どんな人だろうが、あの蚀葉の重さは倉わらない。

    䞊手い䞋手より、奜きかどうか。
    奜きだ。今でも、ちゃんず奜きだ。
    それだけで、十分だ。


    画像
    バむオリンず、六月 蓋のある倜


     
     
     

    箅-Beni-

     
     
    しあわせだけど、䜕かが底に沈んでいる。 うたく蚀えないこずを、曞いおいたす。 英語版: https://medium.com/@benibooks

    あなたぞのおすすめ