
自分で決めたい子どもの、言葉にならない不安
子どもは成長するにつれて、「自分で決めたい」という気持ちを強く持つようになります。
自分でやってみたい。
自分で考えてみたい。
自分で選んでみたい。
それは、大人から見ると、まだ危なっかしく見えることがあります。
その方法では遠回りになるかもしれない。
きっと途中で困るのではないか。
失敗することが目に見えている。
そんなふうに感じることもあるでしょう。
だから大人は、つい先に言いたくなります。
「こうした方がいいよ」
「それはやめておいた方がいいんじゃない?」
「前にも同じようなことで困ったでしょう」
どれも、子どもを大切に思うからこそ出てくる言葉です。
失敗してほしくない。
苦しい思いをしてほしくない。
少しでもうまくいく道を選んでほしい。
そう願うからこそ、大人は先回りしたくなるのだと思います。
けれど、子どもの側にも、言葉にならない揺れがあります。
本当は、自分で思う通りにやってみたい。
でも、大人の言うことを聞かずに失敗したら怖い。
「だから言ったでしょう」と言われるのもしんどい。
だから子どもは迷います。
自分で選んでみたい気持ちと、大人の言う通りにした方が安全なのかもしれないという気持ち。
失敗しても自分で確かめたい気持ちと、失敗したときに責められたくない気持ち。
その間で、子どもは揺れているのだと思います。
思春期の子どもは、大人が思うほど単純に反抗しているわけではありません。
自分で決めたい気持ちがある一方で、自分で決めた結果を引き受けることへの怖さも感じています。
だからこそ、大人の言葉は子どもの中に強く残ります。
「やめておいた方がいい」
「今、これをしないで大丈夫?」
「こっちの方がいいに決まっている」
そう言われると、子どもは自分の中に芽生えた「やってみたい」という気持ちを、そっとしまい込むことがあります。
そして、大人の言う通りにした方が安心なのかもしれないと思うようになる。
もちろん、大人の助言が子どもを助けることもあります。
危険を避けるために、大人が止めなければならない場面もあります。
けれど、すべての迷いや試行錯誤を大人が先に整えてしまうと、子どもは自分で選ぶ経験を持ちにくくなります。
大人の言う通りにしてうまくいかなかったとき、子どもはそれを「自分で選んだ結果」として受け止めにくくなり、うまくいかなかった理由を誰かのせいにしたくなるかもしれません。
反対に、うまくいったとしても、「自分で考えて選んだからできた」という実感が残りにくいことがあります。
成功も失敗も、自分の経験として積み重なっていかない。
それは、子どもにとって少し悲しいことのように思います。
子どもが自分の人生を生きていくためには、成功も失敗も、少しずつ自分の経験として受け取っていく時間が必要です。
自分で考えた。
自分で選んだ。
やってみた。
うまくいかなかった。
でも、そこからまた考えた。
そうした経験の中で、子どもは少しずつ、自分の人生の手応えを持っていくのだと思います。
子どもが何をやってみたいのか。
何を怖がっているのか。
それを一緒に考えることが、大人にできることではないでしょうか。
「それはだめ」とすぐに止める前に、
「どうしてそうしてみたいと思ったの?」と聞いてみる。
「失敗するよ」と決めつける前に、
「もしうまくいかなかったときは、次はどうする?」と一緒に考えてみる。
子どもの選択を尊重することは、子どもを放っておくこととは違います。
自分で選ぶ余白を残しながら、失敗したときに戻ってこられる関係を残しておくこと。
それが、思春期の子どもの「自分で決めたい」という気持ちを支えることなのだと思います。
子どもの言葉にならない気持ちの奥には、小さな願いが隠れていることがあります。
わかってほしい。
でも、決めつけないでほしい。
助けてほしい。
でも、自分でやってみたい。
その揺れの中で、子どもは少しずつ大人になっていきます。
遠回りに見える選択の中にも、失敗しそうに見える挑戦の中にも、子どもが自分の人生を自分のものとして受け取っていくための大切な時間があります。
大人の不安をすぐに言葉にして子どもの前に置くのではなく、少しだけ引き受けて待ってみる。
その先で、子どもが自分の選択を、自分の経験として受け取れるように。
それが、子どもの心を守ることにつながっていくのだと思います。