
第10章 人生は、もう一度止まった。
「菅原は今、席を外しておりまして〜」
受付のお姉さんに助け舟を出した。
「あぁ?」
黒いスーツのおじさんたちがこちらを見ている。
視線がキツい。
「てめぇが菅原だろうが!!」
しくった。社員証を首にかけたままだ。
泥舟だった。
「なにか御用でしょうか?」
「御用でございます! 家賃を今すぐ払ってもらいに来ました。こちらはなんばの○○不動産ですが?」
名刺を見る。
「なんば ○○不動産」
関西のど真ん中だった。
……なるほど。
西日本のファイルを、しれっと渡された理由がわかった。
空気は、実写版ウシジマくんだった。
「払え」
「払えません」
「理由を説明させてください」
100回以上繰り返した説明トーク。
その後の流れも100回やった。
うん、わかってる。
理解はしたが、納得はしていない顔だ。
私だって同じ顔をすると思う。
「すみません、今すぐはお支払いができません。
今月と来月は半額でご容赦いただきたい。
再来月になったら、未払い分を補填します」
これが妥協ラインか。とでもいうような顔だった。
「覚書のドラフトはオーナー様へお送りさせていただきます」
「紙もハンコも要らんよ。ええか? ぜったい約束は守るんで! お前ら話聞いてたよな?」
「うす!!!!!」
覚書の要らない世界だった。
信用は紙ではなく、人で交わされていた。
丁寧にお見送りをさせてもらった。
そこからは気が楽になった。
電話は対面よりはるかに簡単だったから。
そしてこのミッションに終わりを告げるニュースがやってきた。
賃料未払いの飲食店に、国が補助金を出す事を決定した。
背筋がゾクっとした。
経営顧問はこれを待っていた。
いや、この未来を予見していたのかもしれない。
国に家賃を肩代わりしてもらう。
キャッシュを温存するなんてレベルじゃない。
結果として、たった2人の人件費で、億単位のキャッシュ流出を防いだ。
顧問は何もしてない派手なおじさんだと思ってた。
何もしていないように見えて、一番先を見ていた。
業務が落ち着いた頃、
ずっと前から決まっていたかのように調整解雇となった。
今度は、自分で選んだ半ニートではない。本当の失業だった。
「Hello Work。」
行って初めて気づいた。
あの名前は、意外と前向きだった。
ハローワークでの手続きはスムーズだった。
私よりも前に、現場は調整解雇となっていた。
そういう情報がハロワ内でシェアされる仕組みがあるらしい。
ちなみに1ヶ月だけ給料未払いだ。
かなり前から告知されていた計画的な未払い。
それも国から補填された。
もう驚かなかった。
世界は未曾有のバイオハザード。
家に閉じ籠るのが正解のようだった。
次は旅行業が大打撃を受けた。
世界は止まった。でも、私は旅に出た。