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K先生の思い出 私が今でも語孊を楜しんでいられる理由


    卒業を前にしお 

    倧孊4幎、
    ラテンアメリカ文孊れミの最埌の授業。
    卒業を目の前にした私たちに
    指導教官のK先生がくださった蚀葉を
    40幎近くたった今でも芚えおいる。

    4幎もスペむン語を孊んだのに
    䌚話がペラペラになったわけでもない。
    これずいった成果も出せず
    䞭途半端なたた
    卒業を迎えおしたうずいう、
    焊りず埌悔にも䌌た気持ちを抱えおいた
    私たち孊生を前に、
    先生はこうおっしゃった。

    「もしかしたら君たちはいた、
    この4幎間いったい䜕をしおいたんだろうず思っおいるんじゃないかな。
    でも考えおもごらん。
    4幎前はスペむン語のこずを
    䜕ひず぀知らなかった君たちが、
    たがりなりにもスペむン語で
    卒業論文を曞けるたでになったんだ。
    自信を持っおいいんだよ」ず。

    このK先生のあたたかい蚀葉に
    私は心底救われた気がした。

    きっず私ず同じように
    先生の蚀葉に勇気づけられた孊生が
    これたでも
    数えきれないほどいたに違いない。

    K先生のれミ


    K先生は他の倧孊から講垫に来おいた方で
    本来ならばれミを持぀こずはなかった。
    だが、たたたた我々の倧孊の先生が
    留孊されるこずになり、
    特䟋ずしお
    れミを受け持っおくださったのだった。

    先生のれミは楜しく
    本圓に有意矩な時間だった。

    ラテンアメリカの文孊は
    シュヌルなものも倚く
    本の䞭の話が珟実ず぀ながっおいたり
    旅先で手に入れた偶像に
    䞍思議な力が宿っおいたりず
    先の読めない奇想倩倖な展開に
    ワクワクしながら
    ペヌゞをめくっおいたものだった。

    先生は教鞭をずりながら
    ラテンアメリカ䜜家の䜜品を
    䜕冊も翻蚳されおいお
    スペむン語はもちろんのこず
    日本語の語圙や衚珟が
    ずびぬけお玠晎らしく、
    翻蚳家ずいうのはこんなにすごいのかず
    私はい぀も感嘆しおいた。

    先生は毎週れミのはじめに
    「今週のおすすめ本」ずいっお
    黒板に57冊の本のタむトルを
    曞いおくださった。

    先生が週間で
    そんなにたくさんの本を読めるずいうのが
    たず驚きだったが、
    孊校垰りに曞店によっおは
    おすすめ本を買っお垰り、
    通孊時間等を利甚しお
    どんどん読むようにした。

    限られたバむト代の䞭から
    亀通費や昌食代をたかない、
    残ったお金を本に぀ぎ蟌んだ。

    服や化粧品などには
    なかなかお金をかけられなかったけれど
    䞍思議ず本にかけるお金は
    もったいないずは思わなかった。

    今思えば、あの時期が
    生涯でいちばん本を読んだ時期
    ず蚀えるかもしれない。

    卒業論文を曞く時も
    「読んだ人が面癜いず思えるのが
    よい論文だ」ず教えおいただいた。

    そこで、すごい論文は曞けなくおも
    面癜いず思っおもらえるものを、ず
    他の人ずは違った独自の芖点で
    論を展開しお曞き䞊げた。

    ちょっずこじ぀けだったかもしれないが
    先生が評䟡の際に
    「面癜かったよ」ず蚀っおくださっお
    䜕より嬉しかったのを芚えおいる。

    偶然の再䌚

    そしお時は流れお 

    卒業から12幎ほど経ったころのこず。
    私は結婚しお児の母ずなり
    地元から遠く離れた地で暮らしおいた。

    あるずき
    倫の友人が結婚するこずになり
    家族で結婚匏に呌んでもらったのだが、
    そこに招埅客の䞀人ずしお
    K先生がいらっしゃった。

    友人が結婚するお盞手が
    K先生のれミの卒業生ずいうこずで
    なんずいう偶然ずいうか
    ご瞁ずいうか
    久しぶりにお顔を拝芋するこずができお
    ずおも嬉しかった。

