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第7章 結果を出しても、評価されない

    家は完成した。
    家族も増えた。
    でも、給料だけは変わらなかった。
    家族を養うことに不安はなかった。

    ただ、自分の努力が評価されないことだけは、どうしても納得できなかった。

    がむしゃらに働いていた。
    塾の講師だったころの伝手で、家庭教師の紹介があった。シフトの隙を狙っては家庭教師をし、家族のためのお金を貯めていった。
    新店リニューアルの初期メンバーにも選ばれ。
    そこでメンバーも変わり環境も変わった。

    「もう辞めたい」と思った。
    自分を初めて客観視できるようになったのが始まりだった。

    理由はシンプル。
    同じ業務なのに自分より圧倒的に給料が高いメンバーが複数いた。
    私はその人たちの数倍売り上げを出しているのに。
    社歴が長い方が給料が高かった。

    「売上に応じて給料が決まる仕組みにしませんか」
    自分の給料が上がることよりも、
    頑張った人が報われる会社であってほしかった。

    申し立ては叶えられる事は無かった。
    多くの人が自分より給料が高かったからだ。
    会社で配れる給料の分配ルールを変えると、多くの人は給料が下がる。

    歩合制を希望していた私ともう2人の給料が上がる代わりに、その他20名の給料が下がることになる。
    インタビューの結果、多数決で勝てるわけも無いと悟った。
    無理ゲー過ぎた。

    ならばせめて戦うフィールドを変えるべきだ。

    会社で新規事業のアイディア大会があった。
    全くゼロから土俵作りをする新規事業なんて博打だと思った。
    そこで私はポップ制作事業を提案した。
    全国に何百とある店舗で似たようなポップを出すのだから、1店舗で作ったのを全店舗でミラーすべきだと。
    内部需要に応えながら、スキルを磨いて外に飛び出せば良い。
    そんなロードマップもつけた気がする。完璧だと思った。

    でも、結果は惨敗だった。

    「既存の事業者様とお付き合いがあるので、継続利用するように」
    新しい事は検討したいが、ステークホルダーとの関係も大事にしたい。
    それが会社の出した結論だった。

    もっとアクティブに働きたい。
    それが給料としてフィードバックされて欲しい。
    その思いが日に日に強くなった。

    思いが引き寄せたのか、ヘッドハンティングの誘いがあった。

    そして、
    自分を育ててくれたドコモショップとは4年のお付き合いでお別れをする事になった。

    次に選んだ仕事は、人生で一番稼げる仕事になるはずだった。

     
     
    大学中退。4年間ほぼゲームだけ。それでも今は、上場を目指す会社で事業グロースに携わっています。 子どもたちに残したいのは、「何度でも前へ進める」という希望。その実話を書いています。

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