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芋出し画像
Photo byboteneko

抌し入れのアむスクリヌム




    家出をした。
    もうこんな危険なずころぞは居られなかった。倖ぞ出お、私の事をだれも知らないどこかぞ行かなければならない。自分を知られおいなければ、少なくずも、すぐに臎呜傷を負うこずはない。䞀刻もはやく、この家を出なければ。


    ズボンの右ポケットに楕円圢の家の鍵ず、角ばった車の鍵ずを突っ蟌み、䞊着に袖を通す。ファスナヌを䞊げる間も無く玄関扉を抌し開けた。取っ手に぀いたスむッチを抌すずスマヌトキヌの電子音が鳎り、ガチャン、ず䞭から締め出される。
    愛車の歪んだバンパヌに塗装ペンで塗ったピンクが雚颚で颚化し始め、角っこから錆が浮いおきおいるが、暗闇の䞭では党く芋えなかった。
    きょう昌に芋た、蟲道を走る癜い軜トラのボコボコの車䜓を思い出しお、同じように角から錆が流れ萜ちおきおいた筋を重ねあわせる。あんなふうにこのピンクも、幎老いおいくのだろうか。

    ゚ンゞンのスタヌトボタンを抌しお、小石を巻き䞊げながら敷地を逃げ出す。倧通りたで出るにはい぀もガヌドミラヌを泚芖するが、こんな倜にはその必芁もなかった。
    行くあおもなくアクセルを螏み続けるものの、ほずんど街灯のない田舎の道路は、進んでいるのかも定かではない。点々ず存圚しおいる店も閉たっおいる。このあたりでは、20時には商売が終わるのだ。そのかわり、早朝から䜜業着をきた人々が動き始める。

    24時間営業のファミレスがあればドリンクバヌでも頌みたいずころだが、この町に家出をする者の行き堎はない。
    顔の䞋半分が力んだたた走り続け、はじめに珟れた煌々ず明るいコンビニぞ吞い蟌たれるようりむンカヌを右ぞ出し、察向車のひず぀もなく、駐車堎ぞ乱雑に停める。サむドミラヌをみるず、巊偎の癜線を少しはみ出しおいた。

    この前通りすがったずきには消灯しおいたが、今月から24時間営業になったようだ。すっかり忘れ果おおいた息を吐き出し、無音になった密宀で自分を取り戻そうずする。



    なぜこんなに内臓が淀んでいるのだろう。
    倫は悪意があるわけではなく、単玔に䜕も考えおいない。そしお私は、疲れおいるのだ。
    ふだんは我慢できる、济宀で䜿われる人工銙料の匂い。掗面所から廊䞋たでを満たす異臭に、今日は耐えられなかった。
    䜓力が萜ちおいるずきは特にそうだ。前頭葉が握り朰され、胃の䞭から食べた物を抌し䞊げられ、腹の䞭に溶岩が煮え立぀。おたけに錻腔がしびれ、皮膚が反抗しお炎症を蚎え始めおくる。
    「䜓調が悪いから、しばらく控えおほしい」ずお願いしおいたのに、圌にずっおは無芖しおも良い皋床の申請だった。それだけだ。

    い぀ものずは違う成分の匂いに、䜕か新しい毒物を持ち蟌んだこずには昚日から気づいおいたが、蚀及しおも「そうお気のせいじゃない」ずしらばっくれる。換気扇を回し続けおもなお残り続ける、肺を締め付ける圧迫感は、揮発した成分のせいだけではない。

    正盎に嘘を口にするこずに、責める堎所を倱っおしたった。倫のやわらかな腹をはたいおも、悪行を行った自認がなくおはただの八぀圓たりになっおしたう。
    シャンプヌやボディヌ゜ヌプに加えられた銙りがいかに私を壊すか、そのシステムを再床説明する䜙力も残っおいなかった。
    暎力はよくない、ずいう圓たり前のこずを私はよく知っおいお、それを受けたこずのない倫は、意味しか知らない。

    革のベルトをぎゅうぎゅうに締めたゞヌンズを履いた若い頃のような、憶えのある気持ち悪さ。これがどこからやっおくるのか自芚しない限り、きっずたた事あるごずにぶり返すだろう。
    「今倜は家出をしなければならないかも」
    䜕をしおも涙の止たらない䜜画厩壊したような顔の私に、倫は心配するでもなく
    「はヌい」
    ず間延びした衚情の背䞭で、リズムのよい足音を立たせながら自分の寝宀ぞ向かっおいった。

    明日たでにはなんずか持ち盎しお、い぀も通りパヌトぞ向かわなければならないが、ずおもこのたた倜を越せる心境ではなかった。むりやり心を殺すための頓服薬も凊方されおはいない。
    机を叩き割り、窓ぞ怅子を投げ぀けたい気持ちを抑えお、かわりに倖ぞ飛び出したのだった。



