
#10 オタク女子の異世界日記〜だからBLはやめられない「夢の向こうで眠る君へ」
〘オタク女子の異世界日記〜だからBLはやめられない〙これまでのお話はコチラからどうぞ(*´ω`*)
「夢の向こうで眠る君へ」
ピッ……
ピッ……
一定のリズムで鳴る電子音。
「……今日も来たよ。」
優しい女性の声。
どこか寂しそうで、
それでも笑顔を作っているような声だった。
ここはどこなのか。
何も分からない。頭がぼやっとしている。
ふわりと風が吹いた。
薬品のような匂い。
消毒液。
どこかで嗅いだことがある。
白いカーテンが揺れる。
その隙間から、一人の男性が見えた。
静かに眠っている。
黒い髪。
見覚えのある横顔。
─────その瞬間だった。
世界が音を立てて崩れる。
ガラスが割れるような音。
視界が真っ白になった。
────────これは夢だ─────
「─────うわっ!」
めぐみは飛び起きた。
肩で息をする。
朝日がテントの隙間から差し込んでいた。
「夢……?」
何を見たのか、もう半分も思い出せない。
残っているのは。
白い部屋。電子音。眠る男性。
それだけだった。
「─────どうした?」
テントの入口からひょっこり九郎が顔を出した。
「すごいうなされておったぞ。」
「そ、そう?」
「魚、食うか?美味いぞ?」
「朝から魚の丸焼きは重いよ……。」
九郎は「そうか」とだけ答えて外へ出ていく。
めぐみは胸に手を当てた。
(変な夢だったな……。)
夢。
そう思えばそれまでだ。
だけど。
胸の奥だけは、現実のように痛かった。
─────外では悠斗が焚き火を起こしていた。
アルドは腕輪の姿で木箱の上に置かれている。
「おはよう。」
悠斗が笑う。
「寝坊だな。しかもテンション低い。」
「うーん。変な夢見ちゃってさ。」
「────奇遇だな。」
悠斗が薪をくべながら言った。
「─────俺も。変な夢を見たような気がする」
めぐみは顔を上げる。
「・・・えっ、悠斗も?」
「ああ。」
「どんな?」
「うーん、覚えてない。変な夢だったのだけ覚えてる。」
苦笑いする。
「────ただ、病院みたいな場所だった気がする。」
その言葉に。
めぐみの心臓がドクンと鳴った。
「……病院?」
「夢なんてそんなもんだろ。大体わけわからん。」
悠斗は笑ってパンをひっくり返した。
それ以上気にしていない様子だった。
めぐみも笑って返す。
「ゲームのやりすぎじゃない?」
「────かもな。」
そう言いながら。
自分も同じような夢を見ていたことは言えなかった。
朝食を終え、一行は王都の冒険者ギルドへ向かう。
今日も朝から活気に溢れていた。
───受付には見慣れた女性。
セレナが笑顔で迎える。
「あっ、皆さん、おはようございます。」
「おはよー!」
めぐみが元気よく手を振る。
その隣では悠斗が小さく会釈をした。
九郎はカウンターへ飛び乗り、
当然のような顔で丸くなる。
セレナは苦笑いしながら引き出しを開けた。
コトッ。
────胃薬だ。もう準備している。
「はい。」
「もう挨拶代わりになってる!」
「皆さんが来ると大体胃が痛くなるので……。」
「ごめん!」
「自覚はあるんですね。」
悠斗が小さく笑う。
アルドも腕輪のまま呟いた。
「成長したな。」
「褒めてないですよ?」
ギルド内に笑いが広がる。
────セレナは一枚の依頼書を取り出した。
「今日の依頼も調査依頼です。」
「なんの調査?」
「王都の北にある古代遺跡です。」
机の上に地図が広げられる。
森。 川。山。
そして一番北に、小さく描かれた遺跡。
「最近、この辺りで奇妙な現象が報告されています。」
「・・・・奇妙な現象って?」
「景色が歪んで見えたり、
不思議な音が聞こえたり……。」
めぐみの目が一気に輝いた。
「限定イベントだぁぁ!」
「────違う・・・と思います。」
