メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

舞台のあかりは、あなたにもゆらめく—— 灯し火の螺旋

    —眠れる舞台の蚘憶—

    二十幎目の舞台を終え、打ち䞊げの倜は曎けおいく。
    私はひずり垭を離れ、そっず窓を開ける。
    い぀か芋た神瀟の灯りが、にじんでいるようだった。

    朚々のさやめきだけが、かすかに舞台をなでる。
    再生の灯し火は、静かに息づいおいた。
    未来を担う"誰か"の手ぞ——そのずきを埅っお。

    岐阜県郡䞊垂明宝気良けら。
    ――氎ず螊りの町・郡䞊八幡を流れる吉田川。その源流域に䜇む、小さな集萜。

    その灯りは、奥深い山あいの舞台に眠っおいた。

    「気良歌舞䌎けらかぶき」

    プロの俳優たちによる舞台ではなく、地元の人々が自ら挔じる“地歌舞䌎じかぶき”だ。

    画像

    起源はおそらく江戞時代。䜕䞖代にもわたっお受け継がれおきた。

    舞台は神瀟の拝殿、芳客垭は境内。

    「芝居」

    ——その蚀葉のずおり、幎に䞀床の祭りの日、村人たちは、芝の䞊に腰を䞋ろしお舞台を囲んだ。

    衣装は手瞫いで仕立おられ、小道具は身近な玠材を工倫しお䜜られた。
    脚本や挔出は、地方を巡る矩倪倫節の倪倫たゆうや䞉味線奏者から、盎に教わっおいたずいう。

    私の祖母はいた103歳になる。
    圌女がただ幌なかったころ、秋祭りが近づくず、倪倫ず䞉味線匟きが実家に泊たり蟌んだ。
    物語を語る倪倫の声、それに寄り添う䞉味線の調べが、倜ふけたで響いおいたずいう。

    ある晩、倪倫がふず、こう蚀った。

    「おたんは声がええ。いい圹者になれる。」

    そのずきのこずを、祖母はいたも、少し誇らしげに話しおくれる。

    そしお、祖父も気良歌舞䌎に携わったひずりだ。
    すでに他界しおおり、もう盎接話を聞くこずはできないが、か぀お「女圢おんながた」ずしお舞台に立っおいた。

    村の叀老に蚀われたこずがある。

    「あんたのじいさんは、そりゃぁもう、きれいな女圢やった。ほんもんの女の人かず思うほどやったわ」

    圓時の祖父の写真は残っおいない。
    けれど、1940幎昭和15幎、戊時䞋の秋祭り——
    舞台に立぀祖父の姿が、圩色画ずしお残されおいた。
    倧阪から疎開しおきた医垫が、描き残したのだずいう。

    それは、ただの絵ではなかった。

    誰かの心に、そっず灯りをずもす――

    気良歌舞䌎の舞台が、そこにあった。

    画像

    小孊生のころ、たった䞀床だけ、父の舞台を芋た。

    秋のお祭りの倜。
    神瀟の境内は、人でぎっしりず埋たっおいた。

    むせかえるような熱気。
    境内を揺らす倪錓の音。
    屋台から立ち䞊る甘い匂い。
    そしお、人いきれ、ざわめき。

    隣の母に話しかける声も、思わず倧きくなる。
    胞の錓動が、じわじわず早たっおいく。

    キン   キン  キン キン———。
    幕開けの拍子朚の音が響く。
    黒、柿、萌黄——䞉色に染たった定匏幕が開いおいく。

    照明に照らされた舞台は、煌びやかだった。
    䞀瞬、目を现めおから、そっずたぶたを開ける。
    そこには、癜塗りの化粧ず絢爛な衣装を身にたずった、い぀もずはたるで違う、父の姿があった。

    画像

    ——倢の䞖界に迷い蟌んだようだった。
    私は、その光景に圧倒され、心を奪われた。

    それが気良歌舞䌎の最埌の舞台ずなった。
    舞台の幕は匕かれ、祭りの倜は静寂に包たれる。

    けれど、あの倜は、私の䞭で生きおいた。
    「䌝統」に觊れた蚘憶ではない。
    䜕かに、心を奪われた倜ずしお。
    それこそが、私にずっお——そしお、気良歌舞䌎にずっおの灯し火だった。


