私が捨てたきれいごと
フランシス・マクドーマンドへ手紙を出した。
手紙というかファンレターだ。
いや、お礼状兼、わたしはあなたをお手本にしていくよという宣言書だった。
昔はマクドーマンドを見ると苦しかった。
わたしもああなれたかもしれない可能性を見せつけられたからだ。
だから、彼女がオスカー受賞の場で、映画制作スタッフを男女比半々に近づけるようにと真剣に話していたのを見て、がっかりした。
あんなこと言っても辛くなるだけだ。
それは、わたしが目を逸らして言えなくなったきれいごとだったからだ。
そんなことを女が叫んだって、
社会は結局男中心で回る。
何も変わらない。
自分の周りが少し変わるだけだ。
そんなことで自分を消耗したくないと反発していた。
大学で演劇サークルに所属していた。
わたしが参加していなかった公演の準備中に、起きたことだ。
後輩たちが、新しく入った1年生の女の子たちにいいところを見せたくて、深夜に行う照明吊り下げ作業の開始を遅らせたのだ。
当時付き合っていた彼(夫)は照明OBとして手伝いに行っていた。
なかなか開始できなかったらしく、かなりイラついていたのを覚えている。
彼からこの話を聞いて、それはよくないなと思った。
公演に参加していた同期の男たちに、
このことを責めるような口調で話してしまった。
最初は大人しく聞いていた彼らは猛然と反論をしてきた。
曰く、彼らは悪くない、お前は現場を見たのか、そもそも参加してないくせにそんなこと言う資格はあるのか?と、かなり強い口調で詰め寄られた。
わたしは彼らが後輩男子たちを諌めてくれるだろうと期待して話したつもりだった。
しかし彼らにとってそれはうるさい女の口出しで、かわいい後輩を守らなければと思ったのだろう。
彼らの勢いと強い口調に動揺して、わたしは泣いてしまった。
それを見て、やっと言いすぎたという顔をしていた。
その後、わたしは彼らに謝ってもらっていない。
この出来事で、わたしはある種の男性がいる場で意見を言うのが怖くなった。
だが、わたしよりもっと酷い目に合いそうな場所にいる人が毅然と立っている。
彼女も辛い目にあったはずだ。
何度も悔しい思いをしたはずだ。
それなのに彼女はハリウッドに関わる女性のためにきれいごとを叫んでいる。
わたしが昔捨ててしまったきれいごとだった。
わたしがずっと持っていたかった矜持だった。
ああ、こんな人がいるのか。
じゃあ、わたしもそうなりたいな。
そしてあのときの彼らに言ってやりたい。
なんでわたしが怒鳴られなきゃいけないんだ!
クソ野郎!地獄に堕ちろ!
と。
子どもの手を引いて郵便局に向かう。
小さな郵便局には人がたくさんいた。
ATMを使う人、荷物を送る人、切手を買いに来た人、わたしは海外へ手紙を出す人だ。
ハリウッドスターへ手紙を出すなんて少し恥ずかしい気持ちもあったけど、順番がきて重さを測って140円払ってすぐに終わった。
思ったよりあっさりしたものだった。
渡されたレシートだけが、わたしが手紙を書いた実感をくれる。
子どもの手を引いて、いつもと変わらない町を歩く。
ダイソーに寄って、ねんどとおやつを買う。
帰り道、子どもにせがまれて公園による。
何も変わらない、いつもの日常が広がっていた。
でもわたしは、スッキリした気分だった。
フランシス・マクドーマンドへ手紙を出した。
憧れて、見るだけで、
苦しくなるような彼女の背中が見える。
もう見上げなくていい。
あの背中にいつか追いつける。
わたしは今この場所でしっかり立っているから、
あとは歩き続けるだけだ。

