見出し画像

普通の人生に馴染めない僕らでも社会を生きるしかない

引っ越した。
これが何度目の引っ越しかはもうわからない。

25歳で海外に出て、帰国しても実家やシェアハウスで生活してきた。
こうして日本で安定した生活をするのは本当に久しぶり。
洗濯機や冷蔵庫、電子レンジや布団など、いざ一人暮らしを始めると本当に出費がかさむ。

31歳になってようやく始めた安定した生活。
でも、まだまだ僕には落ち着く気はない。
というか、落ち着くことができない。

これまで社会に対してずっと感じてきた悩み。
周囲が少しずつ安定した生活を築いていく中でずっと感じてきた、どこか地面に足がつききらない感覚。

けど、実際のところ、会社を辞めて海外へ出てから、そんな自己嫌悪感は少しずつ減っていた。

最近は「多様な生き方」や「ダイバーシティ」という言葉をよく聞く。
けど、本当はね、「普通」から外れるほど、生きる難易度は上がっていくんだよ。
ただ自分に素直になっているだけなのに。

曖昧な感情を探っていくたびに、世間のロールモデルから少しずつ離れていく感覚。

だから、いつもこの社会とどうつきあっていくかばかり考えている。



僕は別に、最初から「普通じゃない生き方」をしたかったわけではない。
むしろ、できることならみんなと同じように「普通」に生きていきたかったし、そうできると思っていた。

大学を卒業して、新卒でIT企業に入った。同期は300人いた。
スーツを着て、満員電車に揺られて会社へ向かう毎日。
これから長く働いて安定したキャリアを築いていく。

当時はそれが当然のことだと思っていたし、自分もそのレールに乗るんだろうと思っていた。

けど、働き始めて1年が経つ頃には、少しずつ違和感を感じ始めていた。

仕事そのものが完全に嫌だったわけではない。
ただ、どれだけ勉強しても理解が追いつかないし、うまく順応できない。
同じルーティンを繰り返す毎日の中で、
「この働き方を何十年も続けるのか」と考えるようになった。

オフィスに行けば、いつもとても優秀な人たちに囲まれていた。
だから、この環境でやり切らないと、といった焦りの気持ちが生まれていた。

ただ、みんなが当たり前に受け入れている価値観を、僕はどうしても受け入れられなかった。

昇進や年収アップ。社内政治。
定年まで働き続ける安定したキャリアステップ。

もちろん、どれも大事なものだと思う。
けど、それらを人生の中心に置こうとすると、なぜか息苦しくなった。

当時、連休ができる度に海外へ一人旅へ行っていた。
海外が好きだったけど、どこか現実逃避の気持ちもあったと思う。
ただ、飲み会でそんな旅の話をしたところで、周りはうまく反応してくれない。
次第に周囲との温度差を感じることが増えていった。

少しずつ僕はプライベートを隠すようになった。
自分の楽しさは自分だけが感じていればいい。
フルマラソンを完走した翌日に、何も話さずにオフィスで働いたこともある。

一方で、外に出たい気持ちは大きくなっていった。
他の仕事を模索したり、noteを始めたりと、自分なりにいろいろと動き始めた。
今振り返ると、僕はひとつの狭い場所に固定されることに対して、ずっと抵抗感があったんだと思う。



だから、一度会社を辞めて海外へ出た時は、かなり解放感があった。

誰も僕のことを知らないし、年齢も肩書きも関係ない。
日本で感じていた息苦しさから、一度距離を置けた気がした。

今後のことが何も決まっていなかったから、将来への不安は強く感じていた。
それでも、英語を勉強しながら仕事を探し、そのまま運良くフィリピンで就職できた。

日本で働いていた時には、会社員として生きていくしかないと思っていた。
東京出身ゆえに、東京で働く選択肢しか見えていなかった。
けど、一歩外へ出たことで、世の中にはいろんな働き方や価値観があることを知る。

実際、海外での生活は自分に合っていた。

外国の人たちと、異なる言葉や文化の中で生活する。
その環境では、僕が日本で感じていた「普通に対する違和感」が、全く気にならなくなっていた。

ただ、海外へ出たからといって、悩みが全部解決したわけではない。

その頃にコロナ禍が始まった。
ビザも止まり、海外生活は一気に不安定になった。

日本に帰り、実家からフルリモートで働きながら、移住の機会を待ち続けることになった。
それから1年半も日本で過ごし、やっと現地へ行けた頃には自分の熱量が下がっていた。

