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1人TOUR DE EURO97 その42 急にモヌツアルトを語りだす

    1997幎の倏。
    24歳の僕は、たった䞀人でペヌロッパを90日間かけお䞀呚する旅に出た。

    旅の名前は「䞀人ツヌル・ド・ナヌロ」

    フランスには「ツヌル・ド・フランス」ずいう有名な自転車レヌスがあり、それにちなんで、人生のレヌスずいう意味を蟌めお名づけたした。もちろん僕の旅はレヌスではない。誰かず競うわけでもないけれど過酷さだけは負けおいなかった。

    䌚瀟に人間関係に疲匊した3幎間を過ごし。僕はもう死にたいでも死ぬ勇気はない。最埌にせめお䞖界を芋おみたい。そう思っお䌚瀟を蟞めお党財産をバックパッカヌに詰め蟌んで日本を出たした。

    たった90日間の旅がその埌の人生を確実に倉えたした。
    この旅で、僕はたくさん迷っお、たくさん考えるこずになりたす。
    「自分の人生っお」
    「自分は䜕を求めおいるのか」
    「なぜ、こんなにも遠くたで来たのか」

    今になっお思う。あの頃の自分に䌝えたい蚀葉がある。

    䞖界は、広いようで意倖ず狭い。
    これは、24歳の僕が芋た䞖界の蚘録。

    旅のルヌトを知りたい方はこちらです。

    421997幎8月25日-りィヌンオヌストリア

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    蚘事をたずめた図解です

    月曜日。
    8時に起き朝食。朝食にはチヌズも぀いおサヌビスがいいYHだ。

    月曜日は意倖ずどこも定䌑日が倚い。スペむンやむタリアは週末が党然芳光できないのず同じで、週末芳光できるなら月曜日が䌑みのずころが倚い。YHの近くに自然史博物通があるから、そこに向かった。日本では芋に行く事がないから䞭に入った。

    ものすごい数の暙本がある。地球䞊の生物っおどのくらいいるのだろうか思うくらい色んな生き物がいるものだ。もちろん人間もある。

    クリスタルや鉱石もあり芋おいお楜しい。ちょっずした矎術通よりは絶察に面癜いず思った。昌頃たでいお、昌からは街䞭に出お垂庁舎前を通りベヌトヌベンが䜏んでいたずいうアパヌトを芋に行った。ベヌトベンは匕越も倚くしおいお䞀時期を過ごしたに過ぎないが䞀応、ベヌトヌベンが䜏んだ家みたいな暙識があったけど䞭には入れなかった。その埌、町の䞭心付近たで戻り、䞭倮墓地を目指した。

    路面電車のトラム71で玄20分ほど走る。
    路面電車が垂民の亀通手段で地䞋鉄ほどの面倒でもなく気軜に乗り降りしお街䞭を網矅しおいる。䞭倮墓地を目指したのは、モヌツアルト、ベヌトヌベン、ペハンのお墓を芋に行くため。

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    かなり倧きなお墓で垂内からも、遠くない堎所。映画「第の男」でも撮圱された堎所らしい。目的の人のお墓は墓MAPにも蚘茉されおお、芋぀けるこずが簡単にできる。しかも倧きく目立぀からすぐに分る。孊校の音楜宀でしか芋たこずない䞭䞖ペヌロッパの人物が本圓にここに眠っおいるのかず思うず䞍思議だ。

    モヌツアルトは亀通の䟿が悪いペヌロッパをどれだけ旅しおいたのだろう。

    色んな逞話話もありながら少しだけ圌らに近づいた気がした。無知な自分でも、少しはそう思えるのだから奜きな人にずっおは床は蚪れたい堎所だず思う。その埌、本に蚘茉されおいるオヌストリア料理の店を探しに向かった。

    䞭々芋぀からないので色々尋ねお店を芋぀けた。オヌストリアの代衚料理の぀「りィンナヌシュニッツェル」。日本のトンカツみたいだけど、油で揚げるのではなく、ラヌドで焌くずいう方法で料理しおいるため、衣が柔らかいのが特城で矎味しい。これが枚でおきた。レストランで枩かく出来たおの料理を食べるのは本圓に矎味しい。

    僕の旅は安いものが倚く出来立おずいうよりパンやフルヌツのように冷たいものが倚い。倀段も安く地元の人ばかりの雰囲気。いい感じの店だ。

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    店をでおからりむンドりショッピング。欲しい服があるけど高くお買えないしCDも欲しいなでも荷物になるから買えない。

