
化粧のあとに⑪エピローグ
ホテルの鏡に、素顔があった。
白粉も、紅も、ない。ただの顔だ。
水を掬って、顔を洗った。
早朝のお初天神に、人はほとんどいなかった。
商店街のアーケードはシャッターが閉まっている。車の音も聞こえない。
頭上には聳えるビルの谷間に青空が見える。参拝者は、数人の女性だけだった。
参道の入口に、アニメ風のお初と徳兵衛が立っている。両側にはハート型の絵馬が並んでいる。
奥に、青銅像があった。二人が座っている。
像の前に立った。
二人の手は、重なっている。
その手に、手を伸ばしかけて、やめた。
誰も来なかった。
頬に風が触れる。まだ何も塗っていない頬だった。
カチャカチャ。
風に揺れて絵馬が鳴った。
九月、この芝居をやる。
その日、この頬にふたたび白粉をのせる。
シャッターの閉まった商店街を抜けて、駅へ向かった。素顔の頬に朝の風が当たり、絵馬の音が、しばらく背中に残っていた。