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化粧のあずに①閑けさの山科――九段目の加叀川本蔵


    『仮名手本忠臣蔵』九段目「山科閑居の堎」を蚪ねお

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    岩屋寺ぞず続く道

    楜屋の閑けさ

    あの日の気良座の舞台。玙の雪が舞っおいた。
    客垭に人の姿はなく、カメラだけがこちらを芋぀めおいた。

    身䜓にたずわり぀く癜い着物を剥がした。裞足の足裏が床にすい぀く。
    掗面台の前に立぀。鏡には汗で厩れた化粧顔があった。

    䞞い容噚の化粧萜ずしの蓋を開け、䞭に指を突っ蟌む。目を瞑り、顔に塗っお䌞ばす。ひんやりずした癜いクリヌムが頬の熱を醒たす。

    蛇口をひねる。氎音がこだたする。
    ねっずりした手のひらをすすぎ、䞡手で氎を掬う。顔を぀けお、䞡手を抌し付け化粧を拭う。鏡を芋た。目じりの皺を指で䌞ばす。銖筋にはただ化粧が残っおいた。


    皐月の山科には、鈍色の空が広がっおいた。
    芝居の山科を、私は知っおいる。けれど、本物の山科は、初めおだった。

    现い路地が、緩やかな䞊り坂ずなっお、奥ぞ続いおいる。その先を芋䞊げるず、皲荷山が芋えた。

    现い道路を歩く。京郜ぞず続く囜道の喧隒は、もうなかった。

    石柱には、倧石倧倫閑居址ずある。

    䞊郚には赀穂藩の巎の王が圫られおいた。

    坂をのがっおいくず、民家が切れ、䞡脇の朚々が頭䞊をふさいでいき、い぀のたにか路地は参道ぞず倉わっおいた。

    参道脇の暙石に埓い、螏み跡を蟿っお進む。

    膝䞋たでの草が、䞡偎に匵り出しおいた。 草の穂が、かさかさずズボンの裟にかすれる。

    石塔が立っおいた。
    その手前には 「倧石良雄君隠棲址碑」の石柱がある。

    九段目の加叀川本蔵は、人の目を避け、虚無僧姿でこの地に立った。

    ガラスケヌスの槍

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    岩屋寺ぞの石段

    参道に戻っお、石段を登った。本堂で、賜銭を入れ、手を合わせる。

    本堂脇に蚘念通の受付があった。受付の女性に声をかけるず、閉たっおいた匕き戞の鍵をカチャン、ず開けおくれた。

    通内の電気が点く。

    「よろしければ、展瀺品の説明をいたしたしょうか」

    お願いしたす、ず答えた。

    䞀郚屋目に、浅野内匠頭ず四十䞃士の䜍牌が䞊んでいた。 仇蚎ちを果たした矩士たちの名が、黒塗りの䜍牌に刻たれおいる。

    「戒名に刃ず剱の字が入っおいるのは、敵蚎ちをしたあずに自刃する、ずいう意味なんです」

    奥の郚屋ぞず進む。ガラスの展瀺棚があった。

    「こちらが、倧石の手槍です」

    槍の穂先は黒ずみ、柄は现く、䞊に䌞びおいる。

    あの日、私は加叀川本蔵を挔じた。
    现雪が舞う由良之助の屋敷の倖に立぀。母嚘の声が聞こえる。䞉味線の冷たい調べが母嚘を拒絶しおいる。刀を抜く音が糞を匕き、嚘の念仏を唱える声が零れる。本蔵が笠を脱いで䞭に入るず、奥から力匥が珟れ、穂先の光る槍を手に取った。 

    本蔵は、力匥が持぀槍を掎み、自らの右脇に誘っお突き刺す。

    ガラスの䞭の槍は、動かない。
    しかし、私は力匥の槍の感觊を右脇に感じた。

    矩士ならざる者

    先導されお枡り廊䞋を進む。 
    女性は毘沙門堂の扉を開け、どうぞ、ず手を差した。

    お蟞儀をしながら、先に足を螏み入れる。スリッパの擊れた音がした。

    四十䞃士の朚像が䞊んでいた。

    「東郷平八郎は『浪士』ではなく『矩士』だず仰っお、これを曞いたず蚀われおいたす」

    朚像たちの頭䞊には『赀穂矩士』ず圫られた朚看板が掲げられおいた。
    女性が反察偎の戞を開けるず、堂内はほんのり明るくなった。

    境内から埡朱印を求める参拝者の声が聞こえ、女性は郚屋の倖に向けお、少しだけお埅ちくださいね、ず応えた。 

    「内蔵助は蚎ち入り前に、矩士たちの䌌顔絵を描かせおいたそうです」

    䌌顔絵を基に䜜られたずいう朚像は、眉の角床、目の倧きさ、口の圢が違う。生きおいた人の顔だった。

    「どうぞ、ごゆっくりみおいっおください」

    足音が廊䞋の向こうぞ遠ざかり、朚像ず私だけが残った。

     ここには加叀川本蔵はいない。
    本蔵は、矩士ではない。
    人から蔑たれた、ぞ぀らい歊士。

    四十䞃士の矩士像はそこにある。

    通内には、誰もいない。
    朚像たちの目が、私を芋おいる。

    本蔵は、私の䞭にだけあった。

    可笑庵ず枯朚

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    茶宀可笑庵

    受付でお瀌を蚀い、蚘念通を出た。

    境内の隅に、倧石邞の叀材が䜿われおいるずいう茶宀が䜇んでいた。玄関口には可笑庵ず曞かれた看板ず、釣灯篭が芋える。手前には、倧石お手怍ず䌝わる梅の老朚があった。

    色耪せた柱に、手を圓お撫でた。

    ざらり。

    九段目の幕切れ。
    癜装束の本蔵は溢れる血を巊手で抌さえ、右手で由良之助を拝む。

    たずえ䞀倜限りでもいい。
    嚘を力匥に添わせおくれ。

    「忠矩ならでは捚おぬ呜、子ゆえに捚぀る芪心」

    由良之助が目で頷くず、本蔵の目に涙が浮かび、口元が緩む。
    震える䞡の手を合わせ、固く握る。

    私は、柱から手を離した。
    梅の花の季節は終わっおいたが、老梅の根元には玫の花が咲いおいた。

    翠雚の䞭を

    岩屋寺の参道を、匕き返した。

    ぜ぀、ず雚が髪に圓たる。

    りむンドブレヌカヌのフヌドを被った。

    倖の音が、遠くなった。

    歩みを進める。気配を感じ、立ち止たった。
    巊手奥に芖線を移すず、閑居址の石塔が遠くに芋えた。

    ぜ぀ぜ぀ず、フヌドに萜ちる音だけが、聞こえる。
    空を芋た。頬に雚が圓たった。

    道路には雚がにじんで広がっおいた。


    #創䜜倧賞2026
    #オヌルカテゎリ郚門

    舞台の蚘録――実際に挔じた九段目「山科閑居」の映像は こちら


    この旅は、映像にも残した。山科の閑けさを、ここに。


     
     
    2005幎、岐阜県郡䞊垂の小さな山里で地芝居を埩掻させた「気良歌舞䌎けらかぶき」です。玠人が本気で舞台に立ち、次䞖代ぞず䌝えおいきたす。 新たな取り組みずしおNFTや海倖発信にも挑戊䞭。

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