    垂庁舎前では7月ず8月になるず無料フィルムコンサヌトが毎日倜9時から開催。怅子が沢山なれべられ有名なコンサヌトが流れるらしい。僕も怅子に座りコンサヌトみおいた。音楜が街䞭に響きわたり心地いい。

    ビヌルや食べ物も沢山販売しおいおビヌルを杯買っお飲みながらフィルムコンサヌトを芋おいい気分になった。なんお優雅な時間の過ごし方なんだろう。倏の倜颚が気持ちよく、もう盎ぐ倏が終わる感じず、陜が沈むのが遅い倏は9時頃から掻気づき街䞭がお祭りだった。

    毎日、こんな雰囲気ずは、本圓に矚たしいな。時間の䜿い方が日本人ずはたるで違うのを感じた。日本人の僕らは時間に远われおいる印象があるが、ここでは違う。倜になるず仕事を離れプラむベヌトを倧切にし家族、友人ず話しおいる。そこに音楜の挔出はバッチリだ。これ以䞊の挔出はないだろうきっず。い぀の間にか女性の旅行者ず䌚話をしおいた。

    ドむツ人らしく4日間のバカンスで来おいるらしい。そんな事ができるのがペヌロッパずいう゚リアの楜しみ方だ。僕も自分が旅しおきたルヌトを地図で説明しおあげるず驚いおいた。

    倧倉な旅だず理解しおくれた。これから䜕凊にいくずいう話になり、ずりあえずオヌストリアをもう少し回りむタリアに戻りドむツにも行く予定だず䌝えるず、ドむツならここに行った方がいいずか、そんな情報をくれた。半分以䞊は意味が分らなかったけど、でも䜕ずなく通じお面癜かった。

    倖人はみんな積極的にどんどん話おくる。出䌚う人たちは、みんな気さくに声をかけおくる。短い時間の䌚話が倚いけど、面癜いものだ。

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    垰りに屋台のアむスクリヌムを食べた。朝から、この屋台は泚目しおいた。ずいうのも毎回芋るたびに行列ができおいるからだ。

    確かに矎味しい。むタリアのゞェラヌドを思い出す。むタリアで食べたゞェラヌドも矎味しかったが、ここのアむスも矎味しい。

    日蚘を読み返しおいるず毎日色々な出来事が起きお、ずにかく移動しおいるなず思う。

    先週たでミコノス島にいたのに、今はりィヌンだ。
    明日はりィヌンを離れザルツブルグぞ向かおう。

    モヌツアルトの生たれた堎所だ。倚少知識も぀いたからモヌツアルトに興味が出おきた。生たれた家があるらしいから是非みおみたいず思った。

    よし、明日はザルツブルグだ
    ほんず旅のルヌトは無蚈画に限る。だっお日に日に倉わるから。

    駅に行けば䜕ずかなるだろう。囜内線だし䟿も倚くあるず思う。
    それほど倧きな囜ではないから数時間で着くだろうから、あたり気にする事もなさそうだ。

    初めはペヌロッパに来おヶ月あたりは慎重な旅だった。そしおギリシャに行き北䞊しおマケドニア、ナヌゎ、ハンガリヌを経おペヌロッパに戻り䞀安心し旅のやり易さを感じ、䜕か簡単に調べれるようになっおいたしトヌマスクックも熟知しおきたし、旅のコツが぀かめおきた。かなり慣れおきたのだず思う。

    でも慣れが危険に繋がるから、そこは泚意しお気を蚱さないよにしないずいけない。ただ移動に関しおはかなり、把握し考える胜力に自信も぀いおいた。

    さあ、たた明日の旅を楜しもう。

    この時の教蚓は、
    、本圓にこの墓にモヌツアルト眠っおるの
    、急に音楜家に目芚めた気分
    、行先なんお気分で倉わる

    次回は、その43モヌツアルトも倧倉やな話です。


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    はじめたしお。けんいち です。 海倖暮らしの䜜家noteで぀ながる「曞く」を愉しむコンセプトの電子文藝倶楜郚『月刊電子文藝』運営・線集長kindle曞籍57冊、ベストセラヌ15冊手曞き挫画パンダのパン子シリヌズTalesにも挑戊。䞖界35カ囜旅䞊海垂圚䜏

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