
第13章 グロースの答えは、エクセルの外にあった。
「診断しないで薬を出す医者になるな。」
ソニーで、一番最初に叩き込まれた言葉だった。
当時の私は、「現場を見ろ」という意味だと思っていた。
担当のパートナー企業は、東京には居なかった。
北海道の札幌だった。
上司に言われるがままに、先方に会いにいった。
そして初回の資料は、規模拡大の提案だけではなく、先方のルール違反を指摘する資料も付けた。
担当を引き継ぎ、データを分析していたら、ルール違反をして営業をしていることがわかった。
そしてそれを初回の訪問で指摘した。
今にして思えば、最悪のスタートを自分で作っていた。
主目的の「相手を知る」ために、打ち合わせの後、現場を軽く見せてもらった。
超警戒体制。
いつもの資料ではなく、査察用の資料だったと思う。
毎日使いたおすペーパーなのにしわひとつ無かった。
帰り道。
課長「で、お前何がわかったの?」
「警戒されて、実態とは違うものを見せられた気がします」
課長「正解。じゃあ次回の訪問時に、会食に誘うぞ」
2週間後。
17時アポで打ち合わせの後、会食に。
先方の社長がオーナーをしている料亭だった。
VIP用の部屋に通していただき、半沢直樹で役員が悪い会話をする料亭のようだった。
初回訪問で、悪事を捌くような事をし、後悔していると伝えた。
先方の社長は驚いた顔をしていたが、すぐに何かに納得したようだった。
八村社長「立場的にうちは抗弁するあれじゃないですが、菅原さんは営業マンのアクションとしては最悪ですね。僕なら絶対にあの会話はしないっすw」
「私もそう思います。ちなみにテキストも視察用に差し替えてました?ペーパーがやたら綺麗すぎたんですよね」
八村社長「お。鋭いですね。そうですよw 次に何を指摘されるかわかったもんじゃないですからね。でもこうやってこの話をしてくれったってことは、初めて本音が聞けた気がしていいですね! 食い終わったら次の店行きましょうよ」
あの日、初めてパートナー企業の社長ではなく、一人の営業マンとして向き合えた気がした。
課長が言いたかったことが、少しだけ分かった。
私はデータを見る前に、人を見るようになった。
八村社長も、好きでルール違反をしていたわけではなかった。
他にも利益率の高い商材はいくらでもある。
それでも、長い付き合いがあるからと、うちの商材も扱ってくれていた。
事業を続けるためには、そのやり方しかなかったのだ。
先方の中だけで解決しようとすると、確かにそれが合理的だった。
ただ、長期的なお付き合いをしていくためには守ってもらう必要があるルールだった。
お酒の席で八村社長は、2店舗目を出す構想を語ってくれた。
なんならテナントはすでに抑えてあり、あとは内装とメニューを細部まで決めるフェーズだった。
私は飲食コンサル出身だった。
だから店舗運営やメニュー設計はむしろ本業だった。
そこで、先方の飲食事業に対するコンサルを無償でさせてもらった。
もちろん自社の売り上げには何も貢献しない。
ただ、そこで伸びた売り上げ利益を、一部うちの商材を扱う事業部に転換してもらう約束をした。
結果、飲食のコンサルはどハマりした。
褒められたやり方でも組織的な再現性のある方法でもないが、結果としてきちんとルールを守ってもらうことができた。
コンサル時代の経験が、思わぬところで役に立った。
仲を深めようと会食に誘い、本音でぶつかり、信頼関係ができたからこそ、2店舗目の話も聞けたんだと思う。
ただの私の個人スキルだけど、相手の困りごとを解決することで、健全な営業体制の構築ができた。
課長が言いたかったことが、ようやく分かった。
「診断しないで薬を出す医者になるな。」
それは、現場を見ることじゃない。
人を知ることだった。
グロースの答えは、エクセルの外にあった。