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1人TOUR DE EURO97 その16 蚀葉が通じずドむツ人から〇〇をもらった

    1997幎の倏。
    24歳の僕は、たった䞀人でペヌロッパを90日間かけお䞀呚する旅に出た。

    旅の名前は「䞀人ツヌル・ド・ナヌロ」

    フランスには「ツヌル・ド・フランス」ずいう有名な自転車レヌスがあり、それにちなんで、人生のレヌスずいう意味を蟌めお名づけたした。もちろん僕の旅はレヌスではない。誰かず競うわけでもないけれど過酷さだけは負けおいなかった。

    䌚瀟に人間関係に疲匊した3幎間を過ごし。僕はもう死にたいでも死ぬ勇気はない。最埌にせめお䞖界を芋おみたい。そう思っお䌚瀟を蟞めお党財産をバックパッカヌに詰め蟌んで日本を出たした。

    たった90日間の旅がその埌の人生を確実に倉えたした。
    この旅で、僕はたくさん迷っお、たくさん考えるこずになりたす。
    「自分の人生っお」
    「自分は䜕を求めおいるのか」
    「なぜ、こんなにも遠くたで来たのか」

    今になっお思う。あの頃の自分に䌝えたい蚀葉がある。

    䞖界は、広いようで意倖ず狭い。
    これは、24歳の僕が芋た䞖界の蚘録。

    旅のルヌトを知りたい方はこちらです。

    161997幎7月30日-グラナダスペむン

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    倧きな目芚たし時蚈は、結局壊れおいた。
    眠ったのか、眠れなかったのか。倜のあいだ、僕は䜕床も目を芚たし、そのたびに時間を確かめた。腕時蚈を芋るず、ただ3時。次に目を開けるず、4時。

    「カチカチ」ずいう針の音がうるさく感じたが、い぀の間にかその音も止たり、郚屋は静寂に包たれおいた。
    ふず芋るず、時蚈の針は6時を指しおいる。やばい、寝過ごした。

    慌おお服を着替え、荷物をたずめる。
    宿の䞻人を起こさないようにそっずドアを開けようずした瞬間、倖からノックの音。ドアを開けるず、宿の老婆が立っおいおビックリ。たるでホラヌ。でもどうやら僕を起こしに来おくれたらしい。
    「時蚈、壊れおるよ」ず蚀いたかったけど、蚀葉が通じない。代わりに「グラシアスありがずう」ずだけ䌝えチェックアりトをしお村の入口にあるバス停ぞ向かう。

    朝の6時15分。
    倖はただ薄暗く、静寂の䞭を冷たい颚が通り抜ける。
    バス停にはすでに数人の人圱があり、「ああ、僕ひずりじゃない」ず少し安心した。

    田舎の小さな村。
    本圓にバスが時間通り来るのか䞍安だったが、定刻ぎったりに珟れた。
    数人の旅人を乗せ、バスはゆっくりず村を離れおいく。

    さようなら、癜い壁の町モンテフリオ。

    地図のどこにあるのかも分からない、名も知らぬ村。
    もう二床ず来るこずはないだろうけれど、確かに心に残る堎所だった。
    今思えば、よくもたぁこんな知らない土地に、蚀葉も分からず来たものだず思う。
    行き圓たりばったりで駅を降り、その堎で行き先を決め、蟿り着いた。
    それでも、なんずかなるものだ。

    ただ、この村では英語がたったく通じなかった。
    スペむン語ずいうより、匷い蚛りがあっお、たるで宇宙の別の星に来たような孀独を感じた。

    バスは昚日降りた駅ではなく、グラナダたで盎行しおくれたので助かった。
    駅で降り、そのたた倜行列車でバルセロナぞ向かうチケットを予玄。
    出発は今倜だから倜たで時間がある。
    ただ行っおいなかったアルハンブラ宮殿ぞ向かうこずにした。

    朝早かったおかげで、チケット売り堎の列も短く、すんなり䞭ぞ入れた。
    アルハンブラ宮殿――9䞖玀頃から増改築を重ね、最盛期には玄2000人が暮らしおいたずいう。
    最埌のむスラム王朝の象城ずも蚀われる建築だ。

    酷暑のグラナダにあっお、ここは䞍思議ず涌しい。
    氎路が巡り、噎氎がいく぀もあり、䞘の䞊たで氎を匕き䞊げお流しおいたずいう。
    技術ず矎意識の融合。その涌やかな庭に、むスラム建築の粋を感じる。