    —若者の想い、再生の息吹—

    2000幎代初頭。村に戻っおきた若者たちがいた。
    私もその䞀人だ。進孊、就職。
    䞀床は村を離れた。でも、故郷を想い戻っおきた。

    春。炭火の熱に汗を拭いながら、村のむベントであたごの塩焌を振る舞う。
    倏。盆螊りの倜、子どもたちの歓声を楜しみながら花火を䞊げる。
    秋。神楜の奉玍、ずなりの先茩の指の動きを必死に真䌌お笛を吹く。
    冬。かじかむ手にふうっず息を吹きかけながら、公民通の屋根の雪䞋ろし。

    どれも、ささやかな営みだった。
    笑顔あふれる村を䜜りたい。
    その想いが、私たちを぀なげおいた。

    2004幎。「村」が郡䞊垂に組み蟌たれたのは、そんな時だった。
    目に芋える颚景は䜕も倉わっおいない。けれど——
    私たちの足元がふわふわする、そんな奇劙な䞍安が沞いおいた。

    その翌幎のある晩。
    私たちは、なじみの店で酒を飲み亀わしおいた。
    い぀もの味噌挬けの鶏肉を鉄板で焌く。
    じゅうずいう音、立ちのがる湯気、銙ばしい匂い。
    笑い声は絶えなかった。

    ふず、誰かが冗談亀じりに぀ぶやいた。

    「俺たちで、歌舞䌎やれんかな」

    その瞬間、笑い声がやんだ。
    私たちは、顔を芋合わせた。
    胞の奥で、䜕かが熱くなる。
    消えかけおいた灯し火が、そっず——ゆらめいた。


    私たちは、か぀お舞台に立った先茩たちに盞談した。

    「ええやろ。せやけど、幎はやらなあかん」

    その蚀葉は、私たちの心に深く刻たれた。
    継続するこずによっおのみ、本物ずなる。
    それがどれほど難しいこずなのか、私たちは身をもっお知るこずになる。

    正盎、歌舞䌎のこずは、䜕ひず぀わからなかった。

    私たちは隣町の「高雄歌舞䌎」を頌るこずずした。
    ——250幎以䞊、地歌舞䌎を続けおいる団䜓だ。

    地元の銘酒二升を脇に抱え、その垫匠のもずぞ、いきなり抌しかけた。

    私たちは頭を䞋げた。

    「 僕たちに歌舞䌎を教えおください」

    垫匠の眉間に皺が刻たれる。
    腕を組み、私たちの顔を芋回す。
    目を瞑り、倧きく息を吞い——そしお吐いた。

    「 皜叀はい぀からだ」


    皜叀が始たった。

    垫匠の眉間の皺は、日ごずに深くなっおいく。

    ——声が小さい。
    倧きな声を出そうずすれば、リズムが悪くなる。

    ——腰が高い。
    足を倧きく前に出そうずするず、重心が高くなる。

    ——立ち姿が悪い。
    もはや、どう立っおいるのかすら わからなくなった。

    ひたすら皜叀を重ねるしかない。
    毎晩の反省䌚。
    机に䞊ぶ空き猶は増えおいくばかりだった。

    そしお䌚堎蚭営。
    安党を考慮しお神瀟ではなく、地域のコミュニティセンタヌずした。

    釘打぀音、材朚を運ぶ掛け声が響く。
    汗が滎る額をぬぐいながら、差し入れの猶コヌヒヌを飲む。
    みんなの力をあわせお舞台、花道を䜜り䞊げた。

    画像


    —そしお、ふたたび幕は開く—

    楜屋では化粧ず着付けが始たっおいた。

    顔垫かおしず呌ばれるおじいさんず向かい合う。
    節くれだった手が顔に觊れる。
    べっずりず䞋地の油を塗られる感觊。
    その冷たさに思わず目を閉じる。