念願叶って実現した海外就職だったけど、下がったモチベーションは回復しなかった。
結局、現地では6ヶ月だけ働いて退職してしまった。
いよいよ自分が何をしたいのかわからなくなった。

これまで感じていた抵抗感から解放されるために新たに活路を見出した。
でも、海外へ出ても、結局また「会社員として働く日常」に戻っていた。

その後に行ったジョージアでは、海外ノマドのような生活も試した。
でも、現実はそんなに簡単じゃない。

結局、フリーランスとしてはうまくいかず、帰国。
再び東京で会社員になった。

たぶん僕は、「自分が社会と自然につながれる接点」を探していたんだと思う。

会社員は完全には馴染めない。
でも、自由だけでも不安定になる。

仕事をすること自体は好き。
でも、自分が苦しまずに働ける場所がなかなか見つからなかった。



最近、僕の周りでも、こういう感覚を持っている人が増えている気がする。
時々、僕自身もDMで相談を受けることがある。

「会社員として働いているけど、このままでいいのか分からない。」
「安定は欲しいけど、これまでの働き方には息苦しさを感じる。」

副業を始めたり、地方移住を考えたり、海外に興味を持ったり、SNSで発信を始めたり。

みんなそれぞれ、自分なりの「逃げ道」や「接続方法」を探しているように見える。

「悩みを共有できる仲間だと思っていた人が、気づいたら遠くに行ってしまった。」
そんなことを話す人もちらほらいる。

少し前までは、良い会社に入って長く働くという価値観が当たり前のものだった。
けど今は、それが「正解」ですらなくなってきている。

特にここ数年は、コロナ禍や生成AIの影響も大きい。

働き方は急激に変わったし、今まで安定だと思われていた職種も、急に不安定になった。
ありもしない「正解」を探し続けていると、時代の変化に置いていかれる。

とりわけ、AIの進化は目まぐるしい。
これまで真面目にコツコツと積み上げてきた技術が、ある日突然、AIに置き換えられるかもしれない。

だから最近は、これまでとは異なる特性が求められるようになってきた。

肩書きや経歴よりも「何に興味を持ち、どう動いてきたか」。
その人自身のストーリーが重要になり始めている。

そして、そういった人たちが、少しずつ居場所を見つけ始めているようにも見える。

もちろん、自由な働き方にはリスクもある。
実際、僕自身がかなり苦労してきた。

だから、「会社員を辞めるべき」と言いたいわけではない。
辞めなくていいなら、それが一番だ。

ただ、昔よりもずっと多くの人が、
「このまま普通に働き続けるだけで、本当に大丈夫なんだろうか」
という違和感を抱えながら生きている気がする。



僕自身、IT業界にいたからこそ、最近のAIによる時代変化はかなり強く感じている。
正直、ここ1〜2年は異常なスピードで世界が変わってきた。

これまで何年もかけて身につけてきた技術や知識が、急速に価値を失う可能性が出てきた。
SFのような出来事が現実に起きている。

もちろん、AIによって便利になることも多いし、そもそもAIはツールでしかない。
実際、僕もかなり助けられている。

けどその一方で、「真面目に正解をなぞること」の価値は、少しずつ下がっている。

言われたことを正確にやり、用意された課題の上で成果を出す。
そういった優等生的な働き方が、以前ほど強く機能しなくなっている。

少しずつ「普通の人生」の正解が崩れていく。
だから、多くの人が不安になっている。

最近はむしろ、
何に違和感を持ち、何に興味を持ち、どんな経験をしてきたか。
会社の名前ではなく、何を考えて、どう動いてきたのか。

そういった「その人らしさ」を伝えられる方が、より価値になり始めている気がする。

ひとつの肩書きではない、複数の領域を横断してきた経験。
効率だけでは測れない人間臭さ。
役に立たなそうな遠回りの生き方。

少し前までは「キャリアのノイズ」だと思われてネガティブに映っていた要素が、
今では少しずつ意味を持ち始めている。

だから、これまで「普通」に馴染めなかった人たちにも、
少しずつ居場所が生まれ始めていると思う。
たぶんね。

