
「読者には伝わっていない」を受け入れるのがマンガの難しいところだよね
どうも、かーぐです!
今日は、「読者には伝わっていない」を受け入れるのが、マンガの難しさなのかもしれないな、という話を書いてみます。
マンガを読んでもらったあとに、作者が「ここは本当はこういう意味で」と説明しなければ伝わらないとしたら、それはたぶん、読者には伝わっていなかったということなんだと思います。それってちょっと厳しい話です。
でも、漫画家の妻や、漫画家を目指している娘を見ていると、マンガを描くうえで避けて通れない話なのかもしれないと思いました。
説明しなければわからないなら伝わっていない
作者の頭の中では、物語は全部つながっています。
キャラクターの気持ちも、過去の出来事も、このセリフに込めた意味も、全部わかっている。
でも読者が見られるのは、実際に描かれたコマだけです。
家族だったら、あとから説明を聞けます。
「ここはこういうつもりだったんだよ」と言われれば、「なるほど」と思えます。
でも、普通の読者はそんな説明を聞きません。
わからなければそのまま閉じちゃうし、何も残らなければ、次の作品へ行ってしまいます。
ほとんどの読者は、作者の頭の中までなんて読んでくれない。あたり前なんですが、これがマンガの難しさなんだと思います。
有名な漫画家の「余白」は信用の上にある
もちろん、わかりやすければ何でもいいという話ではありません。
誰もが知っている漫画家や、実績を積んだベテランなら、少しくらいわかりにくい表現でも、読者がついてきてくれることがあります。
「この人が描いているなら、きっと意味があるはず」
「あとで効いてくるのかもしれない」
みたいに、そう思ってもらえる。その場合、わかりにくさは「余白」になったり、「深み」になったりするのかもしれません。
でも、それは作者への信用があるからです。まだ名前を知られていない漫画家が同じことをすると、読者にはただ「よくわからない」と思われて終わるかもしれない。
有名な人の表現をそのまま真似しても、同じようには届かないことがあるんだと思います。
無名の漫画家は、まず伝わることが武器になる
新人や無名の漫画家は、そもそも見てもらえるだけで大変です。
表紙やタイトルで目に留まる。たまたま誰かが開いてくれる。そこまで行くだけでも、かなり貴重な機会です。
でも、せっかく読んでもらえたのに、誰が何をしているのかわからない。主人公の気持ちが伝わらなかったり、場面の意味がつかめなかったり、なぜそうなったのかわからかなったり。
そうなってしまうと、読者の記憶には残りにくい気がします。
ここで大事なのは、「伝わりやすいマンガは浅い」ということではありません。
まず伝わる。そのうえで、深さや余白がある。この順番が大事なんじゃないかと思うんです。
まだ知られていない作家には、まだ知られていない作家の戦い方がある。弱者には弱者のやり方がある、という言い方をしてもいいのかもしれません。
言いたかったこと
「読者には伝わっていない」と受け入れるのは、かなりつらいところだと思います。
作者としては、ちゃんと考えている。意味も込めている。自分の中ではつながっている。
でも、読者に届かなければ、届いていない。
本当は、それを認めるのは痛いです。でも、そこを受け入れないと作品は良くならないのかもしれません。
これって実はマンガだけじゃなくて、ぼくのnoteも同じです。ぼくがどれだけ考えて書いたとしても、読んだ人に伝わっていなければ、伝え方が足りなかったのかもしれません。
娘には、難しいマンガを描くなと言いたいわけではありません。余白をなくせと言いたいわけでもありません。
ただ、まずは読者が迷わずすんなり物語に入れること。そのうえで、あとから考えたくなる余白があること。
有名な漫画家の真似をするより、今の自分に必要な伝え方を探す。それが新人の漫画家にとって大事な戦い方なのかもしれないと思いました。
今日も『ほぼ日記かーぐ新聞』を読んでくれてありがとうございます!
また、お会いしましょう