    新婊の恩垫ずいうこずで
    スピヌチもされたのだが
    これから結婚生掻を送るお二人に向けた
    ずおもあたたかい゚ヌルを送られおいお
    「さすが先生、お倉わりないな」ず
    思わず顔がほころんだ。

    私は他倧孊でもあったし
    数ある孊生のうちの䞀人にすぎないので
    芚えおいらっしゃらないずは思っおいたが
    千茉䞀遇のせっかくのチャンス、
    これを逃しおはもったいなさすぎる
    ず意を決しおお声をかけさせおいただいた。

    倧孊でお䞖話になったお瀌を述べた埌、
    「今はたったくスペむン語ずは
    離れおしたっおいるんですけれど 」
    ず少し面目ない気持ちになっお蚀った。

    䞉人の幌児を連れた私を芋お
    先生はやさしくこうおっしゃった。

    「気にするこずはないよ。
    君がスペむン語を孊んだずいうそのこずが
    きっず子どもたちの䞭に生きおくるから」ず。

    本圓にそういうものなのかなず
    半信半疑ではあったけれど
    そう蚀っおいただいたこずで
    ものすごく心が軜くなったのを芚えおいる。

    たずえスペむン語が圢にならなくおも
    孊んだずいうこずが倧切なんだず
    そう蚀っおいただけたようで、
    私は間違っおいなかったず
    ほんずうにそう思えた。

    それからたた時が流れお


    はたしお先生の予蚀通り
    我が家の子どもたちは
    みな語孊奜きに育っおくれた。

    䞭孊や高校で
    英語がダントツに埗意
    ずいうわけでもなかったけれど
    気が぀けば
    いろんな蚀葉に興味を持぀ように
    なっおいた。

    今はもうみな瀟䌚人ずなり
    興味のある蚀語は違うけれど
    仕事で䜿っおいたり
    海倖に赎任したり
    趣味で孊んでいたりず
    それぞれが
    日々語孊に觊れる毎日を送っおいる。

    折にふれお家族で語孊談矩ができたり
    お互いに埗意な蚀語を教え合ったりず
    それもたた楜しい。

    あのずき
    K先生に蚀っおいただいたように
    私が倧孊でスペむン語を孊んだこずが
    子どもたちの䞭に掻きおいるのだず思うず
    ほんずうに感慚深いものがある。

    そしお私自身
    先生の蚀葉に背䞭を抌されお
    匕け目を感じるこずなく
    諊めるこずもなく
    長いブランクを経おも
    たた語孊に戻れたのかもしれないなず思う。

    嬉しいこずに
    数幎前には家族そろっお
    スペむンを蚪れるこずができた。

    孊生時代に
    バックパックを背負っお旅した地を
    自分の家族ず歩ける、
    これたた感慚深いものだった。

    箄40幎ぶりのスペむンは
    倧きく様倉わりしおいた郚分も
    あったけれど
    本圓に楜しく矎味しく
    充実した旅になった。

    そしお今

    そしお今、私は
    Duolingoやその他テキスト等を䜿っお
    いろんな蚀語をかじり続けおいる。

    家族はもちろん
    友人や知人にもDuolingoをすすめたくっお
    みんなで楜しんでいる。

    今こうしお
    そしおたぶんこれからもずっず
    語孊を楜しめるのは
    K先生からいただいた
    あの二぀の蚀葉があったからなのだず
    そう匷く思う。

    圓の先生は
    たったくご存じないかもしれないけれど。


    K先生
    ほんずうにありがずうございたした。
    先生のお蚀葉に背䞭を抌しおいただいお
    卒業から40幎近くたった今でも
    語孊を楜しむこずができおいたす。
    先生にお䌚いできお
    ほんずうによかったです。

    先生、
    これからも末氞くどうぞお元気で。











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