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留守番させたらハゲてしまったねこの話

    とらは14才のねこ。人間で言えば72才くらいのご隠居ねこだ。
    今でこそ、ちょっとやそっとでは動じない貫禄っぷりだが、留守番のせいでハゲてしまった過去がある。

    話は14年前にさかのぼる。

    当時、高校生だった次男が拾ってきた。彼の手のひらに乗っていたのは、ネズミくらいの大きさの(ねこをネズミに例えるのってどうなんだろ)まだ目も開いていない小さな子ねこ。

    濡れネズミのように(やっぱりネズミ…)震える姿があまりにも心もとなくて、私たちはすぐさま動物病院へと駆け込んだ。

    「生まれて間もないのによく助かったね。親とはぐれた子猫が、カラスに狙われることはよくあるんだよ」

    運がいいね。と、先生はやさしく笑ってミルクのあげ方を教えてくれた。

    スポイトで吸い上げたミルクを、こわれ物に触れるような手つきで、子ねこの唇に一滴、二滴と垂らす。飲み方を知らない子ねこの口元が、ダダ漏れしたミルクで白く染まっていく。

    その時に初めて知ったのが、

    ねこに牛乳をあげてはいけない!

    という衝撃の事実。

    猫は牛乳に含まれる乳糖という成分をうまく消化できなくて、嘔吐や下痢をしてしまうことがあるらしい。さらには牛乳アレルギーの子もいるというのだ。

    えっ!昭和の小学生って、みんな野良猫に牛乳あげてたよね!?

    そもそもあの時代に猫用ミルクなんてシロモノ、あったんだろうか。
    あったとしてもうちの田舎でその存在を知っている人がいたとは思えない。

    よかれと思ってあげてしまってた、あの頃の猫ちゃんズ。お腹こわしてたらごめんなさい!

    病院帰りに子猫用ミルクを探し回って買った。先生にヤギミルクでも代用できると教えてもらったけど、ヤギミルクって…ハイジ?
    だれ用?
    そんな需要あるんかな。

    家族に猫アレルギーがいるわが家は無理。
    だれか飼ってくれる人を探して、と説得したけれど。
    そもそも手放す気など微塵もなかった次男は、人肌に温めたミルク(1回5cc)を、夜中2時間おきにそつなくこなした。

    2時間おきが4時間になり、6時間おきになる頃には、すっかり母と化していた。

    ミルクを飲ませた後にゲップもさせるし、ベビーオイルで湿らせたこよりでお尻を刺激してうんちもさせる。次男が意外なポテンシャルを秘めていたことに驚く日々が続く。

    彼が授業中に眠りこけていたであろう姿は、考えないことにした。

    目も開かず、みぃみぃ鳴き続ける小さな毛玉。
    明日の朝までもつだろうかと本気で心配したのが嘘のように、子ねこはすくすく育っていった。

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    1ヶ月後のとら

    そして、1年を過ぎた頃には、わが家はすっかりとら中心に回っていた。

    あのとき命拾いしたねこは、反抗期の次男の尖った時期にいつも側にいて、共に過ごし共に鳴き共に寝て彼を救ってくれたことを私は知っている。

    それから3年が過ぎ、とらの「はじめてのおつかい」ならぬ、
    「はじめてのおるすばん」の日がやってきた。

    いとこの結婚式で、2泊3日の家族旅行。さすがに車で連れて行くわけにはいかない。

    もし逃げられたら、あっという間に元の野良猫に逆戻りだ。悩んだ末、お世話になっている動物病院に預けることにした。

    いつものフード(カリカリ)とお気に入りのふわふわ毛布(通称・ふみふみ)をキャリーに詰め込んでいざ出陣。

    3日目。私たちは帰路のサービスエリアもすっとばし病院へと向かった。
    「ケージから出てこないのでご家族のどなたかお願いします」

    はい、親代わりの次男の出番。

    奧から現れたとらは次男と一体化していた。
    彼の肩にツメを立ててしがみつき、断末魔の叫びをあげて鳴き続ける。ツメが食い込んで破れたTシャツが、とらの激おこを物語っていた。

    よほど怖かったのだろう、3日間ご飯もほとんど食べなかったという。
    つらい思いをさせてごめん。離れていた分、みんなでこれでもかと遊んであげた。

    そして2、3日経った頃、とらに異変が…。

    額の真ん中、眉間のちょっと上あたりに、ぽつんと毛の抜けた跡が出現。
    毛の間に、数ミリほど地肌が見えているではないか。

    数日様子をみていたら、あっという間に直径6ミリほどに広がってしまった。


    「…これってハゲじゃね?」


    次男の声に固まる。
    病気だったらどうしよう!と、あわてて病院に走った。
    「きっと、ストレスで毛が抜けちゃったんですね」と先生。

    ——ストレス!?

    大きな病気じゃなくてよかった。
    でも、ストレス?
    まさかあの数日で?
    猫も環境の変化で「心因性脱毛症」になることがあるらしい。心当たりがありまくりだ。

    まさか、留守番がそんなに嫌だったとは。

    もし何かあったときに“病院なら安心”と思って預けたけど、それで病気になってしまったら本末転倒ではないか。
    私は自分の浅はかさを猛省した。

    それからは、やむなく家を空けるときは動物病院ではなく、馴れている自宅で万全の対策のうえ留守番させることにしている。

    ハゲ事件の後、文字通り「猫かわいがり」されたとらの額には、日にち薬で徐々に毛が生えてきた。少しずつ地肌が目立たなくなり、やがてハゲは消えてもとどおりフッサーとなった。

    とらの心の傷も癒えていますように…と願うばかりだ。

    あのとき「運がいいね」と先生は言ったけど、運が良かったのはこちらの方だよ。


     
     
     
    ねこのこと、本、旅行、美術館。日々の暮らしの中で心が動いたことを少しずつ。どこかで共感して頂けたらうれしいです。どうぞよろしくお願いします。