
第15章 「正社員になりませんか?」
「菅原、正社員試験を受けてみないか。」
課長にそう言われたとき、私は少し笑ってしまった。
「いやいや、無理ですよ。てか委託から社員になった人なんてこの会社で聞いた事ないですよ」
そう返した。
学歴は大学中退。
半ニート生活を四年間。
ソニーには業務委託として入った。
正社員なんて、自分とは縁のない世界だと思っていた。
「無理なわけないだろ。ちょっと訳あってここんところやってなかっただけだ。そもそもショップ時代は東証一部上場企業で働いていたんだし、今の成果も社員と差分があるわけでもない。むしろ、法令対応については大きな貢献をしてくれている」
通信業界では法令改正が予告され、販売現場は混乱していた。
私はパートナー企業と何度も議論しながら、現場が守れる運用を作った。
課長はその姿を見ていた。
そこが評価された。
パートナー企業との関係性は、常に平等である。
私は課長の教えを守り、関係性を築いてきただけだった。
その関係性が、法令対応を前に進める原動力になった。
課長「当たり前だと思ってる所に、お前の長所があるんだよ。俺の話なんてみんな聞きやしない。心斎橋でランチしながらガン詰した時も、耳の痛いことを自分ごとにし吸収してるだろ? コツコツ積み重ねてるうちに当たり前の事が増えたんだ。今のお前は、自分が思ってるよりけっこうすごいぞ」
「ありがとうございます。チャレンジさせてください」
そこからはとんとん拍子だった。
「部長・役員陣との面接」がセットされ、中途採用と同じ工程を踏んでいった。
最終面接で、役員の口から出た最も苦労した質問があった。
今でも覚えている。
「あなたは、何者ですか?」
言葉が出なかった。
営業成績。
法令対応。
改善活動。
頭の中には実績ばかり浮かぶ。
でも、
役員が聞いているのは、
そんな話じゃない気がした。
「困難を前にした時に、前に進める力があります。」
役員「それは、みんなが持っている力とは違うのですか?」
「正直、周りの働きぶりはわかりません。あまり興味もないです。他人がどんな仕事をしていようが、自分の仕事のパフォーマンスが重要だと思っているので。」
「ただ、パートナーシップを組み、他社と協力して前に進める力は圧倒的だと思っています。」
そこからはあまり覚えていない。前職の話や大変だった事、どう乗り越えたのか色々会話した。「お前は何者だ」と深掘りされていた。
自分以外の事をPRするのは好きだが、自分をPRするのは苦手だった私には深掘りしてくれて助かった。こんなアピール力でよく受かったと自分でも思う。
そう、無事に正社員になれたのだった。
のちに一兆円企業と呼ばれる、あのソニーで。
合格の連絡を受けた日、嬉しさよりも先に、肩の力が抜けた。
コロナで仕事を失い、昼間から子どもと公園を歩いていた日々。
妻は何も言わなかった。でも、きっと不安だったと思う。
妻の父も、なおさらだったはずだ。
「これで少しは安心してもらえる。」
そんな思いが込み上げた。
あの頃の私は、「正社員になる方法」を探していた。
でも、本当に必要だったのは違った。
正社員になるための努力ではない。
正社員として働ける人間になることだった。
あの日、初めて「大学中退」という肩書きより、「今の自分」を見てもらえた気がした。
私を信じ、推薦してくれたチームリーダー、課長、部長には、今でも感謝している。