持っているものに目を向けられない
帰り道には解放感もあったけど、どっちかというとモヤモヤした気持ちの方が大きかった。
上手くいかなかった時って、そのネガティブな気持ちにいろんな思いが吸い寄せられちゃって、体全体がネガティブなオーラに包まれる。
そんな時に、無理に気分を変えようとしたところで現状は何も変わらないし、むしろ変えようと必死にあがいている自分が強烈にダサく思える。
昨日はフランス語の検定を受けてきた。
受験をしたのは、仏検2級という試験。
一応真面目に勉強はしていたけど、手応えはほぼない。
自己採点の結果も合格点にあと数点届いていなそうな感じ。
フランス語の勉強を始めて2年くらいが経った。
それから半年後くらいにフランスへワーホリに行くことを控えたタイミングで、独学で勉強を始めた。
1年間過ごしたフランスでは、最初に2ヶ月だけ語学学校に通って、あとは特に学ぶことはなかった。
けど、四六時中フランス語に囲まれる環境だったから、通う必要もないと思っていた。
加えて、接客仕事やヒッチハイクなど、強制的にフランス語を使う機会もたくさんあった。
でも、1年間の滞在が終わっても、まだまだ自分の中で話せるようになった感覚はない。
そんな状態で日本に帰ってきたもんだから、フランス語は伸びずじまい。
当然フランス語に触れる機会は極端に減ったし、どんどん単語や文法が抜けていく感覚。
せっかく頑張って手にした一つの能力であり個性。
これ以上取りこぼしたくなかった。
だから、実力を保つため、というより悪足掻きのため、って感じで試験を受けることにした。
僕の周りにはポジティブな人が多い。
これは僕の自慢だ。
ゲストハウスの住み込みスタッフをしていた時、何度かフランスから来たお客さんがいた。
僕はカタコトのフランス語を使って対応してみた。
本当は英語でも良かったんだけど、少しでも喜んでもらいたかったからね。
その様子を見た他のスタッフからは、驚かれ、そして褒められた。
その時の僕は「カタコトで本当に申し訳ない」という気持ちが強かった。
もっと上手くコミュニケーションを取れたら、もっとここでの滞在を楽しんでもらえたかもしれないのに。
けど、僕のネガティブな気持ちに反して、周りのスタッフからはポジティブな印象を持ってもらったのだ。
ありがたいと言うより、嬉しい。
昨日の試験の帰り道、この1週間集中して取り組んだ勉強のことをなんとなく振り返った。
とはいえ1週間。これが1ヶ月とか半年の単位で勉強していたらもちろんもっと結果は良くなっていただろう。
しかし、今はそんなこと言っても無駄だ。
この1週間は確かに勉強を頑張ったけど、やっぱりそれだけで受かるほどの知識が自分にはなかった。
背伸びをしたかっただけなんだけど、ただただ力不足だった。
結局、持っているものに目を向けるかどうか、ということなんだろう。
いつもいつも、僕は「ない部分」ばかり気にして、ネガティブな気持ちになってしまう。
どれだけ勉強や仕事、挑戦によって、経験から来る新たな「モノ」を獲得しても、いつもいつも持てていない「欠けている」自分ばかり自覚してしまう。
だからネガティブになるし、自信も持てなくなる。
どうやったら、「持ってるもの」を真面目に見れるのだろう。
試験が終わった時に抱えたネガティブな気持ち。
試験に受かってる感覚が少しでもあればな。というより、もっと勉強していたらな。
このネガティブは、自分の持っていない能力が表面化してしまったことによるものなのだろう。
試験に受けなければ気づくこともなかった「持っていない自分」。
試験を受けたことによって気づいてしまった「持っていない部分」。
わざわざその機会を作ってしまい、息を吸うようにその足りない自分に反省している。
なんだかんだ言ったけど、基本はポジティブに過ごせている。
でも、ふとした時、何かのきっかけでぶわっと不安が襲ってきてネガティブの底に突き落とされる。
レールを外れた人生にようやく振り切れてきた。
9月までしていた就職活動では、いくつかのIT企業から内定をいただき、正社員としてオファーしてもらえた。
ITの仕事からしばらくブランクはあったし、自分の実力は同世代の人ほど高くはない。
それでも、僕のポテンシャルや経験を評価してくれて、条件良く採用したいと伝えてくれた。本当にありがたい。
IT企業はAI隆盛期の今でも、まだ人材不足なんだろうか。
しかし、悩んだ結果、僕はそれらのオファーを全てお断りすることにした。
選んだのはあまり条件の良くなかったパートタイムの業務委託の仕事。
なぜなら、この会社は「アフリカのIT支援」を大義に掲げたベンチャー企業だったから。
僕が給料とか待遇で仕事を選んでしまったら、また元通りになってしまう。
