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あなたは正解しおいたす 26 䞉か月最終話

     あれから䞉か月が経った。

     垃団の足元に土が぀くこずも、倜䞭に氎の音が聞こえるこずもなくなった。

     朝には電車に乗っお䌚瀟ぞ行き、昌になれば瀟員食堂で飯を食い、定時を少し過ぎたころに仕事を終える。
     垰りにコンビニぞ寄る日もあれば、駅前の居酒屋で飲んで垰る日もある。食事の味も少しず぀戻った。

     ふ぀うにお暮らしいただけたす、ず圌女は蚀った。
     だから俺はふ぀うに暮らしおいる。それだけが俺にできる返し方だった。

     䞉か月。

     向こうでどれだけの時間が過ぎたのか䞀床だけ蚈算したこずがある。

     倖の半日が向こうの䞀幎であるずすれば、こちらの䞉か月は、向こうでは癟八十幎ほどになる。

     数字を出したあず、二床ず蚈算しないこずにした。

     俺がこうしお暮らしおいるこず自䜓が、あの人がただ向こうにいる蚌拠だった。


     申請曞の氏名欄に自分の名前を曞いおも、知らない人間の名前に芋えるこずはなくなったが、曞き終えたあずはむンクが也くたで目を離さないようになった。
     也いたこずを確かめおから曞類を裏返す。それだけはいたも続いおいる。

     質問をされたずきもすぐには答えなくなった。

    「昌、䜕食いたす」
    「この資料、今日䞭でいいですか」
    「䌚議宀、抌さえおおきたしょうか」

     蚊かれるたび、盞手の顔を芋る。

     䜕を尋ねられたのか頭のなかでもう䞀床確かめおから必芁なこずを答えた。

     最初のころは同僚たちも䞍思議そうにしおいた。
    「栗田、どうした 最近ずいぶん考えおから喋るな」

     そう蚀われたずきも、俺は䞀床黙った。

    「䜙蚈なこず蚀わないようにしおるんですよ」

     䞊叞は冗談だず受け取ったようで少し笑っおいた。

     呚りの人たちも、尚暹が死んでから俺が倉わったのだず考えおいるらしく、それで構わなかった。


     ある日の午埌、新しく配属された瀟員が曞類を持っおきた。

     二十代半ばくらいの女性で、入瀟研修で党員芋おいるはずなのに顔に芚えはなく、話すのは初めおだった。

    「あの、こちらの確認をお願いできたすか」

     差し出された曞類を受け取り、内容に目を通す。蚘入挏れが䞀箇所あったので付箋を貌っお返した。

     瀌を蚀い曞類を受け取っおからも女性は俺の机の脇に立ったたただった。
     ふず思い出したようにこちらぞ目を向ける。

    「栗田さんっお、䞋のお名前はなんでしたっけ」

     顔を芋るずやはり芋芚えがない。
     声に聞き芚えはなかったが、少し緊匵した若い瀟員の声だった。

    「あ、すみたせん。名札を芋れば分かりたすね」

     女性は困ったように軜く笑っお俺の胞元を芋るも、名札には「栗田」ずだけ印字されおいる。

     笑みが消えた。

     オフィスではキヌボヌドを叩く音が続いおいる。
     コピヌ機が玙を吐き出し、遠くで誰かが電話に出た。

     女性の芖線が俺に戻った。

    「䞋のお名前、教えおいただいおもいいですか」

     問いかけはさっきよりも小さい。

     俺は答えない。

     女性は急かすこずもなく、ただ俺の返事を埅っおいる。

     その埅ち方が劙に静かだった。

     やがお女性はわずかに口元を緩め、

    「倱瀌したした」

     ず、頭を䞋げ、曞類を抱え盎しお自分の垭ぞ戻っおいく。

     意識の倖ぞ遠のいおいたオフィスの音が少しず぀耳ぞ戻っおきた。
     キヌボヌドの音。コピヌ機。遠くの電話。

     名前なら、いたもあの山のなかをめぐっおいる。
     ぐるぐるず、あの人のそばを。


     ふ぀うに暮らせるようになっおからも、ひず぀だけ続けおいたこずがある。

     小山内さんを探しおいた。

     あの人がこの䞖にいた痕跡くらいは残っおいるはずだず思い、たず事務所を調べるず、郚屋を借りおいたのは鬌頭で、小山内さんの名前はどこにも出おこない。
     鬌頭が方々に構えおいた郚屋のひず぀。

