
忙しい毎日の中で、後回しにしていた大切なものが見えてくる
あなたが片付けをしたいと思う時はどんな時ですか。
探し物に時間と気力を奪われ、イライラが頂点に達した時。
家の中が、自分の空間がなく、“誰かのもの”で埋まっていると実感した時。
これからの自分を想像した時、今の暮らしがまったく合っていないと気づいた時。
そして、
焦りと悲しみが押し寄せて、やる気はあるのにできないと、片付けできない自分をダメだと思って自分責めしてしまう。
40代、50代はやることが山のようにあります。
親のこと、子供のこと、夫婦のこと、家庭のこと、仕事のこと。
そして自分のこと。
全てが同時進行で、常に追われているような状態。
そして、自分のことを考える余裕がないまま、気づけば一日が終わっていることがほとんどです。
家を片付けたい。
毎日の家事を楽にしたい。
気持ちに余裕がほしい。
自分のために使える時間を作りたい。
「片付けたい」という気持ちはある。でも、できない。
わかっているのにできない。それが一番のジレンマであり、苦しみです。
でも、その気持ちは「あなたが悪い」というサインじゃない。
「今のあなたには、それだけの余裕がない」というサインなんです。
片付けたいと思う理由は、人によって様々です。
片付けは、単に物を減らしたり、収納をきれいに整えたりすることだけではありません。
一つひとつの物と向き合うことで、
「私は今、何に時間を使っているのだろう」
「本当は誰との時間を大切にしたいのだろう」
「忙しさの中で、何を後回しにしているのだろう」
と、自分の暮らしを見つめ直すきっかけにもなるんです。
今日は、片付けをしながら、忙しい毎日の中で後回しにしていた大切な人や時間に気づいたお話をしたいと思います。
昨日、私も片付けをしていました。
私は卒業アルバムはすべて処分しているのですが、片付けている途中で、懐かしい写真が2枚出てきました。
1枚は、中学校からの親友で、9年前に亡くなった友達との写真。
もう1枚は、高校時代の仲良しグループで撮った写真でした。
写真を手に取った時、私が思い出したのは、写真という物そのものではありませんでした。
そこに写っている人たちとの時間でした。
高校時代の写真に写っていた友達の一人は、同じクラスになったのは1年間だけでした。
それなのに不思議と気が合い、ずっと仲良くしていました。
社会人になってからも時々会い、お互いが親になってからも会っていました。
けれど、仕事や家事、子育てに追われるうちに、いつの間にか疎遠になっていました。
会おうと思えば会える距離だったのに、年賀状やLINEだけのつきあいになっていたのです。
中学校からの親友とは、定期的に会っていました。
ある時、私が電話で、
「近いうちに会わない?」
と誘ったところ、
「ちょっと忙しいから、そのうちね」
と言われました。
「じゃあ、またね」
と電話を切ったのが、彼女と話した最後になりました。
彼女が亡くなった日に、ご主人から電話がありました。
病気のことを私には言わないでほしいと、彼女が話していたそうです。
心配をかけたくなかったのだと思います。
私はしばらく、悲しみを引きずっていました。
そして、会いたい人には、会える時に会わなければいけないのだと痛感しました。
人には、いつ何があるかわかりません。
20代の頃、こんな言葉を聞いたことがあります。
「カレンダーにSundayはあっても、Somedayはない。いつかという日はない」
その時は、うまいことを言うなあと思っただけでした。
けれど親友が亡くなった時、ふとその言葉を思い出しました。
私たちは、毎日のように「いつか」「いつか」と考えています。
仕事が落ち着いたら。
子どものことがひと段落したら。
家の中が片付いたら。
時間ができたら。
そう思っているうちに、何年も過ぎてしまう。
それから2~3年が過ぎた頃、私は思いました。
会いたい人には、会っておこう。
「いつか会いたい」と思っていても、その「いつか」は来ないかもしれない。
そこで浮かんだのが、年賀状だけのつきあいになっていた高校時代の友達でした。
思い切って連絡をすると、最初は驚いていましたが、とても喜んでくれました。
そして、すぐに会うことになりました。
実際に会うのは、10年ぶりくらいでした。
それでも顔を合わせると、10年という時間がなかったかのように話に花が咲きました。
子どもの話。
親の話。
仕事や暮らしの話。
そして、学生時代の話。
自分の今やっていることやこれからやりたいこと。
話は尽きず、別れるのが名残惜しいほどでした。
「あの頃つきあいがあった人たちとも、今は縁が切れちゃったね」
「こうして今でもつながっている縁は、大切にしないとね」
二人で、そんなことを話しました。
