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説明できない直感にしたがって|ハッピーライティングマラソン#60

    木ノ下けい

    「直感が当たったとき、外れたとき」というお題。

    どちらも経験がある。

    まず、当たった時のこと。

    もともと私は、リゾートというものにあまり興味がなかった。旅は好きだけれど、南の島でのんびり、という感じではなかった。

    それなのに、ある時、突然ハワイに行きたくなった。

    理由はない。ただ、行きたい。そう思ったら止まらなくて、行った。

    そうしたら——不思議なことが起きた。

    何年も心に引っかかっていたこと。ずっと抜けなかった未練のようなもの。それが、すっと消えたのだ。まるで、刺さっていたトゲが抜けるように。

    自分でもびっくりした。何なの、これは、と思った。

    あとになって、こんな話を聞いた。普段行かないような場所に行くと、気分が変わって、悩みが軽くなることがあるらしい。

    なるほど、それだったのかな、とも思う。

    でも、それだけではない気もしている。あの「行きたい」は、どこから来たんだろう。いまでも、うまく説明できない。

    次に、外れた時のこと。

    甥の受験のとき、私には、彼が志望校に通っているイメージが見えた気がした。だから「絶対受かるよ」と言った。

    でも、結果は違った。

    あとから思う。あれは直感ではなかったのかもしれない。可愛い甥に受かってほしいという、祈りのような気持ちが見せた景色を、直感と勘違いしていたのだと思う。

    ——だけど、どんな結果にも、そこから生きてくる経験があると私は思っている。彼は、進むことになった場所でこそ経験できる、いい時間を過ごすだろう。

    二つを並べてみて、気づいたことがある。

    当たったほうには、願いがなかった。ただ、理由もなく行きたくなっただけ。

    外れたほうには、願いがあった。こうなってほしい、という気持ちが混じっていた。

    ほんとうの直感は、たぶん、まっさらなほうだ。何かを望む気持ちが入っていない、説明できないまま湧いてくる、小さな声。

    理屈で説明できるものより、できないもの。
    そういうものを、私はもう少し、信じてみたい。

    Follow the pull you can't explain.
    説明のつかない、小さな声を追いかけて。


    あなたの心には今、どんな「やりたい」という声がありますか?


     
     
     
    翻訳者も歩けば、「ほんとう」に当たる。 日本語と英語を行き来して見えたこと。

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