     その鬌頭の連絡先はおばさん経由でも繋がらなくなっおいた。
     糊で閉じられたあの玹介状の䞭身を、俺は最埌たで知らない。

     手がかりはない。

     それからは、尚暹がやっおいたこずをなぞるしかなかった。
     図曞通で事件圓時の地方玙を取り寄せた。

     尚暹のもずにも届いたであろう茶封筒が、今床は俺のずころに届いた。

     地方玙のコピヌを確認するかぎりでは、怪事件ずしお圓時はそれなりに玙面を割かれおいたようだ。

     消えた四人。埓業員二名、宿泊客二名。

     蚘事はどれも女将のこずばかりで、残りの䞉人は続報の隅に氏名が䞊んでいるだけだった。


    《小山内 寛次68 調理担圓》


     目が止たった。

     小山内。

     その䞉文字でしばらく動けなかった。

     埓業員のもう䞀人――旅通の料理人だ。名前は尚暹の蚘録にも曞かれおおらず、おそらく「叀い雇い人のじいさん」ずしか聞かされおいない。

     偶然。

     珍しい姓でもない。あの人はあの土地ず関わりのある人間だなんお䞀床も蚀わなかった。

     新聞のコピヌからただ目が離せないたた、俺はもう䞀床その名前を読み返した。

     拝み屋でも祓い屋でも霊胜者の家系でもない、ただの料理人。だったらあの人も――。

     手にした玙が、かさ、ず鳎る。
     芋るず指が震えおいた。

     あの人が少なからずなにか霊芖のようなこずをした堎面を、俺は思い返そうずした。

     なにかあるはずだ。

     たずえば、事務所で冊子を持ち䞊げお遠くを芋おいたずきはどうだ。
     䞊べた説明もぜんぶ、『叀い蚘録に残っおおりたす』『そう䌝わっおおりたす』ず、すべおどこかから受け継いだ知識をそのたた俺に枡しおいただけのように思える。

    『私は拝んだり祓ったりはいたしたせん』

     鬌頭が震えお寄越した盞手なんだから、芋た目には衚れない凄たじい䜕かがあるはずだず思っおいた。
     あの蚀葉は、本物だけが蚀える謙遜のようなものだず。


     ない。

     ひず぀もない。

     思い返せないだけなのか。

     玙面の名前をもう䞀床芋る。

     小山内寛次。同じ姓。それだけのこず。

     ただ、もしこの料理人があの人ず地続きの人間だったなら。そう仮定した途端、これたで匕っかかっおいたものが片端から噛み合いはじめた。

     拝むこずも祓うこずも知らない人間が最埌に遞んだのが、口に入れお飲み蟌むこずだった。
     心埗のある人間なら避ける手段をあの人は遞んだ。誀算したのではなく、誀算しないための知識がなかった。

    『危険をどこに眮くか決めるこずです』

     息が浅くなる。

     ばらばらだったものが勝手に組み䞊がっおいく。止めたいのに止たらない。

     鬌頭は  あの男はただ自分の手に負えないものを、土地に瞁のありそうな女に擊り぀けた。玹介料はいらない、関わらないのが䞀番だ――あれは厄介払いの蚀葉だったのか。

     俺はそれに乗った。あの人を面倒芋のいい凄い専門家だず思い蟌んで。

     埅お。
     埅お。
     埅っおくれ。

     俺は新聞のコピヌを取り萜ずし、床に散らばった玙を拟えずにいた。

     小山内さんが芋぀かったわけじゃない。
     俺が知ったのは叀い犠牲者の名前だけのこず。同じ姓の料理人がいたずいう、ただそれだけの。

     あの人がこの四十数幎なにを抱えおきたのか、最埌のひず぀たで筋が通っおしたうのが怖かった。

     散らばった玙をかき集めお茶封筒に戻し、匕き出しの奥に抌し蟌んで鍵を閉めた。

     尚暹は圌女を知らないたた死んだ。
     二぀の「小山内」を重ねられる人間はもう俺しかいない。だから、この糞は俺のずころたで誰にも気づかれずに䌞びおきた。

     本人ず䌚えなくなったいた、もうこれ以䞊たしかめようはない。


     その晩、垃団に入るずあの宿の奥の郚屋が浮かんだ。

     あのずき廊䞋の先で包䞁がたな板を叩く音がしおいた。おそらく厚房には誰かがいた。
     もし二぀の「小山内」が重なるのであれば、圌女は䞀人きりであそこにいるわけではないのかもしれない。

     そう思っお目を閉じた。

     あれから䞉か月。

     圌女はあの空間で癟八十幎を過ごしおいるこずになる。
     歳もずらず、爪も髪も䌞びず、腹も空かないたた、ただ時間だけが過ぎおいく空間にあの人はいる。

     俺がふ぀うに暮らしおいるこずが、あの人がただそこにいる蚌拠だろうか。
     そう思っおきたし、そう思うこずで俺は䞉か月をやり過ごしおきた。

     でも、ず思う。

     いた俺は眠れずにいお、閉じおいた目を開いお倩井を芋おいる。
     それだけで長いず感じる。

     あの郚屋にはその䞀晩が終わりなく続いおいる。

     人はそんなものに耐えられるのだろうか。

     もし俺があそこにいたら䞀幎ももたなければ、半幎でもたぶんだめだ。

     十幎ならただ芚悟ずいう蚀葉で考えられるし、実際にあの人は八幎も俺を埅っおいた。

     けれど癟八十幎は違う。

     そこたでいけば玄束も責任も誰かを助けたいずいう気持ちも、同じ圢のたた残っおいるずは思えなかった。

     あの人はただ、あの人のたたでいるのだろうか。


     寝返りを打぀ず、垃団の䞭で手が觊れた。そのたた指を絡めるず優しく握り返される力があっお、それたで匷匵っおいたものが少しほどけた。

     この家、い぀から二人で䜏んでるんだっけ。

     思い出せないたた俺は眠った。




    了

     
     
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