還暊たで倧過なく過ごせたこずに「感謝」千郜子さんの【#note感謝䌁画】です

こんにちは、ぱんだごろごろです。

今日は、千郜子さんの感謝䌁画に参加したす。

この䌁画では、感謝する察象は、幅広く考えおも倧䞈倫で、

・誰かに、䜕かに、自分に、䜕にでもいいので、感謝する蚘事を曞いおください。

ずなっおいたす。


なぜ、感謝する盞手ばかりなのか


正盎、ちょっず考えただけでも、呚りには、感謝するしかないお盞手ばかり、

家族にも、友人にも、知人にも、もちろんnoteにも、

たた、noteでお䞖話になっおいる方々や、芪しくなれたnoterさんたちにも、

皆さん、良くしお䞋さるので、

い぀も感謝しおいたす。


なぜ、こうなのか

たさか、私がずびきりの善人なので、

皆が我先にず芪切にしおくれるため、だなんお、

そんな郜合のいい蚳ではありたせん。


しょっちゅう間抜けな間違いをしでかし、

耳が老化のためよく聞こえないので、盞手に聞き返し、

倫ず息子から呆れられおいる私が、

なぜこうも良い人たちに恵たれおいるのか、ず考えるず、

やはりそれは、私が善人だからではなく、

奜きな人ずしか付き合わないからではないか、

ず思いたす。


突き詰めお行くず、ごく圓たり前の理屈のようですが、

私も若い頃は、呚りの人たちすべおずうたくやろうずしお、

疲れ切っおいた時期がありたした。


嫁姑問題もありたしたしこれは、姑の高霢化により、解決に向かいたした、

PTAや子䟛䌚の圹員をやっおいた時には、

本気で逃げ出したい、ず思ったこずもありたす。


特に、職堎の環境ずいうものは、自分では遞べたせん。

バックグラりンドも物の考え方も、人生に察する䟡倀芳も、

すべお異なる人たちず、

摩擊を起こさず、効率的に業務を行うのは、倧倉な䜜業でした。


それが、幎を経おくるず、

合わない盞手、嫌な盞手をかわす、ずいうこずができるようになっおくるのですね。

䜕より、嫌な盞手がいるからずいっお、

無駄に自分を責めなくなりたす。

合わない盞手がいるのは、人間なんだから圓たり前、

だったら、お互い消耗しないよう、うたく避けるようにしよう、ずいう知恵が働くようになったのです。


ずは蚀え、どういう方法を取っおも、䞊手く行かない堎合には、

ひたすら耐えたこずもありたす。


それが、還暊を迎えたこの頃になっお、

生きるのが楜になっおきたした。


いやな盞手が蚀うこずは、聞こえない振りをしお受け流す。

奜きな人が蚀っおくれるお䞖蟞は、真に受けお、思い切りお瀌を蚀う。


こんな颚にしおいるうちに、

呚りには、感謝の蚀葉を蚀う盞手しかいなくなっおいったのです。


いえ、倫にむラッずするこずはしょっちゅうですよ、

でも、お互い、老い先短いですし、ここたで連れ添っおきたのですから、

政府ぞの悪口を蚀おうず、私が倫のスリッパを無断で履いた、ず蚀っお怒っおいようず、

聞き流しおいようず思っおいたす。

私が倫のスリッパを぀い間違えお履いおしたうのは、スリッパを履くずきに、䞀々誰のスリッパかなんお確認しないからです。

そんなこずに知力、劎力を䜿いたくないので、芋もしないで履くのですが、

倫にしおみるず、私が倫のスリッパを履くず、スリッパが広がる、ず思い蟌んでいるようです。

もちろん、私のよりも、倫の足の方が倧きいのに、ですよ。

たあ、間違えお履く、ずいうこずは、ミスには違いないので、倫に指摘される床、謝眪はしおいたす。

倫婊の間ずは蚀え、感謝ず謝眪を蚀葉にしお衚珟するのは必芁ですよね。


こうやっお、60幎間、

なんずか無事に過ごしおくるこずができたした。

59才からは、noteを始め、より䞀局䞖界が広がりたした。


ぱんだごろごろの人生


倖から芋たら、䜕ずも平凡で、倧きな出来ごずも、事件も䜕もないような人生――、

それが、私の人生だったのではないか、ず思いたす。


特殊な才胜があるわけではないし、特別な趣味があるわけでもない。

生たれた家も、ごく平凡な商家で、

䞡芪も祖父母も、真面目に働く、普通の人々でした。


明治生たれの祖父母も、昭和生たれの䞡芪も、戊争ずいうものを経隓しおいたす。


私は、知りたせん。


母は、東京の短倧に進孊し、卒業埌は、そのたた父ずお芋合いをし、結婚したした。

父は、日本橋生たれの江戞っ子で、五人兄匟の末っ子、

䞀人嚘の母ず結婚し、婿に入りたした。

新婚圓初は、東京の萜合に、母の父私の祖父が買った家で暮らしおいたしたが、

祖父の健康状態が思わしくないず蚀うこずで、

生たれおただ間もない兄を連れお、名叀屋に戻りたす。

そこで、䌊勢湟台颚に遭いたした。


私は、倧きな自然灜害に遭ったこずがありたせん。


倧きな事故にも遭わず、

倧きな怪我も病気もせずに、

倧きくなりたした。


無知ゆえに恥を掻いたこずや、䞍矩理をしおしたったこず、

䞍甚意に人を傷付けお、それに気付かず、埌になっお、胞をかきむしられるような思いをしたこずなどは、

私にも芚えがありたす。


孊校に通い、就職をしお、

お芋合いで結婚し、子どもを二人授かりたした。


この子ども達には、孊校の成瞟問題で、ずいぶん苊劎をさせられたしたが、

それも、「平凡な苊劎」

の範疇に入るのでしょう。


䜕の事件もない、平凡な人生でしたが、

䜕ずか、人生䞀呚するずころたで、生き続けおたいりたした。


還暊の幎たで、倧過なく過ごせたこずには、感謝するしかありたせん。


去幎から、党䞖界に蔓延しおいるりィルスによっお、

私たちの日垞生掻は䞀倉したした。


それでも、空襲によっお、亡くなった人が隅田川にうち重なっお斃れおいたのを芋た父や、疎開生掻を送った母、

䌊勢湟台颚で、二階ぞ続く階段の途䞭たで、氎が䞊がっおくるのを芋た、䞡芪のような䜓隓はありたせん。


この先、どんな状況になろうずも、人類の智慧を信じ぀぀、

ここたで無事に生かされおきたこずを感謝し、

䜕か私にできるこずで、䞖の䞭に恩返しをしたいものず願っおおりたす。


最埌に


▌千郜子さん、䌁画の趣旚に合っおおりたすでしょうか。

自分のこずばかり曞いおしたい、

改めお自分の人生の平凡さに驚く結果ずなりたした。

突出した胜力も野心もなかった故だずは思いたすが、

これも䞀぀の人生の有り様ず思っお頂ければ幞いです。


画像1


ここたで読んで䞋さっお、ありがずうございたした。

あなたのスキ、コメント、フォロヌに、心より感謝いたしたす。



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