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夜明け前のミュンヘンで

    ケント

    怒りなのか焦りなのか悲しみなのか後悔なのか。
    眠さを通り越すと自らの感情すらわからなくなってくる。

    急遽もらった2週間の休暇を使ったひとり旅。
    パリを出発し、まずはアイルランドのダブリンへ飛び、その後は中央ヨーロッパを中心にドイツのベルリン、チェコのプラハ、ハンガリーのブダペスト、オーストリアのウィーンなどを飛行機やバス、電車で移動してきた。
    そして最後、ドイツのミュンヘンからは直接バスでパリに戻る予定だった。

    そのバスが来なかった。



    行ったことのない場所に行ってみたい。
    内から湧き出る好奇心のままにこれまでもいろんな国を旅してきた。学生時代も社会人になってからも。
    気づいたらその数は50に達していた。
    長い休みができるたびに、旅行の計画を立て、実際に旅路についた。

    そんな僕だけど、子供の頃は海外が怖くてたまらなかった。
    小学2年生くらいの頃、家族で行ったオーストラリアへの旅行でトラウマ的経験ができてしまった。
    人混みで親とはぐれてしまったのだ。
    結局、すぐに見つかったものの、それ以来なんとなく海外を忌避するようになった。
    また、それゆえ英語の勉強も苦手だった。

    僕は外国人や海外という土地、全てを含めて怖いと思っていた。
    だから学生の頃に留学した経験はないし、しようと思ったこともない。
    若い頃から留学などで海外での長期滞在を経験していた人だったり、海外の大学に通っていた日本人と知り合う機会がある。
    彼らには、今でも本当に尊敬の念が湧く。

    そんな僕が海外に興味を持つようになったきっかけは、高校生の頃だ。
    2年生の頃に行った修学旅行。行き先はハワイ!
    コーヒー農園に行き、現地の美味しいものを食べ、海に入る。
    それまで感じてた海外に対する怖さは、楽しさによって全て払拭されたのだ。
    なんだ!全然怖くないじゃん!

    大学に入ってから、台湾へひとり旅に行った。
    これが僕にとって初めてのひとり海外旅行だ。
    その異文化体験、そして心から楽しめたこの自由さ。
    それ以来、僕は海外ひとり旅に完全にハマってしまった。

    卒業後、一度日本で普通に就職するも、徐々に海外への憧れが強くなっていく。
    そして25歳の頃に脱サラし、フィリピンへ英語の勉強をしに行き、そのまま就職した。
    その後はジョージアでノマド修行をしたり、今はフランスでワーホリをしている。



    海外で生活するのは楽しい。
    日々新たな発見の連続で、つらいこともポジティブに受け止められる。
    昔から自分に自信がなかった僕でも、海外で生活しているという事実に少し自信を感じることがある。
    孤独さえも自信に感じる瞬間がある。
    だから、海外という場は自分を強くさせてくれると思う。
    けど、楽しさで言うと、やっぱり一番は旅をしているその瞬間だ。

    しかし僕には資金がそれほどあるわけではない。
    これまで安定しないフラフラした生活をし続けてきてしまった。
    だから仕方のないことかもしれない。
    学生の頃に低予算の海外旅行を始めて、大人になっても続けてきた。
    その結果、僕は貧乏旅行のプロになってしまった。

    移動はもちろん4列シートの長距離バスかLCCの飛行機。
    泊まるのはもちろん格安ドミトリー。
    他にも、騒がしいバス内、明るい空港のベンチ、それに24時間営業のマクドナルド。
    これまでいろんな場所で夜を明かしてきた。
    観光をしていても、街の中を歩いて移動したり、レストランに行かずにスーパーでご飯を調達したり。
    なるべくお金を使わずに過ごし、その分浮いたお金でまた別の旅に繰り出した。

    ただ、もう30歳。
    いくらたくさん旅をしたいからと言っても、こんなに老骨に鞭打つ過酷な旅を続けていいのか。
    ヨーロッパの旅は陸路で国から国を巡れる楽しさがある。
    それでも今回、2週間こんな旅を続けてきた結果、身体中に痛みや疲労感を感じるようになっていた。

