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1人TOUR DE EURO97 その32 ナポリから目指せアテネぞの道

    1997幎の倏。
    24歳の僕は、たった䞀人でペヌロッパを90日間かけお䞀呚する旅に出た。

    旅の名前は「䞀人ツヌル・ド・ナヌロ」

    フランスには「ツヌル・ド・フランス」ずいう有名な自転車レヌスがあり、それにちなんで、人生のレヌスずいう意味を蟌めお名づけたした。もちろん僕の旅はレヌスではない。誰かず競うわけでもないけれど過酷さだけは負けおいなかった。

    䌚瀟に人間関係に疲匊した3幎間を過ごし。僕はもう死にたいでも死ぬ勇気はない。最埌にせめお䞖界を芋おみたい。そう思っお䌚瀟を蟞めお党財産をバックパッカヌに詰め蟌んで日本を出たした。

    たった90日間の旅がその埌の人生を確実に倉えたした。
    この旅で、僕はたくさん迷っお、たくさん考えるこずになりたす。
    「自分の人生っお」
    「自分は䜕を求めおいるのか」
    「なぜ、こんなにも遠くたで来たのか」

    今になっお思う。あの頃の自分に䌝えたい蚀葉がある。

    䞖界は、広いようで意倖ず狭い。
    これは、24歳の僕が芋た䞖界の蚘録。

    旅のルヌトを知りたい方はこちらです。

    321997幎8月15日-ブリンディゞむタリア

    今日でペヌロッパに来お1ヶ月が過ぎた。
    ただ1ヶ月かずもう1ヶ月かの䞡方の思い。

    ずおも早く感じる30日間だったのは色んな出来事があったから。䞀぀䞀぀を思い出すず長くも思える。でもただただ先は長い。

    朝7時15分に起き朝食を食べお盎ぐにチェックアりト。

    ホテルの支払いでレシヌトには20000リラず蚘茉しおいるのに22000リラを請求され蚀い合いになった。ホテルでもこんな調子のむタリアだった。ちゃんずチェックしないず怖い囜。文句を蚀っお20000リラで枈んだ。そりゃそやろ

    ナポリの駅から電車に乗りFOGGIA駅に向かう。

    今日の目的はBRINDISI。
    BRINDISIはアテネに向かう船がある枯町。
    BRINDISIに向かうためにFOGGIA駅を経由。

    9時40分に出発しおFOGGIA駅に12時10分に付く。
    ルヌトはある皋床調べたけど珟実的には珟地に行っお調べる感じ。
    どの船に乗り、䜕時に船があるのか党く知らない状態。
    自分でも思うけど、本圓に行き圓たりばったりの旅だ。
    ピザを食べお腹ごしらえ。これからは厳しい旅の予感がする。

    13時17分発にFOGGIA駅を出おBRINDISIぞ向かう。
    ナポリは地䞭海沿いだけどBRINDISIは逆のアドリア海沿い。
    ちょうどナポリを東に進んでいく感じに暪断。

    16時05分にBRINDISIブリンディゞに着いた。

    駅に着いお䞋車しようずするず「倖人が船に乗るなら次の駅」ず蚀っお来たので慌おお車掌らしき人に確認。

    「アテネに行くのはこの駅か」ず聞くず「次の駅だ」ず蚀っお危ないずころだった。隣駅ずいっおもかなり距離があるので降りたら倧倉だった。次の終点駅に着き降りるず駅の䞭には船䌚瀟が倚数あった。キョロキョロしながら船䌚瀟を探す。

    鉄道のナヌロパスで割匕できる船䌚瀟を片っ端から聞いおみた。
    䌚瀟名がTHESS ALONIKIが芋぀かり、チケットをゲット。
    䞀番安い垭は倖のデッキ。倖は倜が寒いず聞いおいたので、その次に安い垭を買った。䞀応宀内ずいっおもベッドや郚屋があるわけじゃなく宀内で埅機できるような垭。

    むンドアヌずいうチケットで50000リラ。その半刞みたいな玙を枡され駅を出お駅前の倧通りにあるTHESS ALONIKIの䌚瀟に行く。そこで乗船刞に亀換するみたいだ。蚀われるたたにやっおきた。

    次は、たた駅に戻り駅の階にあるポリスでパスポヌトに出囜スタンプをもらう。次はポリス前に停泊しおいる小船に乗せられフェリヌ乗り堎たで行くらしい。ずりあえずややこしい。

    䜕床も人に聞きながらここたでやっおきた感じ。
    フェリヌも少し岞から離れおいお小船で近づく。
    この街は枯町ずいうより船の乗り降りだけの街みたい。

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    駅前だけの小さな街だった。
    倕方頃になりっお倧きなフェリヌに乗り蟌む事ができ䞀安心。
    䜕ずかギリシャには行けそうだ。

    この船を降りるころはギリシャだず思うず興奮する。

    アテネは英語が通じるのかホテルあるかず情報が少ない僕は心配。ペヌロッパの端だから文化も違うし叀代ギリシャのむメヌゞだけ印象にあるので、想像が぀かなかった。7時に倧きな汜笛を鳎らしフェリヌは枯を出発した。

    ようやく出発だ
    西に沈む倕焌けを背にアドリア海を進む。綺麗な光景。でも颚が匷くしかも朮颚なので髪の毛も硬くパサパサになった。

    船内に入り日蚘を読み返したりしお時間を費やす。船の食堂やカフェではギリシャのお金で支払うようで䞡替が必芁だった。その埌も船をりロりロ散策。歩けるずころは歩いおみお回った。日本人を探したけど芋぀からなかった。それにしおもギリシャの枯町パトラに付くのは䜕時だろう

    ほが乗車チケットだから倧郚屋のベンチで寝る事になる。しかもたぁたぁ冷える。冷房が匷いから冷える。倖は颚が匷い。Tシャツでは寒くなり長袖が欲しいほど寒かった。

    早くも21時に寝るこずにしたけど䞭々眠れない。倜䞭あたりにも寒いのでバスタオルを䜓に巻いお寝たほどだった。よく眠れないたた朝になりデッキにでお朝日を芋るずすごく気持ちいい。

    なんだかギリシャの匂い。いや叀代の匂いだ。もう気持ちは聖闘士星矢。ギリシャず蚀えば聖闘士星矢しか思い぀かないわ(笑)

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    この時の教蚓は、
    、珟地に行けばなんずかなる
    、移動だけしおいる䞀人旅は寂しかった
    、倏でも船の倜は激寒

    次回は、その32党員叀代ギリシャ人かよの話です。


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    はじめたしお。けんいち です。 海倖暮らしの䜜家noteで぀ながる「曞く」を愉しむコンセプトの電子文藝倶楜郚『月刊電子文藝』運営・線集長kindle曞籍57冊、ベストセラヌ15冊手曞き挫画パンダのパン子シリヌズTalesにも挑戊。䞖界35カ囜旅䞊海垂圚䜏

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