
場を整えただけ。あとは、勝手に集まっていた。
昨日、月に一度の瞑想講座を開いた。
今回のテーマは「集中する力を高める」。
集中、と聞くと、多くの人はこんなイメージを持つ。
頑張って何かに向き合う。
スマホを置いて、ぐっと踏ん張る。
力を入れて、意識を一点に留める
——そういう、力みのあるイメージ。
でも、
瞑想でいう集中は、少し違う。
力を入れることじゃなくて、
むしろ力を抜いて、ただ「今ここ」に意識を置いておくこと。
逸れたら、気づいて、そっと戻る。
その繰り返し。
準備していた内容はあった。
でも、当日はその通りにはならなかった。
その場の空気に導かれるように、流れが自然に生まれていった。
自然な呼吸に、意識を置く
まず、軽く体を動かしてほぐしてから、最初の瞑想に入った。
いつも通り、呼吸に意識を向ける。
呼吸を変えようとしない。
ただ、自然に出入りする息を、感じる。
意識が逸れたら、それに気づく。
そして、そっと戻る。逸れて、気づいて、戻る。
その繰り返し。
20分が、あっという間だった。
そして、その場に参加者が集中しているのを、感じた。
誰も何も言わない。ただ静かに座っている。
でも、空気が、確かに変わっていた。
意識的な呼吸で、さらに深く
ここで、
当初考えていた内容にはなかったけれど、
もう一度瞑想の時間を取ることにした。
さっきは自然な呼吸だった。
今度は、意識的な呼吸を。
吐く息を、少し長めにとる。
そして気が向いたら、吸う息と吐く息の、わずかな間を意識する。
息と息の隙間に、ほんの少しだけ、留まる。
この時間も、あっという間だった。
そして、さっきよりも、さらに深く集中しているのを感じた。
部屋全体が、一つの静けさに包まれているような。
炎のイメージで、体を巡る
少し解説を交えながら、最後にもう一度、瞑想の時間を取った。
今度は、呼吸に意識を集中するのではなく、イメージの力を使う。
小さな炎を思い浮かべる。その炎が、眉間に、そして頭の中心に移動する。
それが喉へ、胸へ、みぞおちへ、丹田へ、会陰へと、ゆっくり降りてくるのを感じる。
そっと、その時間を終えた。
参加者の声
最後に、感想を聞いていった。
「呼吸に意識するのって、普段してなかった。改めて味わい深い。」
「意識が逸れたり戻ったりするのを、感じられた。それに気づけた。」
「炎を意識するのは、集中が難しかった。」
「資格の勉強などのときに、集中できるよう活かしたい。」
「炎のイメージのとき、体が容器のように、筒のように感じられた。」
集中できなかった、難しかった、
という声もあった。
でも、それでいい。
うまくできることが目的じゃない。
難しさに気づくことも、逸れる自分に気づくことも、全部が瞑想だから。
そして、総じて、その場は深く集中していたと思う。
一人の集中とは、違うもの
今回、改めて感じたことがある。
一人でやるときの瞑想と、みんなでやるときの瞑想は、集中の質が違う。
一人の集中は、自分の内側に、深く潜っていく感じ。
でも、みんなでやるときは——
それぞれが自分の内側に潜っているのに、その潜り先で、意識が一点に集まっていく感じがする。
繋がりを感じられる。
バラバラに目を閉じて、それぞれの内側にいるのに、なぜか、一点で繋がっている。
それが、みんなでやるときの、特別なところだ。
場を整えただけ
でも、ここで大切な気づきがあった。
その「意識が一点に集まる」感覚——
あれは、私が集めたものじゃなかった。
確かに、場を創ったのは私だ。
内容を準備し、流れを作り、言葉をかけた。
でも、それはきっかけに過ぎなかった。
火をつけたら、あとは参加者自身が、勝手に集まっていた。
一点に意識が集まっていく、あの力は、参加者自身のものだった。
私がやったのは、ただ、場を整えたこと。
あとは、その場で自然に起きたことに、立ち会っていただけ。
これは、コーチングをしているときにも感じることと、同じだった。
相手が自分の答えを見つける瞬間、私は何もしていない。
ただ、深く同意して、そこにいるだけ。
答えは、いつもその人の中にある。
瞑想会も、同じだった。
集中する力は、いつも参加者自身の中にある。
私はただ、それが立ち上がる場を、整えるだけ。
さいごに
とても静寂で、穏やかで、整った空気が流れていた。
瞑想会を行うときの、この感覚が好きだなと、改めて感じた。
自分が何かを与えているわけじゃない。
教えているわけでも、導いているわけでもない。
ただ、場を整えて、そこで自然に起きることに、立ち会わせてもらっている。
火をつけるのは、私。
でも、燃えるのは、いつもみんなの力。
それに立ち会えることが、たぶん、私が好きで続けている理由なのだと思う。
でも、本当の使命、天命は何なのかはまだ分からない。
やれるのは、自分の好きだと感じること、楽しいと思うことにそっと火をつけることだけ。
あとは勝手に燃えていくのだと思う。きっと。
それではまた!