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Photo bynanjyoushi_zaka

別れのチョコレート #シロクマ文芸部

    なかひろし

    ゆっくりと、わたしは感覚を麻痺させていく。

    会ったときから、ケンの表情は固かった。
    カフェに入り、ホワイトデーのチョコレートをわたしに渡すときも、ケンはぎこちない笑みを浮かべていた。
    だから、カフェを出てケンが「話がある」と言ったとき、わたしはその内容を容易に想像できた。

    「別れよう」
    寒空の下、公園のベンチに座ったあと、わたしの顔を見ずに、前を向いたままケンが言う。

    わたしはまず、聴覚を麻痺させる。
    「君のことは大切に思っているけど、今は仕事に集中したい」というケンの言葉を、わたしはお経と同じように聞いた。

    次に視覚を麻痺させる。
    わたしの好きだったケンの横顔は、仕事にくたびれたおじさんが、電車の中で見せる表情にそっくりだ。

    次に触覚を麻痺させる。
    ケンの手を握ってみる。ケンは驚いた顔を見せたが、わたしの手を包み込むように握った。
    しかしその手のぬくもりは、汗を拭いたタオルと変わらない。

    次は嗅覚を麻痺させる。
    ケンの手を振りほどき、先ほどもらったチョコレートの箱を、わたしはおもむろに開け始める。ケンは目を丸くしている。
    チョコレートの香りは、トイレの芳香剤と似たようなものだ。

    次は味覚を麻痺させる。
    箱の中から出てきた、小さくて宝石のようなチョコレートを、わたしは一つ取り出し、口の中に入れた。
    長く噛んだガムと同じ味が……するはずだった。

    ほんのわずかな甘さが、口の中に広がった。
    その甘さに、わたしの感情は蘇ってしまった。

    ひとしきり泣いたあと、わたしはケンにこう言った。
    「別れ話をするのに、ホワイトデーを選んじゃだめだよ」


    小牧幸助さんの企画に参加させていただきました。

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