中学生日記・千切りお手紙【Unread Letter】ホテル・ペイパー
給食の配膳が終わった。
僕は大きいお盆に二人分の給食を乗せ、教室を出ようとする。
「あれー辻、また行くの、空き教室?あいつ来てんの?『幽霊の小川』?」
「そー!スイートポテト余ってたら俺のお代わりキープしといてくんないー」
廊下の奥から、上級生たちが歩いてくるのが見えた。
「あー、和馬兄…」
2学年上・中3の兄が、学友数名と談笑しながら歩いてくる。
すれ違うときに思わず吹き出しそうになる。
先日、兄が修学旅行から帰ってきて、写真を見せてもらった。
一様に暗い表情の男子学生数名に囲まれて、ニコニコしてる兄。
「ブフフ」
語弊を恐れず言うならば「陰キャ軍団」
ーーの中に咲く一輪の花~てか。
「なんで、こいつらは、こんなクッライ顔してんのよ(笑)」
思い出しちゃった~あいつらだーうぷぷぷぷぷぷ
「あーコウ君、どこ行くのー」
「…別室登校してるヤツに給食持ってくー」
「へー」
とだけ、兄とすれ違いざま言葉を交わした。
兄は中学入学直後の1か月、不登校していたから。
気を遣って、家で「小川」のことは話さない。
◇
「ちょんぼーちょんぼー」
道の向こうから小学生共の声が聞こえてくる。
また、あいつらだ。
数か月前、あいつらーー小学2年生ぐらいーーに、下校時に追い抜かれた。
ちっこいな、可愛いもんだ。
そんな風に思っただけ。
それが、数日後。
やつらは俺を追い抜きざま「チョン」とか「チョンボ」とか言ってくるようになった。
なんなん?チョンってなんなん?
韓国…?
なに、外人…メキシコ人に、見えるんかな?
俺は、絶妙に濃いくらいで「あからさま・ハーフ」って感じじゃないはずだけど…
俺の自己紹介文はこちら。
「辻岩・ミゲリン幸樹です。父が『ミゲル』というので。親の名前を継ぐのは『あるある』なんですけど、混乱が無いように、ケツだけ変えられてんです」
「ちょんぼーちょんぼー」
「ちょんー!」
あー気分悪ィー!
無視する。
ずーっと聞こえてる。
遠くから…
そもそも、なんでこいつら、帰りがこんな遅いわけ?
あっ、学童保育か。
ーー餓鬼共めが!
◇
「ひどいね、それ。とっつかまえて、尻ぺんぺんしてやれば?」
『幽霊の小川』が言った。
小学校からの仲で、少々神経質だが優しい、いいヤツだ。
中学上がって、なんでか知らんが不登校になった。
ぽちゃぽちゃした、いじられキャラではあるが…
布袋さんとか呼ばれて、お腹もまれてたりしてんのは、数回目撃した。
俺は、したことないけど。
それかな?
でも「いじめ」じゃないし…
週に数日、別室登校するので、俺が給食持って行って一緒に食べている。
最初、いきなり数人で行ったら、彼は全く話さなかった。
その後1週間、登校してこなかった。
次に彼が登校したとき、先生が、俺一人だけで行ってくれ、と打診してきた。
「はい、そうします。で、彼、なんで教室来れないんですか?」
カウンセラーが、彼と話をしているんだけど。
守秘義務というのがあって、先生もよく分からないそうだ。
「俺の高校生の兄ちゃん、ボクシングしてんだ。兄ちゃん貸そうか?」
「えええー。いや、小学生殴っちゃヤバいっしょー、家、お前の家と反対方向だしー。でもカッケーな、ボクシング!『はじめの一歩』みたい。読んだことある?漫画貸そうか」
穏やかな小川の口から『強い兄』という言葉が出てきたことに、俺は、幽かな違和感を覚えた。
◇
7月の誕生日に、靴に手紙・ラブレターが入っていた。
林さん…、
クラスの一軍のツー・トップの城山が好きな女子だ…
一軍の王は誰かって?
ーーそれは俺だ。
俺が君臨している、そんな空気がある。
どうしよー
かなり可愛いけど。
気が無いっていったら嘘になるし。
最近、頻繁に視線が交わっていた。
…
城山がどう出るかな、俺らがつき合ったとして。
あいつ性格が悪いからな。
うーーーん
いっか!
つき合っちゃお!
い、いよっし!
