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ゴールデン・アフタヌーン【Alice/Rena in Canadian Land】

ジリリリリリリリリリリ


…嗚呼、またか

部屋に揺蕩う漆黒のチル・ミュージックーー今は騒音によりかき乱されたーーを指を鳴らして切り、
僕はパーカーを羽織り、
念のため、
財布とパスポートの入った袋を引っ掴み、
廊下に出る。

鍵を閉めるのを忘れない。

避難場所となっている外廊下へ。

柱の一つに寄りかかり、腕を組み、睡眠を連日邪魔される恨みを眼光にたたえ、虚空を見つめていた。

火事でも親父でも雷でもないだろう、ただの悪戯だ、今回も。

連夜お祭り騒ぎ、あるいは乱痴気に精を出す、パリピ学生どもの悪戯だろう。

寝てりゃあ、よかったかも、しんない…
いや万が一ということもある。
事実、俺も先日、蝋燭の火でボヤ起こしかけたからな。
紙が、かかっちまったんだ。
何処も焼かずにすぐ消せて良かった。

もし火事になっていたら。

この寮を焼き尽くしていたら…

ぞっとしないね。

もう蝋燭は二度と使わないぞ。

放蕩なものも真面目なものもバランサーも皆集まって、
そこここで、談笑。

俺には誰も近づくなよ。

無言の拒絶のオーラを放つ。

この寮で仲のいいヤツはまだ居ない。
同じ大学から同時期に留学した女子は遠くの一軒家のシェアハウスに住む。

と、一つの長い影が、俺の体に覆いかぶさる。

(なんや、度胸あんな)

顔を上げると
180cmは優に超える、ひょろりとしたアジア系の男子学生だ。

俺は174cm。
少し見上げるのが癪に障る。

「やあ、この棟に住んでるの?毎晩ヤになっちゃうよね。俺は、レオといいます」
と彼は、イングリッシュ・ネームを名乗った。
当然ながら中国名は名乗らないし、俺も聞かない。

俺は極力感じよく挨拶する。

竜宮・レナートRenato東あずまです。
スペイン語の巻き舌バリバリで発音した。

レオは「おっ」って顔をする。

俺の真名、レナート東。
その意味するところ。

「生まれ変わった~Reborn~」
「日の昇る、極東の地」
「日本で」

母は日本人、父はメキシコ人。

僕は、日本国籍で、

「日本人」

これ大事!

「フフフ、巻き舌クールだね。今度勉強一緒にしない?」

"Ya, 'K, cool !"

内心嬉しかったんだ、シャイだから、自分は。

レオは頻繁に僕の部屋をノックして誘うようになった。
天井が高いホグワーツのような図書館での勉強や。
電車で町へ出かけ、名物の山盛りプーティンやハンバーガーを食べた。

WhatsAppでも頻繁に連絡する。
アニメ同好会にも二人で顔を出し、ホール型講義室での映画上映を楽しんだり。

彼は、アニメにほぼ興味はない様子であったが。
僕が語っても彼は聞き役に徹していた。

ある時、その同好会の帰り。
僕はキャンパスを一人歩いていた。
自転車で丸い眼鏡をかけた学生が、僕に追いついてきた。

そして突然こう言われた。

「ヘイ。オタクは気持ち悪いぜ」
「どういうつもりで、あんなとこ出入りしてんの?」
「若い時を楽しもうよ。似合わんよ。暗いぜ、アニメオタクなんかさ。時間を無駄にしないでさ。夜、XXXレジデンスでビリヤードやってッから、こいよ」

