
小説「さかずきのつき」終章
今年の桜は開花が6日も早くて、会場は満開を過ぎていた。
【第40回羽原城照義まつり】の看板が城址公園の高井門に掲げられている。映画のセットをそのまま譲り受けて、ちょっとした撮影スポットにもなっていた。
「いやいや、ちょっとしたなんてもんじゃないです。見てください、ほら」
林さんが汗を拭きながら言った。
女性ばかり、ざっと40人ほど列を作っていた。そしてみんなのカバンには【ナリムネくん】と【テルヨシくん】のマスコットが揺れていた。
「去年のがもっと並んでましたよね」
僕が意地悪く言う。
「う…そこなんです…対策考えます」
林さんは【テルヨシくん】のプリントがついた黒いTシャツの袖で額の汗を抑えて笑った。
門の向かいにある酒蔵では樹元さんが同じTシャツをパンパンに膨らませて汗をかいている。蔵のスタッフさんも店頭でお酒や酒粕を売っている。
「おー!広瀬くん!来てくれたかー」
「樹元さんお疲れ様です。どうですか?売れ行きは?」
「みんな試飲はしてくけどねー、まだちょっと厳しいかな。でもホラこれ」
と言ってボトルを掲げる。
「あ!それ!できたんですね!」
林さんの持っていた武者のイラストがラベルになっていた。【月光金盃】と名前がついていた。
「そうこれ、今年から売り出すよー。これはお客さんが結構見ていくね。飲んでいく?」
「すみません、車なんで…あはは」
「そうそう、岸さんのとこの味噌もね、ホラ」
なんと同じイラストを使った味噌もあった。
「岸さんとこでも酒売ってんだ。コラボだな、うん」
みんな汗をかきながら、盛り上げている。後で買いにくると伝えて樹元さんと別れた。
会場の方から音楽が聞こえた。イベントのようだった。
城址公園に入ると広場があって、その奥にステージが組まれている。僕は目を疑った。
『某は!羽原高井守照義である!』
刀を抜いて、名乗っている若者が立っていた。
「まさか…」
歌舞伎とも映画とも違うけど、イラストと同じ甲冑をつけて芝居がかった口上を披露している。観客の中には望遠レンズをつけたカメラで撮っている女性もいた。
「見てて…」
後ろから声がした。
振り向いて驚いた。
「松木さん!」
「シー!いいところだから」
ステージにはもう一人の若武者が登場した。
「やあやあ、遠からん者は音にも聞け、我こそは加瀬成吉が嫡男、成宗である!」
観客から拍手が起こった。シャッターが切られる音も聞こえた。
「照義殿、某の頼みを聞いてはくださらぬか」
「何じゃ、加瀬の若君、隣国のよしみで水くさいではないか。何なりと言うてみよ」
「はっ、某の領地は大川の懐にござる。さすれば大川が暴れますると領民が難儀いたします」
「ほお、それは甚だ大変な事と存ずる。いかにいたす所存じゃ」
「は、照義殿の領内の大川の流れを、少し変えてはくださらぬか、領民の人足もお約束いたす所存。何卒!」
これ…何だ、照義と成宗が対話してる…。
「面白いでしょ?こういうの」
松木さんが小声で笑った。
ステージの照義が前に出る。
「羽原の領民よ!この照義の声に耳を傾けよ!ここに座す加瀬成宗殿は、大川から領民を助くためこの城内に参った!羽原の領民に計る!何とするか!もしこれを是とするなら手を叩き賛同の意を示せ!さあ!羽原の領民よ!是非を問う!」
パラパラと拍手が湧き起こる。照義役のアドリブで、拍手をあおっている。次第に大きな喝采となった。
「皆のもの!ようわかった!成宗殿、羽原の民は加瀬の領民を味方すると言うておる!案ずるな、成宗殿!」
「ははっ!照義殿!感謝いたしまする!」
「時に成宗殿、今宵は満月である。和合の契りに盃を交わそうではないか!」
「良いのですか!照義殿!」
「なに、羽原と加瀬は一心同体、後の世にも語られようぞ!」
照義が見栄を切る。シャッターの音が大きくなった。同時に拍手も湧いた。
「…なんだこれ、すごいな」
「気に入った?実は森田さんの脚本なの。で、あの衣装も高井織。あれだけで予算オーバー。何年か使わないと元取れないかも」
「そ、そうなんですね…」
僕はステージを眺めていた。
ステージには若い男の子が二人、甲冑を着て立っている。
春の日差しにキラキラと輝く二人は一生懸命に役を演じている。
歌舞伎でもない、映画でもない…史実かどうかもわからない…照義と成宗の姿があった。
松木さんも笑っていた。
僕も嬉しい気持ちになっていた。
風が、桜を運ぶ。
松木さんが言った。
「猫宮さんのところ、大変な騒ぎよ。あの歌が書いてある掛け軸、見にくる人が今でも殺到してるって…パンダの方がマシだったかも、なんてね」
松木さんはそう言っていなくなってしまった。
僕は、春の風に吹かれていた。
のちのよの ひとはいかにか かたるらむ
わがみはしらず さかずきのつき
了