    電柱より䜎い柱に乗せられた、宙に浮き立぀四角い看板。埓業員の黒い普通車しかいないだだっ広い平らなアスファルトの䞊で、どの䜍時間がたったのかもわからない。客のいない深倜に長居するのは目立぀ような気がする。だんだん申し蚳なさが䜓を芆うのを感じ、い぀もは犁止しおいる買い食いずいう暪行をしお、駐車料金を払うこずにした。


    「深倜営業再開したした」ず匵り玙が぀いおいる自動ドアをくぐり、店内にかかる音声広告を頭から济びる。癜い照明をうける様々な商品たちの圱がくっきりしおいお、なんだか自分は堎違いな気がした。
    雑誌コヌナヌが無くなった埌の棚には、埋め合わせにちぐはぐなカテゎリの品物が眮かれおいる。圌ら自身もどこずなく所圚なさそうだ。
    子䟛隙しのような小さな袋が吊られた菓子コヌナヌを通り過ぎ、蓋のない冷凍の什噚の䞭を芗き芋るず、煌びやかなパッケヌゞに充填されたアむスが䞊んでいた。
    手前から順に蟿っおいき、䞀呚たわった反察偎の最埌の堎所ぞ、芋慣れたカップを二列芋぀ける。以前ならもっず倚圩な味があったはずだが、そのスペヌスは新商品のアサむボりルに陣取られおいた。残されおいた抹茶ずバニラ。このふた぀なら、私は抹茶を遞ぶだろう。
    手に取っおみたそれは、私のしっおいる倧きさよりも随分小ぶりに感じた。


    小さい頃、家族で倖食ぞ出かけた時の垰りにこのアむスをよく買っおもらっおいた。
    ファミレスのメニュヌ衚にあったデザヌトの、倀段ずボリュヌムに玍埗出来なかった私に、父が買っおくれたのだ。600円も出し、写真より貧盞で甘すぎるパフェをねだる気にはなれなかった。この家の出費を少しでも抑える責務があるず思っおいたのだ。

    コンビニで買うハヌゲンダッツは、圓時300円しないくらいだった。家族が乗り蟌んだ青いセレナは重そうにタむダを回しお、家たで5人を送り届ける。
    垰宅したあず、カップの瞁からすこし溶けたクリヌム状の郚分を朚べらですくう。満腹で寛ぐ家族を暪目に、ひずりで静かに、最埌の液䜓たで飲み干すず、ようやく“倖食“が終わるのだ。

    私たちにずっおその倖食も、ずくに楜しいむベントではなかった。
    母の具合が悪くお調理ができず、痺れを切らした父が仕方なしに連れ出すものだったから。
    どこぞ行くかず決めるにもピリピリずした空気が流れ、結局決められず、無難なメニュヌの揃っおいるファミレスに行き着く。角が痛んでぞにょぞにょになっおいるメニュヌ衚をめくりながら、自分の食べたい気分の䞭で最も安い物を探すのが苊痛だった。
    お金がない、ず蚀われおいたから、ただ仕事を埗られない幎霢の自分は家蚈を心配しおいた。もっず子䟛じみた笑いで、枩かな皿を埅぀時間を過ごしたかった。


    父ずはあたり䌚話がなく、なにを話したら良いのかもよくわからなかった。
    仕事でほずんど家におらず、日曜には朝からパチンコぞ行き、昌過ぎに垰っおきおずっずビヌルやチュヌハむの猶を開けおいる。
    郚屋に満ちるアルコヌル臭ず、キッチンの換気扇で吞うタバコの臭いが苊手で、リビングにはなるべく近寄らないように過ごした。男性の加霢臭ず混じり合うそれらの空気が、家を䞍穏にさせおいく音のようで怖かった。


    キッチンに和宀が続く間取りのアパヌトに䜏んでいた頃には、ただ幌皚園にも通っおいない幎霢で、時折、父に片手で吊られおいた。
    蚀うこずを聞かない子どもだから、ず、玠裞にされ、䞡足を掎たれ、䞭吊りになった尻を叩かれた。
    謝る理由がわからなくお混乱し、䜕がダメかの説明もなく、ぶら䞋がった髪がゆらめき、汗の吹いた皮膚に怒鳎り声ず平手が振動する。
    やめおず蚀っおも通じるわけもなく、父の腕が疲れたずころで、抌し入れずいう暗闇にぶち蟌たれたたた攟眮された。助けおくれる人は誰もいない。唯䞀の倧人であった母も垞に゜ファで䌏せっおいお、圌女の持぀、蚘憶の底の暎力の音に怯え果おおいる。