    とはいえ、こんな旅に充実感をおぼえている自分はいる。
    かつて、僕は20歳前後という「何をやっても許される年頃」に海外に挑戦できなかった。
    今こうしてあえて過酷な旅をしているのは、この後悔が元になっている気がする。
    だから、それを乗り越えた達成感に強い快感がある。



    ドイツ南部に位置するミュンヘン(München、英語はMunich)は、とても大きな街だ。
    自動車メーカー「BMW」の本社や、FCバイエルン・ミュンヘンという強豪サッカーチームがあることで知られている。
    また、毎年秋には「オクトバーフェスト」というビールの祭典が開催され、世界中から人が集まる。

    そんな大都市ミュンヘンは夜でも明るい街だ。
    真夜中でも電車は走り、いくつかのお店は営業を続けている。
    そんなミュンヘンの中央駅から歩いて5分の場所に、バスターミナルがある。
    ドイツ国内だけでなく、ヨーロッパ各地に向かうバスがここから出発する。

    昨日の朝4時、空はまだ暗い中、僕はひとりでバスターミナルへ向かっていた。
    マクドナルドで夜通し時間を潰し、これから乗るバスに備えていた。
    4時半にミュンヘンを出発して、18時にパリに到着する予定のこのバスは、なんと22ユーロ(約4000円)という破格の値段だった。
    ブルガリアのバス会社「Union Ivkoni」が運行するこの格安バスで、僕は2週間の旅を終えるつもりだった。

    その時間が来た。
    僕はバスターミナルでじっと待ち構える。
    しかし、パリに向かうバスはどこにも見当たらない。
    それどころか、この時間、バスは一台も停車していない。
    壁にかかっている電光掲示板にも、僕が乗る予定のバスは表示されていない。
    どうしたものか。

    すでに眠さはピークを超えていた。
    マックで飲んだコーヒー(まずかった)の効果もあり、なんとか一睡もせずにここまで過ごせていた。
    しかし、頭は冴えない。
    今起こったこの状況をうまく処理できず、自分の感情もよくわからなかった。



    その時、一本のメールを受信した。

    Hello,
    We would like to inform you that your bus is moving with a delay of 90 minutes.
    (あなたのバスは90分遅れで運行されることをお知らせします。)

    特に謝罪もない簡素なメールだった。
    送信元はバス会社からの正しいメールアドレスだったが、バスの詳細などは書かれていない。
    本当にこれで合っているのか。
    不安な気持ちになった。

    そこで、会社のホームページに書かれていたカスタマーサービスのメールアドレス宛に、メッセージを送ってみることにした。

    「バスは(今から90分後の)6時にミュンヘンに到着しますか?」
    また、バスの予約番号や時間、目的地などの詳細も書いて送ってみた。

    数分後に帰ってきた返信は、たった一言だった。

    yes

    呆れた。これでは何もわからない。

    もはや怒りの感情はない。
    ただ、早朝のこの時間にメールが返ってきたため、まだ望みがある。
    念押しのメールを送ってみた。

    「電光掲示板にバスが見つかりませんが、6時にバスターミナルにそのバスは到着しますか?」

    すると、またも数分後にメールが返ってきた

    Yes, the bus will be in Munich at that time, it stops near the toilets at the bus station around the 17th sector.
    (はい、バスはその時間にミュンヘンにいます。トイレ近くのセクターに停車します)

    よっしゃ!ひとまずバスはここに来る。
    喜びの感情に変わった。
    それから1時間少々、中央駅や地下街をうろちょろしたり、おやつを食べたりして時間を過ごした。
    4月とはいえ、夜明け前はとても寒い。
    吹きさらしのバスターミナルは寒すぎるから、建物の中で暖をとった。