けれど、それ以来、また彼女とはしばらく連絡を取らないままになっていました。
忙しい毎日に戻ると、大切にしたいと思っていることさえ、また後回しになってしまいます。
今回、地震があり、九州に住む何人かの友達に連絡をしている時に、ふと彼女の顔が浮かびました。
「どうしているかな」
「また、ずっとご無沙汰してしまっている」
「彼女にも連絡しなきゃ。会っておきたい。後悔したくない」
そう思いました。
片付けをしていると、今の自分に必要な物と、もう必要ではない物が見えてきます。
けれど、見えてくるのは物のことだけではありません。
自分の時間を、何に使いたいのか。
誰との時間を、後回しにしたくないのか。
毎日の中で、本当は何を大切にしたいのか。
忙しさに隠れていた、自分の本音まで見えてくることがあります。
時間は有限だということに気がつきます。
あなたにも、
「落ち着いたらやろう」
「時間ができたら連絡しよう」
「いつか会いに行こう」
と思ったまま、後回しになっていることはありませんか。
40代、50代は、自分のためだけに時間を使うことが難しい年代です。
家族の予定を優先する。
仕事の締め切りを優先する。
子どものことや親のことを優先する。
本当は自分のことを優先したい。
だけど、その気持ちよりも生活に追われる毎日が目の前にある。
なんとかしたい。
だけど、大切な人に連絡することも、自分がやりたかったことも、後回しになっていく。
焦りとイライラと諦めを飲み込む毎日。
けれど、本当に時間がないのでしょうか。
目の前にあることをこなすのが精いっぱいで、大切なことに使う時間が見えなくなっているだけなのでしょうか。
片付けは、そんな暮らしを一度立ち止まって見直すきっかけをくれます。
物を一つ手に取り、
「これは、今の私に本当に必要だろうか」
と考える。
なんとなく置いてある物。
いつか使うかもしれないと残している物。
見るたびに「片付けなきゃ」と感じる物。
そうした物を少しずつ見直していくと、家の中だけでなく、頭の中にも余白が生まれます。
探し物に使っていた時間。
片付けなければと悩んでいた時間。
必要のない物を管理していた時間。
そうした時間が減ることで、本当に大切なことに目を向けられるようになります。
会いたかった人に連絡する。
家族とゆっくり話す。
自分の好きなことをする。
一人でほっとする時間を持つ。
片付けは、物を減らすためだけではなく、自分の時間を取り戻すためにするものでもあるのです。
そして、
ただ待っているだけでは、ご縁が続かないこともあります。
つなぎたい縁は、自分からつなぐ。
大切にしたい人には、自分から連絡する。
後回しにしていたことに、小さな一歩を踏み出す。
そのための時間と心の余裕をつくることも、暮らしを整えることの一つだと思います。
私も高校時代の友達に連絡するまでは、かなり時間がかかりました。
突然連絡したら、迷惑ではないだろうか。
今さら、どう思われるだろう。
そんなことを考え、勇気もいりました。
けれど、あの時一歩を踏み出したからこそ、また笑って会うことができました。
片付けとは、何もかも手放して、物を少なくすることだけではありません。今の自分に必要なものを選び直すことです。
毎日使う大切な物。
気持ちよく過ごせる空間。
自分のために使える時間。
これからもつながっていたい人。
そして、忙しさの中で後回しにしてきた、自分自身の気持ち。
なんとなく持ち続けている物を見直す。
なんとなく引き受けている用事を見直す。
そして、本当は大切にしたいのに、後回しにしていた人や時間を思い出す。
余分なものを少しずつ手放していくと、自分が本当に大切にしたいものが、以前よりはっきりと見えてきます。
あなたは今、何を後回しにしていますか。
会いたいと思いながら、会わないままにしている人はいませんか。
やりたいと思いながら、先延ばしにしていることはありませんか。
毎日の忙しさが少し落ち着いたらではなく、今の暮らしの中に、大切なもののための時間を作っていく。
そのために、まずは身の回りを整えてみてもいいのではないでしょうか。
もし今、ふっと顔が浮かんだ人がいるなら、その人に一言、連絡してみる。電話でも、LINEでもかまいません。
もし、ずっと気になっている場所があるなら、引き出し一つから片付けてみる。
そこに入っている物を見ながら、
「これは、今の私の時間を使ってまで持ち続けたい物だろうか」
「私は本当は、何に時間を使いたいのだろう」
と、自分に問いかけてみる。
片付けを通して、あなたも忙しい毎日の中で後回しにしていた、大切な人や時間、自分の気持ちを見直してみませんか。
「いつか時間ができたら」ではなく、「今できる小さなこと」から。
片付けは、家をきれいにするだけではなく、自分の時間と心の余裕を取り戻す第一歩になるのだと思います。