一瞬、真っ白くなった。
が、何かを言い返した。
血が頭に上ったんで、よく覚えていないが、
「俺は楽しんでいる、余計なお世話だ」といった趣旨をまくしたてた。

部屋に戻って、泣いた。
時代遅れジャン、あいつ。
ていうか、誰なの、あいつ。
どこで目をつけられたんだろう。

怖い。

日本の弟と彼女に、彼らが起きている時間を見計らい、ビデオ通話した。

「レ兄ニィ、そんなこと気にすんなって」

「レナちゃん、そいつに目をつけられてたんだよ、レナちゃんは可愛いから。たとえ男相手でも気を付けなよ。あんたは隙がありすぎるから。あたし、浮気は赦さないからね?」

もうちょっとで、弟と彼女が遊びにくる。
ホテルに泊まって観光する予定。
留学して数か月、すっかりホーム・シックになっていた。


◇

レオと、中国系であるクリスとディラン。
それに、日本人の私立大学から来た女の子二人と、日本料理屋に行った。

女の子二人はまだ18歳で、僕が一番年上の21歳だった。
レオもクリスもディランも、実は18歳だ。

女の子たちとは、僕は初対面。

なんだか気後れした。

年長者でリードしなきゃならない。
…のに、僕は陰キャでシャイだから。

女の子二人はスタイル抜群、顔もキレイで、ドキドキしてしまった。

レオは塩顔ひょろり、クリスは少し惜しい感じの二枚目、ディランは三枚目。

なるほど、クリスとディランはこの女の子達を狙っている。

3対3で向き合って座るが、僕は女の子側だ…

レオが僕に相対する。
いやに、絡みつく視線を感じる。
胸の、あたりに…

…居心地が悪い。

出されたウドンには、でかいブロッコリーが鎮座していた。
一口食べたが、生煮えで、マズかった。
これだから中国系のやる日本料理店は嫌なんだ!

「レニィ、それ、食べないの?」
レオが、僕の椀からブロッコリーをひょいと箸で掴んで、食べちまった。

えっ、そんなん、アリ?
普通のこと、なのかな?
かじりかけなのに…


ビリヤードを皆でやった。
あの丸眼鏡野郎が言っていたトコだが、あいつはいない、ほっとする。

レオが教えてくれた。
僕がキューを持つ手に、後ろから彼は手を回し、狙い方を教える。

近い…
…が、久々にやると楽しいな、ビリヤード。

その後は、皆が集まっている、という部屋へ。

6畳ほどのカラオケボックス的な小部屋で、コの字型のソファーに男女がぎっちり詰まっていた。

詰めて、詰めて…

「レンも座って」とレオ。

近いっていうかゼロ距離、大密着。

…えーん、もう帰りたいよー…

「これ見て、これ見て」

特大のゴムが回ってくる。
下品だ。
何が面白いのか。

そういうことしか、頭にないんだから!


レオの部屋で、皆で動画を見ていた。

僕は薄着で来てしまって、震えていた。
「グリーン・ティー」という、ごっつ甘く不味い中国の紙パックのジュースを飲みながら。

騙された~…
日本の緑茶だと思ったのに~。

ぽすっ。

レオが僕の肩に、彼のカーディガンをかけた。
センクス!あったか~い、親切だな、レオは。

嬉しい…

でも…

「男が男にカーディガンをかける」

…これって普通のこと?

レオは、ぴったり、隣に座っている…
横を、向け、ない…


レオと二人、キャンパス内のCourtyard中庭で過ごしていた。
11月、晴れ。

僕は『ふしぎの国のアリス』に関する意味論の本を読んでいた。課題に出されているのだ。

ヒンヤリした空気に花の匂い。

「レニィ、これはコハマギクっていうらしい」

レオがスマホと花を持って隣に座った。

「マーガレット…デイジーにそっくりだね!…コハマ?」

「アークティック・デイジーの一種だって。日本原産の、地面に低く咲くキクの仲間…」

「へえ。花占いをしたくなっちゃうな。レオはいるの?好きな人?彼女いたっけ、そういえば」

「…いや…」

僕は、花びらをちぎりながら、日本の、日本人の恋人のことを。

想った。



クリスの部屋に入る。
ボコボコした細長いガラスの瓶を手に持つクリスが、言った。

「気持ちよくなるだけだよ。危ないことなんてないから」

「レニィも吸うよね?」

ベッドの暗がりを見やると、あの女の子二人とレオとディランが、プカプカ盛大に煙を吹き出していた。

すっかり出来上がっている。

…a…e…i…o…u…


ディズニー映画の『不思議の国のアリス』の芋虫が唄う「A・E・I・O・U」のメロディが脳内をジャックした。

あの描写は今のコンプライアンス的にはNGだよなァ?
タバコの煙を子供の顔に吹き付けるなんざ、さ。

「吸い方教えてあげる…レナ」
「レナ、カモン…」

あ?
レナ呼びしていいのは俺の恋人だけだ!
いくらレオでもダメ!

