
9章㉖入籍とグリーンカード取得
穂高養生園を離れ、高速バスの中で
仲間達から頂いた寄せ書きアルバム
を何度も読み返しては涙を流しつつ、
フィアンセDAVIDの待つシアトルへ
私はそのまま向かった。

DAVIDは私の誕生日をお祝いしようと、
サプライズでサンフランシスコの旅を
用意してくれていた。
そして私はDAVIDに「運命的なご縁を
感じるから、いつでも結婚できる準備
と覚悟がある」と伝えた。
DAVIDは私の爆弾発言に、もの凄く驚
いていた。
彼は婚約期間中しばらく2人で暮らして
みて、お互いの理解をまずは深めてか
らその後でDAVIDは結婚のタイミング
を慎重に考えていたようだ。
出会ったばかりで2週間位しか一緒に過
ごしていない私達はお互いに知らない
事がまだまだ沢山あった。
でも私は「結婚してからお互いを理解
していけばイイ‼」と話した。
当時私は38歳、DAVIDは54歳で「婚約
☞同居☞結婚」とウダウダと過ごすの
は、何だか時間がもったいナイと感じ
た。

DAVIDは私の「婚約☞すぐ結婚」の考
えに戸惑いを感じた様子で、「ちょっ
と考えさせて欲しい」と大好きな海を
眺めながらお散歩してた時、真面目顔
で言った。
翌朝、熟慮したDAVIDはお祈りの時間を
長く持ち、その答えがココロに届いたみ
たいで「大丈夫、結婚の覚悟が出来た‼」
と話してくれた。
DAVIDの結婚の覚悟が出たので、彼の出
生証明書をまずシアトルで取り、12月静
岡に彼と一緒に帰省し、私の両親に初め
てDAVIDは挨拶に行った。
ちょうど私の妹の第二子の出産時期と重
なり、実家には妹夫妻が新生児と共に滞
在中で、産後大変な妹を気遣い、私達は
静岡駅近くのホテルに泊まっていた。

父母はDAVIDのこの初訪問は、両親と
フィアンセとの「ランチ会&初顔合わ
せ」程度に軽く考えていた様子…。
父母のDAVIDへのおもてなしのご馳走
を、たらふく食べた後、母が何氣なく
「お2人の明日の予定は?」と私達に
尋ねてきた。
私は「これはチャ~ンス‼」とDAVID
に「父母に話して‼」とギュッと目配
せした。
サムイ島で初めて出会った日から、ち
ょうど9か月後の12/5「明日、2人で
入籍届を出す予定!!」DAVIDが強い覚
悟で私の父母に切り出した。
メチャ驚きながらも、真面目に聞いて
いる私の両親に日本語で彼の私への真
剣な想いを丁寧に伝えてくれた。
父と母は最後までDAVIDの話をただ、
静かに真面目に聞いてくれた。

日本式の「結婚のお願い」ではなく
「結婚します‼」の報告だったので、
父母はその突然の展開に物凄く驚き、
この急展開に度肝を抜かれた様子。
でも私達2人の真剣な気持ちを理解
してくれ、両親は婚姻届の承認欄に
サインと捺印を無事もらえた。
私がちょっと席を外した時、DAVID
が心配顔の母に何かを伝えたらしく、
私が戻ると母は何故か泣いていた。
翌朝、静岡の市役所へ2人で書類を提
出‼
手続きはとてもシンプルでとても呆気
なく、簡単に済んだ。
これで晴れて、公式の夫婦になれて幸
せ気分は最高頂‼
DAVIDの”FRY”というファミリー・ネ
ームと私の”佳子”のファーストネーム
がどうも、しっくりこない。
「けいこ・フライ」何だかどっかへ飛
んで行きそう!?

それに運転免許証やパスポート、通帳
などの名前変更の手続きが、とにかく
面倒臭いし、女性が男性の姓を名乗る
古い価値観・伝統的なしきたりにうん
ざりしてた私は、結婚後も姓は変えず
そのままにした。
名前はタダの呼び名・タイトルだから
姓が異なっても私達の深い繋がりには、
一切関係ナイと思ってる。
そして結婚のお祝いに熱海温泉へ向か
い、穂高養生園で仲良くなったNさん
夫妻のお宅に結婚の挨拶がてらお泊り
をさせて頂いた後、新婚旅行は私達が
出逢ったあのサムイ島へもう一度訪れ
た。

その後しばらくDAVIDが定職に就いて、
収入が安定する迄3ヵ月に1度私がシア
トルを訪れてDAVIDと一緒に3か月弱
過ごし、また日本に戻ってしばらく離
れ離れになる、私達の新婚生活が何と
か始まった。
DAVIDの友人の弁護士さんの有益なア
ドバイスのお陰で、結婚してから2年
後に私は問題なくやっとグリーンカー
ドを取得できた。
これでようやくDAVIDとシアトルで夫
婦として、法律の問題なく新婚生活を
スタートできるようになった。
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