なにげに初の彼女じゃんー?
うぇーい、やった~!
和馬兄すら、まだ彼女いないのに、俺ったら!
フフフフフフフフ…
サイコーの誕生日プレゼントだ、グラシアス!
◇
イオン・シネマの映画デートから始まって。
家に呼んで、勉強を一緒にして、音楽を聴いて、漫画を読んで、ゲームをして。
さや花ちゃん、可愛い。
…キス…
初めての。
前歯がぶつかっちゃった…
痛い初体験だった…
それ以上は、まだ…
漫画で知ってるけど。色々分かってきたけれど。
さすがに…
…
和馬、和馬兄、どうしよう…
あっ…
あれ、買うの、手伝ってくれない…
恥ずかしい。ネットで買ってもばれるし、クレカ、親のだもん。
…
兄貴は暫く絶句していた。
「コウ君、不潔ッ…!近寄らないで!」
ギャグかよー『ギャグマンガ日和』かよー、いや、お前。
乙女かよー。
ーーオトナの階段登るの、保留ッ!
◇
さや花と付き合って2か月ほど経った。
小さな違和感で、それは始まった。
ライングループで俺の発言だけ、リアクションも何もつかなくなった。
俺が発言して、数時間シーンとした後、城山が別の話題をふり、皆そちらの方に反応をする。
気のせいか、考え過ぎかなって思った。
まあ、雑談みたいなもんだし…
グループで話し合う時、だれとも目が合わなくなってきた。
まとめの段階で、俺の意見は聞かれない。
紙をぶんどって下の方に追記してやった。
「辻君、大学生と付き合ってるらしいよ」
なんて、女子からの噂話が耳に入ってくる。
ハハハ、大学生が、どこにいる?
大学なんて周りにねーじゃん、こんなド田舎にさ。
もっとマシな噂流せよ。
…城山か。
さや花の様子を見るに、さや花にコクって、俺のこと知ったんだな。
イオンもわざわざ隣街の店舗に行ってたし、同級生の目に付かないようにしていて、さや花にも口止めしていたのに…
陰湿なことには至らなかった。
無視されるだけ。
プリント回されなかったり、給食配られる前に牛乳落とされたりだとか、びみょーに言い訳が立つ、嫌がらせだけ。
「せんせー、俺、余ってまーす!」
「えっと…人数が少ないグループに入って」
マジ嫌だよ、皆、腐ってる、馬鹿みたい。
心の底から軽蔑する。
別段どうってことはない。
登校はフツーに続けるし「なんか文句ある?」て感じで一匹狼、キめるだけ。
水泳の習い事の友達はいるし。
彼女もいるし…
クラスでの、彼女の憐れみを孕んだ顔とは、ぶつからないようにする。
逢ってる時も、一切、この件には、触れません。
体育館に、劇団が来た。
先生の許可を取って、小川と上の物置スペースに入り、防球ネットの隙間をぬって覗き見した。
ハウスダスト・アレルギーの俺はマスクをぴったりつけて。
埃っぽいし、かび臭いけれど、気が楽だー…
もう、中盤から観ることを放棄して、床に転がってスマホを弄る。
昼のみならず、休み時間も小川の幽霊教室に入り浸るようになった。
今日も今日とて、お盆を持って教室から脱出を試み…
「…偽善者…」
「幽霊小川は、引き立て役…」
「たこす⤴野郎」
「ブフフ!」
思わず吹き出して、
お盆にちょっと気を付けながら、くるっと振り向く。
「今タコス言ったのだれ?マジうける!しかも『たこ酢』みたいなイントネーションで言うなよな!だれ…」
*SILENCE*
皆ーーさや花を除きーー俺を見てる。
やっべ、つい!
ピシャン!!
自分でも驚くほどに後ろ手でドアを叩きつけ、
逃げた。
「チョンボ」
◆
両親の留守中に、彼らのキング・ベッドのヘッド・ボードを漁って箱に入った「アレ」を見つけ、2枚拝借した。
ちょっと前、深夜に目が覚めた際、彼らの部屋から漏れる「変な声」を聴いてしまった、初めて。
うわーーー無理ーーー耳をふさぐ。
想像しないようにする。
もう、親のそういう行為って「終わってる」って思ってた。
親が…
想像したくない、吐き気がする!
アッ、かずま、和馬は…!
