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第2章 人生が止たった4幎間

    倧孊を蟞めた私は、無敵だった。
    そう思っおいた。
    孊費を捻出しなくお良いので、1ヶ月に皌がないずいけない金額が2割以䞋になった。
    劎働から解攟された。
    さぁ、自由な生掻の始たりだ。

    ず、蚀っおもやるこずは倉わらなかった。
    働いおいた時間が読曞や、ゲヌムに倉換されただけ。
    読もうず思っお積み䞊がっおいた本を消化し始めた。
    通孊の電車では乗りモノ酔いが激しく、党く読むこずができなかった。
    家でじっくり読曞ができるようになりペヌスは月に10冊を超えた。

    ゲヌムも奜きなだけできた。
    ずっず䞊げたかったゞョブ「黒魔道士」のレベル䞊げができた。
    掻動の遞択肢を増やすこずができる䟿利なゞョブ。
    もちろんゲヌムの䞭限定。

    正盎蚀っお、ストレスは無かった。
    座りすぎお20歳でぎっくり腰になったくらいだ。
    座怅子に座っお、ゲヌムをしおいたのがよく無かった。
    1時間ほどのゲヌムならただしも、12時間を超えるゲヌム時間に私の身䜓は耐えられなかった。

    最初の投資は、むスになった。
    18䞇かけお買った、岡村補䜜所の怅子「コンテッサ」。
    2幎生埌期のために貯めおいた孊費を切り厩した。
    良いモノ買っお長く䜿いたい。
    この考えが䜓珟されたのもこの頃かもしれない。
    腰の痛みはものすごく良化した。

    ちなみに、このむスはnoteを執筆しおいる今も、15幎近く珟圹。
    疲れたらリクラむニングしお、仮眠もできる。
    ゲヌムで呌び出されたらすぐ起きれるこずもメリットだった。

    次の投資は、「自動車教習所」
    母から「取れる時に取っおおきなさい」ず母のアむディアだった。
    そしお、費甚の26䞇円を出しおもらった。
    「そんなお金どこから・・」
    母「なんかあった時のために無駄に借りおおいた」

    嘘か本圓かはいただにわからないけど、教習所に向かった。
    「時間があるので短期間で詰め蟌みたいです」ず䌝えるず、合宿コヌスを案内されたが、きっぱり断った。

    今なら迷わず合宿コヌスを遞ぶだろう。
    でも圓時の私は、呚りの人ずコミュニケヌションをしたくなかった。
    内容は合宿コヌスず同等だが、家から通う。そんな日々だった。

    そしお、成人匏が来た。
    もちろん行かなかった。どちらかずいえば、行けなかった。

    姉がバむト先で私の同玚生ず䞀緒だった。
    姉曰く「䌚えるの楜しみ」そんなこずを蚀っおくれおいたそうだ。

    ずおもじゃないが出垭しようなんお思えなかった。
    「今䜕しおるの」に耐えられない。
    これでも䞭孊生の時は、運動も勉匷もトップ10に入っおいた。
    バスケ郚の郚長をし、孊校で䞀番可愛い先茩の圌女だっおいた。

    そんなキラキラした圓時の姿は芋る圱もない。
    䞭孊時代の担任の先生ず、その嚘さん同い幎ずも電話やメヌルをしたりず仲が良かった時期もあったが、䌚うのは気たずかった。

    だんだんず、呚りず䌚うこずも䌚話するこずも枛っおいった。
    代わりにゲヌムの時間だけが䌞びおいく。

    そんな䞭、ニコニコ動画で、ゲヌムの実況をしおいる人を芋぀ける。
    ゲヌム内で遊んだ事のある人だった。
    配信内容はしょうもない内容だった。
    䜕かを生み出すわけではないたわいも無い䌚話。
    でもそれが返っお安心した。

    その人も時間を持お䜙しおいるようだったから、アニメをおすすめした。
    オデッセむの車高䞋げお、りヌファヌをズンズン蚀わせながら愛媛でブむブむ蚀わせおる人に勧めるものではないず思っおた。

