メインコンテンツへスキップ
見出し画像

#1「冷たい」って言われ続けた私は、ほんとうに冷たかったのか?

    「“冷たい子やな”──物心ついた頃から、母にそう言われ続けてきた。」

    何度も何度も浴びせられると、人って不思議と、それが“自分”になってしまう。
    私は、その典型だった。

    「私は、冷たくて冷酷な人間なんだ」──そう思い込んで、何年も疑いもせずに生きてきた。

    気が強くて、言うことを聞かない私は、いつも母に責められてばかり。
    ……いや、今思えば、あれは完全に呪いだった。

    真っ黒な言葉を毎日のように浴びていると、心の中に煤(すす)がたまっていく。
    だんだん呼吸がしづらくなる。
    そして気づかないうちに、自分のことをどんどん嫌いになっていく。

    私は、「自分の気持ち=間違ってる」と信じてる子だった。
    自分の考えも、「どうせ私が悪いんやろ」って、最初から自信を持てなかった。

    外から見れば、明るくて元気な子に見えてたらしい。でも中身は、ずっと真っ暗闇だった。

    子どもって、とくに母親の言葉を、疑いなく信じてしまう。
    私もそうだった。

    20代になるまで、そんな呪いにすら気づけなかった。
    だけど、世の中には、40代になってもそのままの人がいると思う。
    だからこそ、今はこう思う。「その呪い、はやく解けてほしい」って。


    うちの母は、毎日のように、離婚した父の悪口を私に聞かせていた。
    私はそれも、最初は素直に信じてた。

    でもある日、ふと、頭の中に疑問が湧いた。

    「……ちょっと待てよ?」

    『人の悪口ばっかり言ってる人って、その人の方がヤバくない?』

    今となっては当たり前のこと。
    でも当時の私は、本当に気づけなかった。
    怖いよね、自分の“当たり前”って。
    気づかないうちに、それが“世界”になってるんだから。

    ——テレビを見ながら、芸能人のことを「太りすぎ」「なにが可愛いん?」とバカにする母。
    『この女優、ほんま下品やわ〜』と笑う母。
    その姿を見た時、ついに心の中で反論が生まれた。

    “いや、下品なん、どっちやねん。”

    そして気づいた。

    「なんなん、自分のことは棚に上げて、人のことばっか言って…それで正しいって思ってるん?」

    私のことを“冷たい”と言っていた母。
    でもその言葉こそ、残酷で、優しさの欠片もなかったんじゃないか?

    そこから私は、少しずつ考え始めた。

    このイヤ〜な感情。
    これって、私が“冷たいから”なの?
    それとも、私が“やっと感じられるようになった”からじゃないの?

    そして思った。

    「私に“冷たい”って言ってくる母は、本当に優しい人だったのか?」

    ……いや、むしろサイテーやん?(パッカーン)

    その瞬間だった。
    いままで“信じてたもの”が、音を立てて崩れ落ちた。

    「なんで私は、こんな酷い人の言葉を、ずっと正しいと思ってたんやろ?」

    そう思った瞬間、答えが見えた。

    これ、もう宗教やん。
    私は、“母という名の教祖”を、完全に信じきってた信者やったんや──って。


    #2につづく…








     
     
    1人サロン/自営エステティシャン。 週3休み・1日4時間まで・1日3名まで ⇒ラクチンに月商100万越え 自信なくて人の目ばかり気にしてた→メンヘラ期→いっぱい自分と向き合ってすくすく成長→今は自分で稼いで楽しい。 お金も欲も大切に生きる。

    あなたへのおすすめ