さっと耳から指を抜いて二段ベッドの縁につかまって、下段の兄の様子を、少し開けたカーテンから差し込む月明りを頼りに、確かめる。
ぐっすり眠っているみたい、良かった…
◆
「小川、文化祭、出るよね?俺と一緒に居ればいいよ」
「えッ…。他のヤツと回らないの?クラスの出し物は…」
「出し物なんて。1年だから、ただの展示だけ。1時間ごとの案内の当番制だけだし。迎えに来るから、ここに」
「…俺、ハブ…られているから」
「え?!」
「…村八分でござい。城山の好きな子と付き合ってるの、ばれちゃって」
「…うそ。辻が…?」
「嘘じゃない。なんてことないんだけど。さすがに文化祭はアレだから、頼むよ」
「辻…兄ちゃん、貸そうか…ボクシングの」
「ブフフフ、いい、いい、ノー・グラシアス!いいね?ラインすっからさ!」
…小川は、文化祭の日は、来なかった。
自分の中で、何かが弾けた。
お昼も、幽霊に会いに行くのはやめた。
先生に、もう行きたくないと伝え、小川の分を運んでもらうようにした。
教室でフツーに音楽聞きながら食べて、あとは本を読むようにした。
そんなことが1か月も続くと、小川は、驚いたことに、教室に顔を見せるようになった。
城山の手の者どもが、小川を囲いにかかる。
小川の視線を感じるが、無視。
幽霊は、無視。
よかったね、小川。優しく迎えられて。よかったね。
◆
「コウ君、あのね、別れ、たいの…」
12月の初旬に彼女の家で宿題をしていたら、切り出された。
「えーー別れるって…なんでーー」
「ごめんなさい…」
「怒んないよ。なんで?」
「ちょっと、怖い。コウ君…あと、痛いし…その」
…
親のベッドからくすねるのを止め、セルフ・レジのあるコンビニを探したが、ドドド田舎なので、んなモンない。イオンに行くのは面倒だったから、ドラッグストアで、威風堂々と買ったったんだ。
優しくなんて、出来なかった。
まだ余っているけど、いいや。
消費期限は長いし。
…城山に乗り換えかな?
城山と、ブラザーになるのかな?
アハハ、気持ちわる…
…サイテー。
◆
冬休みのある午後、兄の書棚を見ていた。
兄は、進学校の理数科クラスに推薦され、面接に受かり、入学が決まっていた。
「なんだって、理数科なの?和馬は英語が好きなんだろ?」
「英語科は無いし、私立は遠いし。理数科に入ったって大学の進路は自由だから。数学も好きだし」
和馬は全教科オール100だもん、いつも。
兄貴が2年生の時、勉強ができるからっていう理由だけで、生徒会長選挙に担ぎ出された。だけど人の上に立つガラじゃないからさ。天然乙女繊細野郎だし。スピーチはしっかりやったんだろうけど、他のところでオドオドしてて、落選したのさ。俺はまだ小坊だったから、実際は見てはいないけど。不幸な出来事だったけど、会長にならないで良かったよ、ホント。
分厚い『Harry Potter』、『The Lord of the Rings』、『The Golden Compass』、マザー・グースやマーク・トウェインの考察本、『不思議の国のアリス』の意味論。
岩波少年文庫の『少年キム』…
黒田硫黄さんによる挿絵に興奮していたな、兄貴。
「俺は英国のスパイになる!サーブになる!頭脳戦を繰り広げる!」
…変態だよ、和馬。
手に取ったのは
『Lemony Snicket's A Series of Unfortunate Events』
(邦題『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』)
背表紙上部にあしらわれた、目玉のマークと目が合ったから。
実写映画の一場面が表紙だ。
これ、小坊のころ、メキシコで見たな、ジム・キャリーが主演の。あんまり覚えてないけれど…
分厚いけど、子供の本だし、これなら俺にも読めるかな…
真ん中辺りを、開く…

「うわっ!!」
本を手から、とりおとす。
ーーゴン!