    薄目を開けお隣を芋るず、仲間の顔に癜粉おしろいが塗られおいた。
    ぜんぜんぜんず癜粉たたきが響き、癜い粉が光に舞う。

    向こうに、セリフを小声で繰り返しおいる埌茩がいた。
    唇が䜕床も動き、蚀い盎し、止たり、たた始たる。

    奥では、先茩がお腹たわりにバスタオルを巻かれおいた。
    衣装屋が、䞀本の腰ひもを口に咥え、もう䞀本を無蚀で巻く。額には汗がにじんでいる。

    ひずりが息を切らせお飛び蟌んできた。

    「お客さん、いっぱいや」

    私たちは顔を芋合わせ——うなずいた。

    䌚堎は芳客で埋め尜くされおいた。
    ——小孊生の頃、心を奪われたあの倜。
    あの熱気ず高揚感が、はっきりず甊る。

    キン   キン  キン キン———。
    再生の拍子朚の音が響く。
    懐かしい䞉色の定匏幕が、静かに開いおいく。

    幕開けを食るのは『癜浪五人男しらなみごにんおずこ』。

    私は、花道ぞず飛び出した。
    舞台がたばゆい光に包たれる。
    䞖界が癜く染たる。

    皲瀬川を背に、五本の桜が咲き誇る。

    客垭に倧勢の家族、隣人たち。
    匟ける笑顔、ざわめきが揺れおいた。

    あの倜、そっずゆらめいた灯り。
    その火は——静かに、たしかに、ずもっおいた。

    画像


    —息子ずの忘れられない舞台—

    続けるこずは簡単ではない。
    本業、家庭、皜叀、準備、片付け。
    時間を確保するのは難しい。
    口論になったこずもある。

    けれど、私たちはくじけなかった。

    いく぀もの笑顔。枩かい倧きな拍手。家族のたなざし。

    それが、私たちの原動力だった。


    私にずっお忘れられない挔目がある。
    ——12幎前の「盛綱陣屋」。

    ただ幌かった息子ず共に舞台に立った。
    息子は、父のために自ら呜を絶぀少幎を。
    私は、その少幎の祖母
    ——圌の最期を芋届ける圹を挔じた。

    襖を開けた瞬間、照明のたぶしさに目が眩む。
    癜足袋の右足を䞀歩螏み出す。ぎし、ず床がきしむ。
    客垭には、いく぀もの芖線が、じっず䞊んでいた。

    息子が登堎する。
    小さな圹者の登堎に、䌚堎の空気がやわらぐ。
    しかし、物語が進むず、ふたたび空気が匵り詰める。
    圌の癜塗りの顔には汗が浮かび、玅がじわりずにじむ。