レールに乗った人生が嫌で、自主的に外に出てきたのに。
これまでレールを逸れては戻るを何度か繰り返してきたけど、もうそれとはおさらばだ。
進路の決断で生まれた迷いは未来の自分に返ってくるからね。
その怖さに気づいて冷静になった僕は、そのタイミングでオファーをいただいた「アフリカのIT支援」のベンチャー企業と契約を結んだ。
お金や地位よりも、得意なことを活かしつつ社会貢献をしたい。
それが本当の気持ちだと気づいたから。
そうやってレールを外れていきたいと思ったから。
そのおかげなのか、ふと気づくと人間関係を始めストレスをほとんど抱えずに生活している。
毎日楽しいと言えば楽しい。平日も仕事中も楽しい。
今では当たり前に思えている一つ一つが実は幸福だったのかもしれない。
僕の周りには優しい人が多い。
これも僕の自慢だ。
ゲストハウスでのスタッフは予定通り2ヶ月で終わり、同じオーナーが運営しているシェアハウスに住み始めた。
オーナーに柔軟に対応してもらい、そういった機会をいただくことができた。本当に本当に感謝。
だからこそ、この感謝の気持ちをもっともっと返したい。
周りを見渡すと、困ってる人に救いの手を差し伸べたり、せめて声をかけたり、みんな優しくしてくれる。
もれなく全員してくれる。
義理とか人情を大切にし、目の前の人に対して大事に接してくれる。
こんなの当たり前じゃないよなあ。
でも、僕はみんなと同じような行動ができているのだろうか。
考えるとちょっとまたネガティブになってしまいそう。
だから僕は返したい。
人に社会に世界に、これまでの恩のすべてを返したい。
アフリカのIT支援の仕事も、その気持ちの一つだ。
仕事である以上お金は稼ぎたいけど、それ以上に社会貢献という名の恩返しをしたい。
この仕事は、それがストレートにできる仕事だと思った。
だから迷いなく始めてみた。
1ヶ月が経った今、ようやく概要が掴めてきて、勢いに乗ってきた。
今ではプログラミングもしているし、Webデザインもしているし、英語もフランス語も使っている。(注:アフリカは英語のみならずフランス語を使う国が多い)
自分が持っている経験をこれでもかと活かせる場所ができた。
こんなに嬉しいことはない。
だからあの決断は間違ってなかったと、最近強く実感している。
ふと気づくと所持金はかなり減っていた。
そりゃ固定の仕事を離れて5ヶ月も経っていたから当然のことなんだけども。
薄々その事実には気づいていた。
でも、なんとなくそれを見ないようにしていたのは、焦らないようにしたかったから。
これもひとつのネガティブ回避術。
お金のことを考えて焦ってものごとを考えたり決断したり。
それが自分にとって良い方向にいかないのはこれまでの経験から反省済み。
プライドもあるし、他人からの目を気にしているのもある。
実際、腰も重かった。
本当は泥臭くバイトでもなんでもすれば良かったけど、なんかできなかった。
でも、これはこれで自分が自分らしく生きられるようになったことなんだ、ということだけはわかる。
とはいえ、社会貢献もいいけどまずは生活費を稼がないと。
本当はもっと焦った方が動けるのかな、なんて思ったりもする。
でも、今やってる勉強とか仕事とかが、いずれお金に変わると思ったら泥臭くなれなくなってしまう。
これって良くないのかな。
でも今日も楽観的に過ごせてるよ?
成長による功罪なのか?
あの時ああしておけば良かった。
そうやって後悔ばかりしてきたけど、これも「持ってない」ことを見てしまうから。
でも、「もっとできたな」って思いを持つことで次の行動に結びつくなら、それは悪くないのかもしれない。たぶん。
結局、自分が良ければそれでいい。
どうせそんなちっぽけな後悔なんてすぐに忘れるんだから。
だから思う。
自分の性格にあった生き方をしつつ、程よく「ハッピー」に結びつけられたらいいんじゃない。
役に立つとか立たないとか、使えるとか無駄だとか。
そんな指標で物事を捉えるのをもうやめる。
そして、自分がしているその行動をちゃんと自分で認識した上でポジティブになれたかどうか。
そういった観点で見ていきたい。
フランス語話せるなんてすごいじゃん。
プログラミングできるなんてすごいじゃん。
社会貢献したいって思えるなんてすごいじゃん。
驕りとかじゃなくて、素直な感情でこれらを認識できたら、もっと人生は楽しくなるんだろうなー。
、、、ってそうやって綺麗な結論をつけても、そこにちゃんと気分が乗るかはわからないんだけどね。
だから同じようなことをまた悩む。
早よ気づけ30代よ。
で、ひとまず今が良いならそれで良いか。
試験の落ち込みも一夜明けたらどこか飛んでっちゃったしね!
銀行口座のアプリ開いたら残額3万円だって。
まァ酒でも飲んで笑ってればいいか!