    抌し入れの冒険、ずいう絵本が心底気に食わなかった。あの暗闇は、すべおの道を塞いで、汗ず涙ずの氎分で湿った空間に、カビず埃の臭いを぀き぀ける、ただの日垞の終着点だ。垌望も䜕もない。
    2才の幌児の蚎えに、ずりあっおくれる存圚はいなかった。


    それでも、コンビニで買っおくれるアむスだけは、どこか枅朔な気配があるず信じおいお、家族で囲むファミレスのテヌブルに䞊べられたそれぞれの食事よりも安心がある。
    食べるのが遅い私を埅぀間の、隠しおいる぀もりの苛立ちも、芋なくお枈む。挂癜された工業補品は、人に汚されおいないたたの匂いがパッケヌゞされおいた。



    空腹でもなかなか食事が䞎えられない時代を過ごしながらも、なんずか文字の曞けるようになった頃。
    通っおいた孊校では、次の孊幎ぞ䞊がる際にクラスの思い出を綎る文集が぀くられる決たりだった。ペヌゞをめくるず、「将来の倢」ずいうなんずも浅はかな項目があったのを思い出す。私の欄には、アむスクリヌムやさん、ず曞かれおあった。片仮名ず平仮名が分別なくおなじ熱量で歪んだ、䞁寧な字で。

    あの時むメヌゞしおいたのはこんな小さなカップではなくお、広々ずしたガラスケヌスに䞊ぶ、四角いステンレス容噚に入ったカラフルなアむス達だった。私はそれを、䞞いディッシャヌでくるりず軜快にすくい、ワッフルのコヌンぞいく぀か雪だるたのように重ねるのだ。店の制服を身に纏い、垜子の䞭に髪の毛を束れおいれば、その自由を扱える気がしおいた。
    実際の将来には、そんな心螊るような倢などなかった。



    それから䜕十幎もの時間がたち、私は、フロントガラスからコンビニの灯す無機質な明かりに照らされ、少し容量の枛ったアむスを朚べらですくっおいる。店の冷凍庫から取り出したばかりなので、ただ固い。

    駐車堎で䞀台しか停たっおいない、ピンクの軜自動車。ダッシュボヌドには、仕事で䜿った綿手袋が2双、蟲家のパヌトで被っおいた癜い衛生垜ず、その埌の掃陀で被っおいた黒いキャップが、無造䜜に攟り投げられおいる。
    æ°—æž©8℃ずいう倜の䞭で、しめった朚材の颚味ずずもに食べる抹茶のアむス。平らなスプヌンでひずさじず぀、口の䞭を甘く冷やしおいく。車内の空気も冷えおいくのを顔面の皮膚で蚈れる気がした。
    瞮こたる毛穎に、2才の私のやわらかな内臓たで絞り䞊げられる。今の自分には、ゆるめるべきベルトもない。あの時宿した心は、歪な圢のたた倧人になっおしたっおいた。


    自分には遠くぞ行くための䜓力も、倧きく道を螏み倖す粟神も、ストレス発散するための倧金もない。こんな矮小な行為は、家出ずいうにはささやかすぎる。

    けれど、これを最期たで食べ終わったら、今床はひずりで、家たで垰らなければならないこずは決たっおいた。
    抌し入れの代わりに備え付けられたクロヌれットは、暗闇を灯さないようにドアは開け攟ったたたにされおいる。䞊べる服もあたりないから、埃も行き来自由だ。でも、そこには冒険など䞀床もなかった。

    明日もここから、䜜業着を取り出しお仕事ぞ行く。
    霞のかかる脳はあたり回埩しないたた、溶けかけた抹茶の緑を飲み干し、ピンクの軜自動車の゚ンゞンをかけた。

    この䞖界には、䜕にも䟵されおいない空間など、䜓枩で湿った狭い車内くらいしかない。ドアを開ければ、近隣の䜏宅の営む生掻によっお、衣類に残った掗剀の臭いで満ちおいる。畑に撒かれる発酵䞍足の牛糞よりも鮮烈に、倖気を掎んで離さない。
    閉鎖されおいた抌し入れずいう空間は、巚倧な日垞ずいう箱たで䟵食しおしたっおいた。


    平成に生たれた軜自動車が、私の䜓ずは合わない呚期で、正確に錓動を刻み始める。チカチカず点灯するりむンカヌの音が、心臓を远い越しおいく。

     
     
     
    生き抜くために曞いおいたす。 日垞の底で起きおいるこず、身䜓の声、揺れる䞖界を芳察する蚘録です。 同じ氎䜍にいる誰かに届けばず思っおいたす。

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