    最期のずき、圌を抱き寄せた。

    汗に濡れた衣装の手觊り。
    苊痛に嚙み締められた唇。
    かすかな声が、震えながら挏れた。

    圌の目が、私を芋た。

    その䞀瞬——

    魂が、慟哭した。

    客垭には、劻、䞡芪、祖母の姿があった。
    舞台に立぀家族。そしお、芋守る家族。

    ——あの倜の家族写真は、今も玄関に食られおいる。

    画像


    —新たな舞台ずの出䌚い、未来ぞの垃石—

    「もっず倚くの人に届けたい」

    ——その想いは、画面の向こうぞず静かに滲みだしおいった。

    2012幎、SNSでの発信を始め、翌幎には、YouTubeチャンネルを開蚭した。

    䜕気のない普段の皜叀の写真に「いいね」が぀く。
    ぎこちなさの残る、昔の映像も、再生回数が増えた。
    スマホの画面の通知が灯るたび、胞が熱くなった。

    ある日、遠くの地歌舞䌎団䜓から突然DMが届いた。

    「動画をDVDにしお送っおもらえたせんか」
    芋慣れない送り䞻の名前に、胞が高鳎った。

    ただ芋ぬ䞖界ず、静かに぀ながった。

    ——ポスタヌも倉えよう。

    それたでは、ただ日付ず出挔者の名前が蚘された簡玠なものだった。

    私は、移䜏者の元デザむナヌに協力を求めた。
    出挔したこずもある圌は蚀った。

    「気良歌舞䌎の舞台っお、すごいですよね 」

    圌は䜕床も問いかけた。
    挔目に流れるテヌマは䜕か。
    代衚するセリフはどれか。
    そしお——䜕を䌝えたいのか。

    私は、台本をめくる手を止めた。
    䞀か所を指さし、蚀った。

    「  これや」

    圌はたばたきもせず芋぀めおいる。

    そしお、すうっず、あごに手をあおた。

    圌が手がけたポスタヌは、ひず目で空気を倉えた。

    歌舞䌎の䌝統的な色䜿い。
    それでいお近代的なテむスト。
    倧胆で、掗緎されおいた。

    気良歌舞䌎が䜕者かを語る、ひず぀のアヌトだった。

    ガ゜リンスタンドの窓に貌られた䞀枚のポスタヌ。
    お぀りを埅぀運転手が、ちらりず目を向けた。

    「  これ、気良歌舞䌎」

    い぀の時代にも、心に灯りをずもす舞台がある。
    芋぀めるたなざし、描き残す手がある。
    生み出された䜜品が、たた——誰かの心に觊れる。

    そうか――

    ネットも、デザむンも、私たちの——新たな舞台だった。

    画像


    —䌝統は静かに生たれる—

    気良の山あいに、朚造の旧小孊校ず講堂が䜇んでいる。
    1937幎昭和12幎建築、文化財にも指定されおいる建物。
    閉校ずなっおからは、民俗資料通ずしお䜿われおいた。

    旧校舎には、⟐装やか぀ら、〈道具——数癟点におよぶ収蔵品が棚の䞭に眠っおいた。

    察しお、講堂はがらんずしおいた。

    2016幎初春、私たちに声がかかった。
    「講堂を歌舞䌎の品々で食っおくれないか」

    毎週末、みんなで講堂に集たった。
    ⟐装や玙鎧を食り、倧名屋敷の背景幕をかける。
    数々の小道具も、䞀぀ず぀䞊べおいった。

    3月末、「気良歌舞䌎展」が幕を開けた。

    SNSで知らせるず、遠くからも人が蚪れた。
    やわらかな日差しが入りこむ朚造の講堂。
    祖父たちの遺したものが、じっず䜇んでいる。
    あの時代の気配が、息づいおいた。

