機運の高まり
数日前、職場の方からびわをいただいたこと。
それをNoteに書いたこと。
記事を見つけてくれた方がいたこと。
その方の記事を見たこと。
機運の高まりが、とてつもない爆発力を生む。
房州びわを買いに行くのであった。
目的地の「道の駅とみうら」は房総半島の最南端。
車で片道6時間。帰省するときに匹敵する道のりだ。
機運が高まっていなきゃ絶対に行かない。
Googleマップは山越えのルートを示したが、長らく海を見ていなかった僕はあえて海沿いをなぞるルートに変更した。
海に出るまでが長かったが、途中図らずもBUMP OF CHICKENの聖地である佐倉市印旛沼の近くを通り過ぎて嬉しかった。
海岸沿いの街路樹にはキョウチクトウが咲いており、大学時代に園芸学の教授が言っていたことは本当だったのかと、答え合わせができて嬉しかった。
時間が許せば海辺のどこかに車を止めてゆっくりしたかったが、往復12時間の弾丸旅行に休みなんてない。
事実、到着した道の駅に滞在したのはほんの1時間である。
我ながら馬鹿なことをしていると思うが、馬鹿なことが好きなのだから仕方がない。
道の駅は小学生たちでごった返していた。
びわ狩りにでも行ってきて、ちょうどお土産を買う時間だったのかもしれない。
先にお昼を食べて嵐が過ぎ去るのを待とうと思ったが、今あるびわを全部小学生に買われてしまうのではないかと内心びくびくで飯の味がしなかった。
実際のところ小学生たちはあまり生のびわを買わなかったようで、その心配は杞憂に終わった。
そしてお目にかかった、房州びわ。でかい。
日本有数といわれるブランドを背負う農家のプライドを形にしたような果物だった。
にもかかわらず全然手が届く値段で拍子抜けだ。
野菜のコーナーでも感じたが、安すぎないか。
ものの価値というのは場所によってこんなにも変容するものなのかと、めまいがするようだった。
旅の目的は、びわを買うこと。
しかし6時間のドライブの中で、あるハッピーなことを思いついたのだった。
自分がびわを食べるよりもハッピーなことだ。
実家に送ってあげよう。
僕の目論見通り、配送サービスがあった。
1箱、実家に送った。
そしてもう1箱は懇意にさせていただいている大叔父へ。
2箱買ったら、自分の分はどうでもよくなった。
まだひとつも食べていないのに。
この旅でいろんないい景色を見られたし、びわは買えたし、送ったし、それでいいと思った。
そもそもこの6時間僕を突き動かしていたのは執着ではない。機運だ。
僕はびわを好きではあったが、そこに執着はなかったのだ。
房総半島まで行って、自分はびわを食べずに帰っていく。
我ながら馬鹿なことをしていると思うが、馬鹿なことが好きなのだから仕方がない。
どこからともなく店員の声が聞こえる。
「今日で今シーズン最後の入荷になります」
棚に残る3パックのびわ。
機運はとてつもない爆発力を生む。
このまま帰ればとても後味のよい旅になっていただろうに。
最後のとるにたらない店員の呼び込みが、僕の旅を最高に陳腐なものへと変えたのだ。