
黄金週間おわり
GWに突入してから連日、これでもかというくらい寝ました。
もともと放っておかれれば、十時間超えは固いというか、半日くらい寝ています。
大谷選手が現れるまでは、こんなに自信を持って自分の多眠症を誇ることはできませんでした。
かつては完全な不眠症でしたが、人生折り返し地点に立って、帳尻を合わせようとするかのごとく急に睡眠欲が湧きはじめたので。
「おはよう」がちっとも早くない、「グッドモーニング」が朝じゃないこととその後ろめたさに関しては、今もなお不変であります。
「一日を無駄にしているね」
「寝すぎて顔むくんでるよ」
「よく寝るわりに身長伸びなかったね(そのくせ爪伸びるの早くない?)」
など意見されるたび、私は必死に自分の見てきた夢の壮大さ(午前中をまるまる犠牲にする価値のある、現実にはありえないスケール感)を力説してきました。
なんせ、飛べます。夢の中で。
ただ私の場合、高所恐怖症なので、基本低空飛行になります。
高さとしてはそうですね、平均的には、空飛ぶダンボ(ディズニーランドの乗り物)ほど。最高でも、鎌倉大仏の肩くらいまでかな。
10mには達してないと思います。
独学で習得しましたが、結構コツが要るんです。久しぶりだとたまにスランプに陥って、基礎からやり直したりもします。
その点ロングスリーパーなので、練習時間は夢の中でたっぷり確保してあります。
数年振りにゲレンデに出てスキーやスノボーに挑む時、滑り出しで大体読めますよね、すぐにブランクを取り戻せるかどうか。あの感じを思い出して。
全然感覚が戻らない時なんかは、タイムリミット(目覚める)まで飛べないこともあって、「魔女の宅急便」のキキ並みに焦ります。
ちなみに飛んでいる姿は、できることならば他人に見られたくはない。コツを掴むまでは不安定な上、そこそこ不格好なので。
スーパーマンのように脚をまっすぐ伸ばす姿勢は、バランスを崩してすぐ横転してしまうので無理です。
具体的には、左手を上から振り下ろす勢いを利用して宙に浮くので、サイドフリップしちゃいそうになるんですが、そこは背中を丸め込んだ姿勢のまま回転しないよう制御し、徐々に脱力しながら手足を開いていくイメージ。
限界まで小さくプルプルさせている感じは、そこそこ不様です。
近いとすればあれかな、フェリーニの「8 1/2」冒頭の飛行シーン。
あんな雲を越える高さまで飛ぶのは恐ろしくてありえないけど、前のめりでお尻突き出ちゃうのは同じだし、このように情けないくらい膝を曲げている気がします。

関係ないけど、中学生の頃から今でもずっと、三國連太郎は日本のマルチェロ・マストロヤンニだと信じてる。
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パラレル
それから、横揺れと高度を常に細かくコントロールしていないと、ギューンととんでもない高さまで上昇してしまうんですよね。危ないのなんのって。
ずっとバランス保持するのは、まあまあ疲れます(まだその話、飛ぶ話を続けるのかって空気はわかるけど、人に話すともうこの辺りの時点で誰も聞いていないので、書き記すことにしました)。
なので実のところ飛行を楽しんでいるのかと問われたら、そうでもないような気もしてくるけど、飛べない現実を突きつけられるとかなり落ち込む。
夢から覚めて、「え、何?現実は飛べないんだっけ?」みたいな混乱と失望が、低血圧症特有の "覚醒後の起立時は視界真っ暗5秒間" に一気に押し寄せるので。もう大パニック。
フランケンシュタインの実験台にされたクリーチャーが、電気ショックで蘇った直後の感情に近いんじゃないかな。
そんな有様でふと、ふつふつと思うのです。
夢から覚めた飛べない現実の私、寝ぼけたこの身(現身)に何が起こると期待して早起きするというのだろうか。
あっち(夢)の世界を振り切ってまで、こっち(現実)で何を成し遂げるつもり?何のために私は目を覚ますべき?飛べないのに?
などと自問を繰り返しているうちに、おやつの時間になります。
そもそも起床時間が正午を過ぎているので、あっという間に三時です。
今日のおやつは、露骨にサイズダウンされた源氏パイでした。
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時間は無限ではなかった
慣れてくると、左右交互のスムーズな揺らぎで、視界はこんな風にひらけるよというわかりやすい例が、「風の又三郎 ガラスのマント」。
伊藤俊也監督作品という情報は、大人になってから知りました。
宮沢賢治の原作を、女囚さそりの監督が映画化するとはね。
子どもの頃に何度も観ているので、その世界観が夢に反映されている可能性は大いにあります。
そしてもしかしたら、あの頃の柔軟性と感受性の強さはもう取り戻せないという潜在的な劣等意識を修正すべく、私は今も脳内で低空飛行訓練を続けているのかもしれません。