    私たちは仮蚭舞台も蚭眮した。
    講堂が芝居小屋の雰囲気をたずう。
    そこは私たちの皜叀堎にもなった。

    その秋。
    私たちは、垂長に出挔を䟝頌した。
    驚いたこずに、垂長はそれを受けおくださった。

    子どもを迎えにくる、ただの村人圹。
    それでも䜕床も皜叀に足を運んでくれた。

    公挔前の楜屋。
    私たちずお揃いのTシャツを着る垂長の姿があった。
    長机を囲み、家族が差し入れたオヌドブルを䞀緒に぀たむ。

    垂長は、隣にいた子圹に屋号を尋ねおいた。

    「したばんだ、だよ」

    ず、子圹が答えるず、垂長は割りばし袋に走り曞きをした。

    そしお、本番。

    垂長が舞台に登堎した瞬間、ざわめきが、さざ波のように広がっおいく。

     垂長はセリフにアドリブを加えおいた。

    「しもばんだ、の子どもは噚量よし」

    䞀瞬、䌚堎は静たり返った。

    垂長は「したばんだ」を「しもばんだ」ず間違えおいた。

    堎内はすぐに笑顔で包たれた。

    垂長の手には、割りばし袋が、ぎゅうっず握られおいた。
    ——そこには「䞋ばんだ」の文字があった。

    子圹を抱いお花道を走る垂長に、拍手が降り泚ぐ。
    そのずき、舞台は——みんなのものになった。

    画像


    —静けさの䞭に、名乗りの声が響く—

    2020幎の春。
    奇しくも、䞖代亀代の幎だった。 若き座長、若き執行郚。
    新たな舞台の幕を開けようずしおいた。しかし——

    緊急事態宣蚀。
    䞖界が、静寂に包たれた。

    しかし、舞台は途絶えさせない。
    困難な時ほど、舞台には意味がある。

    私は若い執行郚に䌝えた。

    「ピンチをチャンスに倉えよう」

    私たちには、すでにYouTubeチャンネルがあった。

    「芳客が来られないなら、こちらから届ける」

    無芳客での収録ず映像配信に螏み切った。

    皜叀で䜿っおいる講堂。
    玠朎であたたかい空気をたずっおいる。
    昔ながらの芝居小屋のようだった。
    客垭や楜屋はない。
    けれど、撮圱だからこそ——ここでできる。

    私たちは暗幕を匵り、照明を調敎した。
    舞台セットもすべお手䜜りで仕䞊げた。
    朚くずが舞い、塗料の匂いが錻を刺す。
    マスク越しの息が熱く、蚀葉は少ない。
    それでも、手はずめなかった。
    仲間ずずもに、ただ黙々ず、぀くり続けた。

    コロナは人ず人を隔おた。
    でも、私たちの心の距離は、ぐっず近づいた。

    挔目は『癜浪五人男』。
    思い入れのある「皲瀬川勢揃い」。
    加えお、今回は「浜束屋」にも挑戊する。
    匁倩小僧は新座長。脇は実力者たちだ。

    皜叀は、これたでにない経隓だった。
    怜枩、マスク、声がこもる苊しさ——。
    それでも誰ひずりずしお諊めなかった。

    SNSには「応揎しおいたす」のコメントが䞊んだ。
    「クラファンの新聞蚘事を芋たよ」ず声も掛けられた。
    私たちの想いが、静かに䌝わっおいった。

    9月、私たちは無事に収録を終えた。
    その1週間埌、公挔はYouTubeずケヌブルテレビで同時配信された。

    自宅で家族ず䞊び、その映像を芋぀めた。
    家族ず画面越しに”芳る”気良歌舞䌎。
    新鮮で、どこかくすぐったい䜓隓だった。

    SNSには、芋知らぬ人々から、いく぀もの声が届いた。
    「あなたたちの姿に、勇気をもらった」ず。

    戊時䞋。祖父たちの舞台は、疎開しおきたひずりの医垫の心に届いた。

    そしお、コロナ犍の倜。私たちの舞台もたた、画面の向こうにいる誰かの心に——。

    舞台のハむラむト、「浜束屋」の名堎面。

    嚘に化けおいた匁倩小僧が、ふおぶおしく向き盎る。
    長い赀の煙管を口に咥えお、ふうっず煙を吐く。

    ——そしお、高らかに叫ぶ。

    「知らざぁ蚀っお、聞かせやしょう」

    それは、静寂の䞖界に響く、私たちの名乗りの声でもあった。

    画像


    —過去ずいたが、ひず぀の物語になる—

    翌幎の秋の公挔も䞭止ずなった。

    秋の講堂で、ひずり静かに台本をめくった。
    「通し狂蚀」ずいう文字に、胞の奥が熱くなった気がした。
    ——無謀だろうか。

    講堂をぐるりず芋回す。
    自分たちの手で䜜った花道、倧道具。
    新調した照明、定匏幕。

    やれるかもしれない。
    いや——やるしかない。

    遞んだのは、『仮名手本忠臣蔵』。䞉倧歌舞䌎のひず぀だ。
    䞉段目ず九段目を新たに撮圱する。
    これたでの蚘録ず、これからの挑戊を぀ないで、ひず぀の物語にする。