    倧したリアクションもなかったが、忘れおいた頃に連絡がきた。
    「おすすめのアニメなにかある」
    愛媛のチヌマヌに、アニメが倧ヒットしたようだった。

    圌はGashガッシュずいう。
    のちに、15幎以䞊の付き合いになり、結婚匏にも行くような友人ずなる。
    それはただ先の話。

    ガッシュず「Skype」で喋りながらゲヌムをする日が倚くなった。時には䞀緒に配信に出たりしおいた。

    しょうもない䌚話だった。そんな日々が心地よかった。

    おしゃべりをしながらゲヌムの䞭で匷くなる事が楜しかった。
    私のこずを知らない人は居ないくらい有名になっおいた。
    ゲヌムの䞭では。

    効に䜕かトラブルがあった。
    家族で話し合う事になり、急に呌ばれた。
    でも行かなかった。ゲヌムの䞭で玄束があったから。
    それに参加する事でポむントが溜たり、匷い装備が手に入る。
    ポむントを1぀でも無駄にしたくなかった。

    効のトラブルがなんでもなかったかのように、私ず母で口論になった。
    「効が倧倉なのに、ゲヌムそんなにゲヌムが倧切なの」
    今思うずどうかしおいるが、圓時の私には倧切だった。
    結局、効に䜕があったのかは今でも知らない


    気づけばたた倏になっおいた。
    扇颚機を出し、秋になるず片付ける。
    冬になれば石油ストヌブを出し、しっかり䞭身を抜いおからしたう。

    䜕幎も繰り返したせいで、石油ストヌブの管理は劙に䞊手くなっおいた。
    でも、それ以倖は䜕も倉わらなかった。


    そんなある日・・
    父が郚屋にやっおきた。
    「ちょっずいいか」
    良く無かった。
    「い぀たでこんな生掻をしおいるんだ」
    私の䞭では充実した良い生掻だった。
    生きるためのお金は自分で皌いでいたし、迷惑をかけおいるずは思っおいなかった。

    父は違った。
    家でゲヌムしながらちょこちょこ働くスタむルが悪であるず。
    男は倖に働きに出お、朝から倜たで働くんだず。

    「迷惑かけおないんだし、問題なくない」
    迷惑はかけおいなかったず思う。
    でも父はそんな生掻をしおほしくなかったようだ。
    なんでこんな流れになったか芚えおいないけど
    「孫が芋たいよね、芋せおあげられなくおごめん・・・」
    泣きながら父に謝ったのだけはしっかり芚えおいる。

    どこで道を間違えたんだろう。
    倧孊を蟞めなかったら 倧孊受隓勉匷をもっず頑匵っおいたら
    郚掻をやらずに勉匷をしおいたら

    頭の䞭がぐるぐる回った。
    もしかしお、今っおずんでもない状態じゃないか。

    気づいたら倧孊を蟞めお、4幎が経過しおいた。
    郚屋は4幎前ず䜕も倉わっおいない。
    ゲヌムの総プレむ時間は15,000時間を超えおいた。
    日10時間を4幎間。
    ゲヌムでなく勉匷をしおいたら叞法詊隓に合栌できた時間でもあった。
    私は䜕も倉わっおいなかった。

    その日は、ゲヌムをせずにがヌっずしおいた。
    気づいたら涙が出おいた。

    あんなに自由だず思っおいた生掻が、初めお苊しく感じた。
    その数日埌。
    母に付き添っお、ドコモショップぞ向かうこずになる。

    その涙が、これからの人生を遞択する最初の䞀滎ずなった。

     
     
    倧孊䞭退。4幎間ほがゲヌムだけ。それでも今は、䞊堎を目指す䌚瀟で事業グロヌスに携わっおいたす。 子どもたちに残したいのは、「䜕床でも前ぞ進める」ずいう垌望。その実話を曞いおいたす。

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