    空が明るくなるにつれ、頭は冴えてきた。
    徹夜で朝を迎えてしまった。
    バスターミナルにいた僕は、6時になったことを確認した。
    しかし、バスはいない。

    ちょうど、他のバス会社が運行してるパリ行きのバスが停車していた。
    運転手に話を聞いてみるも「知らない」の一点張り。まあそうだろうね。

    そこから10分ほど待ってみたがまったく来る気配がない。
    次はメールに記載されていた番号に電話をかけてみることにした。
    ブルガリア語らしき自動音声が流れた。すぐに切りたくなった。
    しかし、よく聞いていると、英語でも対応してくれるとのこと。
    電話がつながった。

    「今、ミュンヘンのバスターミナルで、ここからパリに向かうバスを待っている。バスはいつ来るのか?」
    簡潔な英語で聞いてみた。
    担当者は少し調べてから電話越しに伝えた。

    It's coming! Ten minutes!

    本当か?でももう一度信じてみよう。
    気づいたら電話を切られていた。

    10分後、まだバスは来ていない。
    もう10分粘ってみる。
    時刻は6時半、当初の出発時間からすでに2時間が経っていた。
    まだ来ない。

    もう一度電話をかけてみる。おそらく同じ担当者につながった。
    再び聞いてみると、彼は少し調べてから叫んだ。

    It's coming! Seven o'clock!!

    さっきのTen minutesはなんだったのか?
    しかし、これが一縷の望み。
    7時には来るとのこと。ならば待ってみるか。



    朝7時、完全に明るくなった空の下、街が動き出した。
    行き交う車の量は増え、バスターミナルにもたくさんの人が来ていた。
    ターミナルに入ってくる多くのバスを一つ一つ確認する。
    そのとき、一台の見たことのないバスがターミナルに入ってきた。
    車体には「Union Ivkoni」の文字が書かれている。
    Eチケットにあるものと同じあのロゴマークだ。

    これだ!!!

    そのバスはバスターミナル内の、バス停ではない路肩に停車した。
    バスから降りた乗客数人がトイレに向かって走っていた。
    降りてタバコを吹かしている運転手に、Eチケットを見せてみた。
    「OK, here」と一言。
    遅れたことを認識してないのか、謝罪も何もなかった。
    しかし、バスはこれで合っていた。

    結局、当初の出発時間から2時間半も遅れての出発となった。

    このバスはブルガリアのソフィアからフランスのレンヌまでの超長距離路線。
    おそらく全て乗ると丸1日以上はかかるだろう。
    だから、遅れるのは仕方ない。
    ただ、この会社の対応は最悪だった。
    来るかもわからないバスを待っている時間は永遠に等しい。しかも夜明け前。
    不安な時間を過ごしたから、バスに乗れた時は安心感で泣きそうになった。



    その瞬間は大変。
    でも、過ぎ去った思い出はすべてが美しくなる。

    もうこんなこと二度としない!
    こんな貧乏旅行は精神をすり減らすだけ!

    そんな誓いも虚しく、気づいたら再び同じ状況に身を置いていたりする。
    人生なんてそんなことの繰り返し。
    それでも楽しい瞬間があるなら全然良いじゃん。
    少しは成長しているし、前回の自分じゃ気づかなかった自分に出会えるよ。

    異文化体験、そして心から楽しめた自由さ。
    学生時代に感じたひとり海外旅行の楽しさは今でも感じている。
    だから僕は今でも旅をやめられないんだろう。

    夜9時、無事にパリの自宅へ帰れた。
    ホッとするのも束の間、僕は次に向かう旅の準備をし始めた。

    これからもパリでの生活は続きます。




    ↓ワーホリのきっかけなどはこちらに書いてます。

     
     
     
    やってみて、考えて、言葉にする。日々の暮らしで見つけた小さな気づきを、自分なりの言葉でまとめています。 フリーランスとしてWeb制作・マーケティングに携わる32歳。フィリピン就職、ジョージアノマド生活、フランスワーホリを経て、大阪在住。旅と本と野球とお酒のために生きている。

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