女みたいじゃん、よしてくれよ。



皆で、夜、海岸に行こうよ。
流れ星を見よう。

そう誘われて、レオ、クリス、ディラン、それと件の女の子二人ーークリスとディランと付き合っているーーと、キャンパスを抜けた海岸線へ、行った。

海岸へ続く下り坂の途中。
数メートル先を男子学生が二人、歩いていた。

なんとはなしに見ていると、彼らはおもむろに手を繋ぎ、指を絡めた。

…おっ…
海外はオープンだからなァ。

横にはレオ。

…
僕は、ポケットに手を入れ、気持ち、彼から離れた。

海岸線。

漆黒の海に、星座が浮きつ、沈みつ。

実家、信濃の国の空のようだ。
僕は高校の時、窓から夜空を眺めては、北斗七星を筆頭とする星座を探した。

青緑に燃える火球を目撃したこともあるっけ。

そこかしこに倒木が、行き倒れのように横たわっている。
その木の一つに座った。
写真を撮れるだろうか。
スマホを出して設定をいじっているとレオが言った。

「レニィは俺のことをどう思っている?」

「はァ?…何だって?」
「あれ?クリスたちは何処へ行った?そういえば」

各々のお相手とシけこんだよ、オフ・コース。

「…レナは、俺のことをどう思っている?」


レオの言わんとすることを理解した。
俺をレナと呼ぶな。
俺を女の子を見るような目つきで見つめるな。
俺は男だ、期待をするな。
俺には可愛い恋人がいる。

「いわなかったっけ?俺には彼女がいるよ!」

「レオ。俺はもう帰る。寒いし…バイ!」

俺は背を向けて、さっさと歩き出そうとし…

"You are disappointing.お前には、がっかりだよ"

笑いを含んだような声音でレオは言った。

見ると、彼は、皮肉を宿したチェシャ猫の笑みを顔に浮かべていた。

俺は肩をすくめて、彼を置き去りに歩き出した。

"You are disappointing."
"You are disappointing."
"You are disappointing."

頭にこびりついて離れなかった。

どうやって帰ったのだろう、シャワーを浴びて泣いて、ベッドでも泣いた。

期待に応えられなかった。

だが。
彼の、なんの、期待に、なのか。
今までの彼との時間は、なんだったのか。
俺が応えられなかったとしても。
何故俺に、非があるように言われるのだ。
どう、彼を勘違いさせたのだろう。
彼女のことを、ちゃんと話しただろうか。

"You are disappointing."

どうすれば応えられた?
人形となって、シーシャでラリって、彼のモノとなればよかったか。

「レナちゃんは、かぁいいから」
「鍵もちゃんと閉めるんだよ」
「カナダは、多くの人がクスリをやっているけれど、レナちゃんは、やっちゃだめだよ」

「やらないよ」

ガレージに描かれた、注射針、打ち込む、グラフィティ。


…待って。
俺は男だろうか。
女なんじゃないだろうか。
皆でウドン食べた時。
俺は女が着るような、キャミソールを着てはいなかったか。
レオは胸元を見てはいなかったか。
だから俺は女の子側に座らせられたのだ。
174cmも身長はなく、157程度であって。
だから男もののカーディガンにすっぽり収まったのでは
…ないだろうか。

恋人は、男ではなかったか
…
レナ、ちゃん…?

恋人、みやび…
…みやび…

…雅…

待って。
妄想だよ。
俺は男だよ。

"I am disappointing."


男としても、女としても。

わたしは、いつも、たりては、いない。


「…嘘だ…」

竜宮レナート東

a.k.a.  レナ。











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