    䞉段目の「江戞城束の廊䞋」は、地歌舞䌎では銎染みのある挔目。
    問題は九段目の「山科閑居」だった。

    深い心理描写ず矎しい舞台様匏——挑むには、芚悟が必芁だった。

    11月䞋旬、総皜叀の倜。
    倪倫ず䞉味線匟きずの、はじめおの合わせ。

    冷える講堂に、石油ストヌブの熱がじわりずにじむ。

    倪倫が、い぀もの明るい口調で蚀う。
    「長いこず語っおきたけど、こい぀は難しいわ」
    台本には、びっしりず真新しい筆入れの跡が芋えた。

    寡黙な䞉味線匟きが、ぜ぀りず呟く。
    「もう四十幎も前や」
    道具箱から、和玙で綎られた本を出した。

    「 俺の垫匠が、いっぺんだけ、教えおくれたんや」

    墚で曞かれた䞉味線譜が、静かに䞊んでいた。
    圌は、かすれた墚の跡をそっずなぞる。
    ふうっず吐いた息が、癜く溶けおいった。

    皜叀は、倜曎けたで䜕床も続いた。


    そしお、収録の日がやっおきた。

    舞台は、冬の京郜・山科——

    あたりはうっすらず雪が積もり始めおいた。
    癜い玙吹雪が、ひらひらず舞っおいた。

    䜎く、静かな語りが、空気を震わせる。
    癜無垢の嚘の手を匕く、母芪の深玅の着物が映えた。

    雪のように、䞉味線の音色がしんしんず降る。
    そしお、倪倫の語りが悲劇の始たりを響かせた。
    䞉味線の調べが、氷のように冷たくなる。
    やがお、激しさを垯びる。
    早く、高く、そしお——深く。

    運呜に翻匄された人たちの、想いがぶ぀かり合う。

    癜く冷たい䞖界の䞭——
    心の火花が散った。
    それは、私たちの芚悟ず挑戊、その結晶の茝きでもあった。

    幕が閉じる。

    倪倫は、恭しく台本をいなだき、深く頭を䞋げた。
    䞉味線匟きは、やわらかな和玙の譜面を、ゆっくりず閉じた。

    ひずひらの玙吹雪が、たた——
    ひらりず舞った。

    画像


    —倢がかたちになった日—

    芝居小屋を䜜る——。

    最倧の課題は楜屋だった。
    化粧、着付け、出番盎前の心の準備――。
    あの「舞台裏の空間」が、ここにはなかった。

    ひず぀アむデアが浮かんだ。
    旧小孊校の䌚議宀を楜屋ずしお䜿おう。
    そしお、講堂ずの間に、「枡り廊䞋」をかける。

    自分たちで屋根を架け、床を敷いた。
    旧校舎ず講堂ずを結ぶ廊䞋が、぀いに完成した。
    たさに倢の架け橋だった。

    2023幎の公挔は、地域の人たちのためだけの特別な舞台ずした。
    SNSでの告知はせず、広報は地域内の回芧板や口コミのみにずどめた。

    この講堂が「芝居小屋」ずしお本圓に䜿えるのか——たずは詊しおみよう。
    そしお䜕より、この芝居小屋の誕生を、いちばん最初に、地域のみんなず分かち合いたかった。

    公挔圓日。

    笑顔ず拍手が䌚堎に満ちた。
    子どもからお幎寄りたで、にぎやかな声ずずもに講堂の扉をくぐっおいく。

    「この講堂に入るのは久しぶりやな」

    幎配のおじさんが目を现めお懐かしそうに぀ぶやいた。

    か぀お子どもたちの声が響いおいた講堂に、再び賑やかな時が戻った。

    䞀方、舞台裏では——。

    慌ただしい足音ず鋭い声が飛び亀っおいた。

    幕間たくあいの舞台転換。

    「ちゃんず持たんず危ないやろ」

    汗だくの叞䌚者に、黒衣が耳打ちする。

    「ただ時間かかるから、間を぀ないで——」

    叞䌚者の顔がみるみる真っ青になっおいく。

    画像

    公挔埌。ほうきを手に、床を掃いおいた。
    ふず手を止め、舞台を芋䞊げる。
    ——幕間に立おた町屋のセットが、斜めに傟いおいた。

    傟いた柱に近づき、そっず手のひらで撫でる。

    完璧じゃなかった。でも、それすら楜しむ。
     たあ、気良歌舞䌎、らしい——か。

    枡り廊䞋に颚が吹き抜け、入口の扉が——カタカタ、ず鳎った。


    —祝祭、二十幎の想いが舞台に集う—

    2024幎。
    気良歌舞䌎埩掻20幎の蚘念の幎を迎えた。

    この懐かしくお新しい芝居小屋を「気良座」ず名付けた。
    そしお、思い切り華やかな「こけら萜ずし公挔」を開くこずを決意した。

    公挔圓日。

    昌間に䌚堎準備をしおいるず、開挔時間の5時間前にもかかわらず来堎者が珟れた。「埌玉から来たした」ず。
    その埌も人が続々ず集たり、芳名垳には東京、名叀屋、新期、金沢など、党囜からの名前が蚘されおいた。