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    他のスペむンの街で芋た建築ずは明らかに違う。
    现郚たで装食が斜され、壁も倩井も床も驚くほど緻密。
    たるで工芞品のような矎しさだった。

    そんな宮殿の䞭を歩いおいるず、突然背䞭をトントンず叩かれた。
    振り返るず、数日前コルドバのナヌスホステルで同じ郚屋だったドむツ人の青幎。庭で少し話したこずをお互い芚えおいお、すぐに分かった。

    「オヌ」ず思わず声が出る。たさかここで再䌚するずは。
    普通なら「どこを旅しおるの」ず聞くずころだけど、なぜか僕は「コルドバのYHっお朝食刞あった」ず必死に尋ねおいた。
    実は、僕はあの時、朝食刞がなくお朝食を逃しおいたから気になっおいたのだ。

    けれど、圌にはうたく通じなかったらしい。
    困った顔をした埌、「分かったこれだろ」ずトむレットペヌパヌを1ロヌル差し出しおきた。

      いや、違う。なんでそうなるの。
    でも笑いながら受け取っおおいた。
    どうやら僕が「トむレ行きたいけど玙がない」ず蚎えおいるず思われたようだ。

    数分話しお圌は去っおいったが、こんな偶然の再䌚があるずは。
    気が付けば僕はトむレットペヌパヌ1ロヌルをゲットしおいた。

    アルハンブラを出た埌は、街のデパヌトで冷房に逃げ蟌み、暑さをやり過ごした。昌䞋がり、公園のベンチで朚陰に暪になり、少し眠った。
    人が少ない昌間の公園は、旅人にずっお意倖な穎堎だ。

    目が芚めるず空腹。
    歩きながらレストランを探しおいるうちに、無性にパ゚リアが食べたくなった。
    ただ、䞀人甚はどこにもない。普通は数人でシェアする料理だ。
    他に思い぀くスペむン料理もなく、結局䞀人で入店し、パ゚リアを泚文した。

    少し塩蟛く、海の銙りが匷い。
    けれど、炊き䞊がった米は矎味しかった。
    850ペセタ――圓時のレヌトで玄670円。今思えば安いものだ。

    やがお倜が蚪れ、駅ぞ向かう。
    いよいよ次の目的地、憧れの街バルセロナぞ。

    僕の旅の倧きな目的のひず぀は、アントニ・ガりディの建築を芋るこずだった。
    孊生の頃、初めお写真で芋たずきから心を奪われおいた。
    いび぀で奇抜なのに、どこか理にかなっおいお、矎しい。
    「機胜を超えた芞術ずしおの建築」――それがガりディの䞖界だ。

    建物ずは、䜿われおこそ意味がある。
    だが、ガりディの建築は存圚するだけで人の心を動かす。
    それは、生きた芞術なのかもしれない。

    旅にも慣れおきた。
    宿もなんずか確保できおいる。食事もお金を節玄するにはフルヌツでしのぐこずも芚えた。特にバナナやプラムが安いのでよく食べおいた。
    ただ長い旅の途䞭だけど、少しだけ䜙裕が自信も生たれおいた。

    バルセロナ行きの列車がホヌムに入っおきたのは、倜8時45分。
    寝台車は6人郚屋。僕は最䞊段のベッド。
    蒞し暑い車内に、男6人。出発しお1時間埌、゚アコンが壊れ、車掌が窓を開けに来た。
    走行䞭は颚が入るが、駅に停たるたびに熱気がこもる。
    匂いもこもる。暑くお寝苊しい。

    それでも、明日にはバルセロナだ。
    どうか事故が起きたせんように――ず祈りながら目を閉じた。

    早く、憧れのバルセロナぞ。


    この日の教蚓

    1. 蚀葉がたったく通じない村は、想像以䞊に぀らい。

    2. ドむツ人に話しかけるず、なぜかトむレットペヌパヌが手に入る。

    3. ガりディの建築を芋るたでは、絶察に死ねない。

    次回は、その17 ガりディの建築は〇〇だの話です。


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    はじめたしお。けんいち です。 海倖暮らしの䜜家noteで぀ながる「曞く」を愉しむコンセプトの電子文藝倶楜郚『月刊電子文藝』運営・線集長kindle曞籍57冊、ベストセラヌ15冊手曞き挫画パンダのパン子シリヌズTalesにも挑戊。䞖界35カ囜旅䞊海垂圚䜏

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