「ど、どうしたん?」
ベッドで本を読んでいた兄が起きてくる。
「へ、変なページがあった。め、目がいっぱい、目がいっぱいの…」
「め?」
「おんなじ文字が、いっぱい、あった」
「あああ、"We should never, ever, ever, ever…"の、everが延々と続くページかな?」
兄貴は本を拾って、バラバラとめくる。
「あった、これこれ…あれー?見開きいっぱいくらいの印象だったのに、片面しかないな。これ強烈だよね。全部のeverは、読んでないよ(笑)。図書館で翻訳本見たら、おんなじように書いてあったよ~」
よかった、幻覚じゃなかった。
…よかった。
◆
その夜。
深夜、目が覚めてしまった。
あ…あ...あ…
遠くから聞こえる幽かな「あえぎ」声…
まただ!耳を塞ぐ。
もう終わったかな、もう、いいかな。
耳を塞いだまま、また寝てしまおう…
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン
心臓の音が、やけに大きく頭に響く。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン
おかしい、何かおかしい!
指を外すと、途端に、周囲の、自分のベッドの、リネンの衣擦れの音、が、大音量で、脳を殴るような感覚に襲われた。
「あああ」の、音も。
あ…あ...あ…
がさ、ガサ、がさ…
ドクン、ドクン
堪らなくなって、下の兄貴のベッドに滑り落ちて、彼に抱き着いた。
「かずま、たすけて、かずま!」
「…んんん??…なに…こうくん?」
「おとが、おおきい!おとが、おおきい!」
「地震…?」
「おとが、おとが…」
ばさり
上半身を起こす兄貴。
「…トイレ行ってくる」
(あ…まって…いかない方が…)
「コウ君、なにも無かったよ。静かだよ。どうしたの?耳が痛いの?」
「おとが、おおきく、きこえる…いたくはない…」
「お母さん起こす?」
「いい!いい!おこさないで!」
かずまの腕の中で、耳を塞いで震えていた。
そのうち、泣けてきた。
堰を切ったように、大泣きした。
耳に響くから、押し殺して泣いた。
いつのまにか、また眠っていて、朝起きると、耳は治っていた。
◆
冬休みから、中2へと進級。
俺は勉強に集中する。
田舎だから2クラスしかないし、クラス替えもないから、孤立してんのは相変わらず。
でも、水泳の友達はいるし。
オンラインで一緒にゲームできるし。
耳の異変も、あの一度きり。
勉強に集中して、兄貴と同じ高校に行くんだ。
理数の推薦は無理でも、普通科で受かるように。
小川はすっかり、普通に登校するようになった。
そうこうしてたら、城山も飽きてきたのか、皆の態度が軟化してきた。
べったりつるんだりはしないけど、ハブりは少なくとも、なくなっていった。
俺は、理数科に推薦された。
卒業式の数日前、靴に手紙が入っていた。
シンプルな水色の封筒。
小さく「小川」と書いてあった。
ラインは、文化祭以後、全くしていなかった。
だって、ブロックしたから。
クラスのグループ・ラインも発言なんて、皆無になったから。
俺は、中身を開かずに、帰宅中、川のところで、びりびりに破いて、放った、手紙を。
小川は、どっかの中の下位の高校行った、らしい。
知らんもん。
もう俺の人生でアイツは、ホントの幽霊に、なったんだもん。
◇
東京の理数系の大学に進学してから、1年目の夏休み。
俺と兄は、電車から降りた。
軽井沢のアウトレットに一日、行っていた。
一時間に数本しか電車が来ない、家から徒歩15分の、無人駅のホームに。
電車が動き出す。
と。
車窓の一つに、小川の、顔。
大人びていたが、すぐ分かった。
「おがわ…!」
思わず駆け寄りそうになる。
小川も俺に気づいて、「あっ」と、驚いた顔をした。
電車は、動き出した。
「危ないよ。誰かいた?」
兄が、俺の腕をつかんで、車体から引き離す。
電車は、徐々にスピードを上げ、ホームから去り、蒼穹の彼方へ消えていった。
母の書棚にあった『メッシュ』(萩尾望都作)の最後の場面が頭によぎった。
左のホームには、親友。
右のホームには、父親。
…確執のある…
両の電車は、メッシュ(フラン)をホームに残して、過去へ吸い込まれていった。
『メッシュ』
母と兄が勧めるから、読んだ。
「シュールな愛のリアルな死」
千のハサミ
切りきざむ
ハサミ
あなたが
そうと
望むなら
花にも
鳥にも
娘にも
この姿を 変えたのに
たとえば
千の 死体にも
あなたが
そうと
望むなら
花にも
鳥にも
娘にも
この姿を
かえても
よかったのに
それは
愛では
ないにしろ
小川
あの手紙
なんて書いてあったの…?
ごめんなさい
やぶいて
流してしまった
小川、に…
辻岩・ミゲリン幸樹