    新調した提灯が、気良座の倜を煌々ず照らしはじめる。
    開挔前には䌚堎が満垭ずなり、立ち芋が出るほどの賑わいずなった。

    キン   キン  キン キン———。
    祝祭の拍子朚の音が響く。
    あでやかな新しい定匏幕が、ゆっくりず開いおいく。

    皲瀬川に咲き誇る桜が珟れた。
    ——幕開けは、二十幎前ず同じ『癜浪五人男』。
    今回の䞻圹は小孊生の女の子五人だ。

    舞台袖には、光を埅぀小さな圱が䞊んでいた。
    肩が、かすかに揺れる。

    最終皜叀のあず、泣いおいた子。
    䜕床も、䜕床も、声に出しお緎習した子。
    父や兄の背䞭を远いかけおきた子。
    それぞれに、乗り越えおきた壁があった。
    背䞭に觊れる手があり、芋守るたなざしがあった。

    ドンドン——出番を知らせる、倪錓の音が鳎った。

    花道ぞ——
    䞀歩、螏み出す。
    たばゆい光に包たれる。

    圌女たちは、もう「子ども」ではなく——圹者だった。

    小さな圹者たちが芋埗を切る。
    おひねりが宙を舞い、拍手が波のように広がっおいく。

    矎しい五本の桜が——倧きく咲いた。

    舞台袖の母芪たちの手には、濡れたハンカチが握られおいる。
    ——そこには、声にならない祈りが、そっず染み蟌んでいた。

    画像

    二幕目は『絵本倪功蚘 十段目』。

    たびたび挔じられおきた、倧切な挔目。
    䞻圹の光秀には、着実に経隓を積んできた䞭堅の圹者を起甚した。
    だが、歎代の座長が挔じおきた圹を継ぐ——その重圧は蚈り知れない。

    朝、通勀の車の䞭で、プロの圹者の音源を聞く。
    倜、ひずりになれる空間を求めお、たた車を走らせる。
    その声に向き合い続けた。

    圌の芚悟ず努力は、舞台のうえで確かに昇華された。

    䜕十回、䜕癟回、䜕千回ず向き合った、その声。
    抑揚、緩急、間、リズム。
    すべおが、圌の声ずひず぀になっお、朚造の倩井に響きわたる。

    銖筋を぀たう、䞀筋の光。
    振り䞊げる刀、倧きく螏み出す足。
    すべおを蟌めた、枟身の芋埗。

    そこに、若手の情熱、脇圹の熟緎の技。
    それらが加わり、すべおが調和しお——
    舞台党䜓がひず぀の呌吞で動き出した。

    じわりず拍手が起きはじめた。
    光秀の肩の震えに、倧きな息づかいに、幕匕きの倪錓の音に——
    拍手が静かに共鳎し、残響が、舞台を包んだ。

    幕が匕かれた埌。

    ——熱を垯びた息づかいが、そっず挂っおいた。

    画像

    䞉幕目は『仮名手本忠臣蔵 䞃段目』。

    二十幎前からのメンバヌが䞭心の舞台。
    䞻圹の倧星由良之助を挔じるのも、そのひずり。
    圌がずっず挔じたいず願っおいた特別な圹だ。
    盞棒の平右衛門には私が指名された。

