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車の免許 ー つながるってこういうことだ

    姪っ子が車の免許を取った。春休みのことだ。

    友達の中には技能は受かったが、学科試験は一度落ちた子がいたらしい。
    それも少なくない数…

    私が受けた時、それはもう昔のことだが、学科試験で落ちるということはそこまでなかったように思う。

    一応、Geminiに聞いてみたが、合格率は時代が変わってもそこまでの変容はないとのこと。

    しかし、私はやっぱり考えてみた。考えたかった。
    そして、やっぱり時代の流れだ、という答えに至った。

    やはり、車の中での過ごし方だ。
    今は、テレビもついているし、スマホは子供まで自分のをもっている時代。
    そう考えると、車の中でも画面や、スマホを見つめるだけで、窓の外を眺めることも少ないのではないか。

    私が子どもの頃は、まず、田舎とはいえ、公共の乗り物に乗り、周りをきょろきょろ。道行く人を見たり、何となくサインを目にしたり。

    どんな意味なのかを深く考えないにしても、既に見たことがあるもの、という認識で、学科を勉強し、これだったのか、と腑に落ちる。

    つながるのだ。

    そして、やはりポイントとなるべきは、何となくの情報量だ。
    昨今では、確かに交通に関する新しい決まり等も増えてきて、確かにつまづいてしまう要素はあるかもしれない。

    ただ、昔はテレビや新聞が身近にあった。
    つまり、世の中のできごとに何となく触れているので、新しく何かが変わっても、見たことがあったり、家族でご飯を食べるときの話のネタになったこともあったかもしれない。

    今は、動画や推し、ゲームという自分好みの情報に囲まれる毎日。

    自分から情報に近づく努力をしない限り、突然の出会いになるのだ。
    学科の授業で。試験で。

    しかも、授業はオンラインもOK。
    よいです。確かによいです。便利だと思います。

    でも、やはり、情報だけでなく、誰かに補足してもらったり、かみ砕いてもらったりしなければ、自分の身近にあることとして、「腑に落ちる」という感覚までにはいかないのではないか。

    日常の積み重ねを改めて大切にしようと心に誓った。
    私の思考は今日も忙しかった。

     
     
     
    年を重ねるほど、「自分らしく生きたい」という思いが強くなりました。若い頃思い描いていた自分ではありませんが、さまざまな経験や出来事と向き合って作られた今の自分が嫌いじゃないです。これからの新しい自分のためにも、何かしら楽しめたらという思いで書いていきます。

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