
【ショートショート】あくまでもウチウチの話です(1269文字)
君には、今のウチに話しておきたい。胸の内を打ち明けておきたいんだ。
これは、羞恥心を忘れて手の内をさらすような、僕の内幕。仲間内にも言っていない、ウチウチの話だ。
周知の通り、ウチの父は、農地を観光地にしたり、国有地に企業を誘致したり、窮地の商業地にコーチを招致したりした、当地では名の知れた経営者。「鉄は熱いうちに打て」が信条の、とにかくせっかちな人だった。祖父母が舌打ちながらに教えてくれたところよると、内孫である僕が誕生した時点で、すでに七五三の内祝いまで済んでいたらしい。
これに対して、母は非の打ち所がない良妻賢母。父の性格など百も承知で、身内との内輪揉めを波打ち際…いや、瀬戸際で防いでいた。その冷静さは、もはや、悟りの境地だ。
こんな両親に挟み撃ちされていたのだから、僕が心に内蓋までしたような、内気な子どもに育ったのも無理はないと思う。
もちろん、内弁慶な一面もあったけれども、両親のように、舌の根の乾かぬうちに言い返す、なんて芸当は無理だった。特に父に対しては、話しかけることすら躊躇していた。
そんな僕らの暮らす家は、内回りの山手線や、丸ノ内線の徒歩圏内という立地にも裏打ちされ、居住地としては一等地の分譲地にあった。
内扉と内窓は、防犯装置と内鍵付き。内張り断熱のリビングには、鋲打ちのカウチソファ。さらに、内堀に囲まれた内湯の内風呂は、セイウチが泳げるようなサイズ。
数十億円(内税)の値打ちの家だ。
松の内には、瀬戸内出身の真打ちの噺家や、内モンゴル出身で“内掛け”や“内無双”が得意な幕内力士を招いて、一緒に幕の内弁当を食べるのが恒例行事。いずれも父とは、内弟子だったころからの旧知の仲だったようだ。
つまり我が家は、父が不意打ちの返り討ちにでも合わなければ、何不自由なく、左団扇で暮らせるような恵まれたウチだったんだ。
ただひとつ気がかりだったのは、父の血糖値。
検診の通知が来ても放置しがちで、その数値は、しばしば異常値を叩き出していたようだった。
そんなある日の早朝、父の部屋の内開きドアが少し開いていた。
そっと内側を覗くと、父の頭頂部。
床に両手を着いて、しゃがみ込んでいるではないか。
「大丈夫?!」
父に話しかけたのは、本当に久しぶりだった。
父の顔は、心なしか赤みを帯びている。
僕の中で、嫌な予感だけが先走る。
「う…受け取ってくれるか…? 俺からのバトン…」
抜き打ちで耳打ちされる。
「え? 何で今、そんな…。とう…」
僕がそこまで言った瞬間、父が遮る。
「やっと“父ちゃん”って呼んでくれたな…」
やはり父は、せっかちな人だ。太刀打ちできない。
だって僕は、「何で今、倒置法?」って言おうとしただけなんだ…。
でも、そんな僕も、気付かぬウチに受け継いでしまっているらしい。
せっかちで早合点というバトンを。
結局、父が床に両手をついていたのは、運動会の練習をしていただけだったんだ。
スタート、それもクラウチングの。
(了)
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