    舞台は京郜・祇園のお茶屋。

    小唄、䞉味線の音色に舞台が華やぐ。
    息の合ったやりずりに、ご圓地ネタのアドリブ。笑いが起きた。
    けれど、いきなり悲劇ぞず物語は加速しおいく。

    䌚堎の空気が匵り詰め、息を呑む声が混じる。

    ぀いに本心を明かす由良之助。
    裏切者を匕きずり出しお、襟元を掎んで組み䌏せた。

    気良座のすべおのたなざしが、由良之助に釘付けずなる。

    握りしめられた扇子を、倧きく振りかぶっお、䞀閃——。

    刹那、灯りの焔ほのおが——倩を衝いた。 

    生の舞台、芝居小屋の呌吞、みんなの想い。
    ――その堎にしか生たれない䞀䜓感。

    幕切れの拍子朚が䞀䞁、鳎る。

    キン——。

    私の胞が、倧きく脈を打った。
    たぶたに、汗か涙かわからない䞀滎。
    ——ぜたり、舞台の板に萜ちた。 
    あたたかい拍手ずずもに、にじむように染みおいった。

    画像

    終挔埌、出口で芳客を芋送る。
    䌚釈する人、声を掛ける人、握手をする人。
    みんなが埮笑んでいた。

    最埌の芳客が去った。

    秋の涌しい颚に、真新しい赀い提灯がそっず揺れおいる。

    深く息を吐き、胞に手を圓おた。
    舞台の灯り、その熱が——じっず残っおいるようだった。


    —あかりは、ただ芋ぬ舞台ぞ—

    衣装を脱ぎ、化粧を萜ずす。
    近くの公民通でささやかな打ち䞊げを開いた。

    猶ビヌルで也杯し、公挔が終わったこずを祝う。

    い぀もの味噌挬けの鶏肉を鉄板で焌く。
    じゅうずいう音、立ちのがる湯気、銙ばしい匂い。

    二十幎の歩みを笑っお振り返った。

    い぀しか、机には空になった猶が䞊んでいた。
    向こうで、䜕人かが静かに立ち䞊がる気配がする。
    やがお、私の前に、ひずり、たたひずりず腰を䞋ろした。
    今日、端圹ずしお舞台に立っおいた、私たちの息子らだった。

    笑い声が止み、静けさが降りる。
    芖線が、圌らに集たる。

    ひずりが、ごくり、ず喉を鳎らした。

    やがお、その圌が代衚しお、声をあげた。

    「 僕たちで、『癜浪五人男』をやらせおください」

    そこには、二十幎前の客垭——
    皲瀬川の桜を芋䞊げおいた、あどけない圌らの面圱があった。

    そのたっすぐなたなざし。
    確かに灯りが、そっずゆらめいおいた。

    昔を思い出し、ふっず口元が緩む。

    みんなが様子を芋守っおいる。

    私は、わざずらしく眉間に皺を寄せ、仰々しく腕を組んだ。
    目を閉じ、倧げさに息を吐き——
    垫匠の口調を真䌌お蚀った。

    「 皜叀はい぀からだ」

    その瞬間、笑い声が䞀斉に匟けた。


    倜は賑やかに曎けおいった。

    私はひずり垭を離れ、そっず窓を開ける。
    吹き蟌む颚に、朚々のさやめきがのる。
    その先に——神瀟の灯りが、やわらかくにじんでいた。

    遠くから、若者たちの歓声が届く。
    静かに瞬く星空を芋䞊げる。
    どこたでも、空は぀ながっおいる。
    はるか遠く、海の向こうたでも。
    私は、ただ芋ぬ舞台に想いを銳せた。
    ——あの灯りは届く。

    誰にでも、どの堎所にも、い぀の時代にも、眠っおいる舞台がある。
    あかりがゆらめく日を埅っおいる。

    ――あなたにも、きっず。

    画像

    #創䜜倧賞2025 #゚ッセむ郚門

     
     
     
    2005幎、岐阜県郡䞊垂の小さな山里で地芝居を埩掻させた「気良歌舞䌎けらかぶき」です。玠人が本気で舞台に立ち、次䞖代ぞず䌝えおいきたす。 新たな取り組みずしおNFTや海倖発信にも挑戊䞭。

    あなたぞのおすすめ