加えて、僕がずっと感じてきた「普通に馴染めなかった感覚」も、
欠点ではないのかもしれないと思うことがある。

実際、僕が今お世話になっている会社では、
社長から「海外経験」や「横断的なキャリア」を評価してもらい、仕事をさせてもらっている。

しかし、理想論だけで食べていけるほど世の中甘くはない。
好きなことだけで生きていけるほど、社会は優しくない。

結局、社会との接点は必要だし、価値を出せなければ仕事にはならない。
どれだけ個性や経験があっても、社会の中で価値として伝わらなければ、仕事にはつながらない。

ただ少なくとも、「ひとつの正解に適応し続けること」だけが、生存戦略ではなくなってきている気がする。



3月から、業務委託として大阪のマーケティング会社で働き始めた。

主な仕事は、Web制作やマーケティング支援。
最近は、営業や企画のような仕事にも少しずつ関わるようになった。

正直、昔の僕だったら、「営業」という言葉にかなり抵抗感があったと思う。

数字、売上、競争。
そういうものとは距離を置きたかったし、関わりたくなかった。

けどこの会社では、そういった評価の下で働いていない。
むしろ、自分の思いや考えを尊重してもらいながら働けている。

実際に仕事をしてみると、営業とは単なる「売り込み」ではなかった。

相手が何に困っていて、自分たちは何を提供できるのか。
つまり、「自分と社会をどう接続するか」を考える仕事でもあった。

どれだけ良い考えや経験を持っていても、
社会の中で価値として伝わらなければ、仕事にはならない。

自分に置き換えると、ちゃんと価値を届けられれば、
「普通のレール」から外れた経験も、誰かの役に立つ可能性がある。

海外経験も、フリーランス経験も、遠回りしてきたキャリアも。

以前は「ノイズ」だと思っていたものが、今は少しずつつながり始めている感覚がある。

営業やマーケティングの仕事は、僕にとっては未経験の領域だった。
でも、これまで遠回りしてきた経験が、思っていた以上に仕事に活きる場面も多かった。

もちろん今でも、自分がいわゆる「普通の社会人」として適応できているとは思わない。
それに、これからも、いわゆる「普通の人生」には馴染みきれないと思う。

けど最近は、無理に誰かの正解に合わせるよりも、
「自分の特性を理解した上で、どう社会に貢献できるか」
の方が大事なんじゃないかと思っている。

自由に生きたい。

でも、社会から降りたいわけじゃない。

むしろ、こんな自分でも、
ちゃんと誰かの役に立ちながら生きていきたい。



たぶん僕はこれからも「普通」になれない。

安定したキャリアを築いて、同じ場所で長く働いて、ひとつのコミュニティに所属し続ける。
そういう生き方には、これからも違和感を持つし、自分ができないものと拒絶してしまう。

だけど、別に社会から降りたいわけでもない。

誰とも関わらずに生きたいわけじゃないし、
ちゃんと働いて、誰かの役に立ちながら生きていきたい。

最近は「会社員かフリーランスか」「安定か自由か」という単純な二択じゃなくて、
いろんな選択肢から「自分なりにできること」を探して試すことの方が大事なんじゃないかと思ってる。

もしかしたら、今の時代を生きている多くの人が、同じような感覚を抱えているのかもしれない。

「普通」に馴染みきれない。
でも、社会から完全に降りたいわけでもない。

だからみんな、
副業を始めたり、地方移住を考えたり、海外に興味を持ったり、SNSで発信を始めたりしながら、
それぞれのやり方で、社会との距離感を探っている。

正直、僕もまだ答えは分からない。
31歳になった今でも正解にたどりついてないから、
これからも働き方も、住む場所も、価値観も変わっていくと思う。

でも、今は昔ほど「普通の人生」の正解を信じなくなっている。

だから、大事なのは、誰かの正解に無理やり合わせることじゃなくて、
「自分はどういう環境なら、苦しまずに社会とつながれるのか」
を探し続けることなんじゃないかな。

普通の人生に馴染めない僕らでも、結局、社会と関わりながら生きていくしかない。

だったらせめて、自分なりにできることを探しながら生きていきたい。

いいなと思ったら応援しよう!