セレナは冷静に答える。
「……でも。」
少しだけ声を潜める。
「そのさらに北には、
───『白い塔』があるという噂があります。」
九郎の耳がぴくりと動いた。
めぐみは見逃さない。
「────クロちゃん。」
「なんだ。」
「知ってるね?」
めぐみはニヤニヤしている。
「知らん。」
「絶対知ってる!」
悠斗も続く。
「九郎、図星なのか?」
「違う。」
猫はそっぽを向いた。
その反応が、かえって怪しかった。
めぐみは地図をじっと見つめる。
白い塔。
ゲームマスター。
そして、さっき見た夢。
点と点が、まだ線にはならない。
それでも胸の奥では、
何かが少しずつ動き始めていた。
────ギルドを出た一行は、
王都の北へ続く街道を歩いていた。
初夏の風が草原を揺らし、小鳥のさえずりが響く。
その静けさを破ったのは、やはりめぐみだった。
「よぉぉぉし!」
両手を高く掲げる。
「今日は王道の騎士でいく!」
九郎は歩きながら深いため息をついた。
「また始まったか……。」
「今回は真面目だから!騎士は強いでしょ?」
「前回もその前も聞いたぞ。」
「今日はイメージが完璧なの!」
めぐみは拳を握りしめる。
「若き騎士と歴戦の騎士団長!」
「騎士×騎士いくぞぉぉぉ!!」
悠斗は額を押さえた。
「その掛け声やめろ。」
しかし、もう遅かった。
───めぐみのスキル『超絶妄想』が発動する。
九郎の『変幻自在』も共鳴し光が九郎を包み込む。
続いて、アルドの腕輪も淡く輝き始めた。
────光が晴れる。
─────そこに立っていたのは、
二人の騎士だった。
一人は二十代半ばほどの黒髪の青年。
漆黒の鎧に青いマントを羽織り、腰には細身の長剣。
凛とした立ち姿は、まさに王国騎士。
「……動きやすいな。」
九郎が剣を軽く振る。
風を切る音だけが静かに響いた。
────その隣には、白髪交じりの渋い騎士。
深紅のマントを羽織り、
全身に歴戦の傷跡を刻んだ重厚な鎧。
背中には大剣。
ただ立っているだけで圧倒的な存在感を放っている。
────アルドだ。
「懐かしい姿だ。」
低い声で呟く。
めぐみは両手で口を押さえた。
「き、、、きた……!!」
「騎士団長と副団長だぁぁぁぁ!!」
「うぉぉぉ!!尊いぃぃぃ!!」
「───勝手に役職を増やすな。」
九郎が冷静に返す。
アルドは苦笑する。
「放っておけ。」
「はい、団長。」
その自然な返事に。
めぐみの鼻血ゲージが一気に上昇した。
「敬語ぉぉぉぉ!!」
「上下関係ぃぃぃ!!」
───悠斗は静かに空を見上げる。
「今日も平和だな……。」
森へ入ると、小型ゴブリンの群れが姿を現した。
「五体!」
悠斗が剣を抜く。
だが、その前に九郎が一歩前へ出た。
「団長。」
「任せる。」
アルドが短く答える。
次の瞬間。
九郎が地を蹴った。
一閃。
二閃。
三閃。
無駄のない剣筋がゴブリンを次々と切り伏せていく。
一匹が背後へ回り込もうとした、その時。
アルドの大剣が唸った。
ドォンッ!
重い一撃でゴブリンごと地面がえぐれる。
土煙が晴れた頃には、戦闘は終わっていた。
「終わったぞ。」
アルドが剣を納める。
九郎も静かに一礼した。
「お見事です、団長。」
「お前もな。」
二人はそれだけ。
多くを語らない。
それでも互いを信頼していることが伝わってくる。
────めぐみはその様子を見つめながら、
小刻みに震えていた。
「やばい……これは完全に……
騎士団時代に何かあったやつだ……!」
「戦場で命を預け合ってきた二人なんだ……!」
九郎が振り向く。
「勝手に設定を作るな。」
「でも絶対ある!」
「ない。」
「ある!」
「ない。」
悠斗は苦笑した。
「─────漫才か。」
しばらく進むと、森の景色が少しずつ変わり始めた。
木々は減り、代わりに崩れた石柱が増えていく。
やがて巨大な石門が姿を現した。
北の古代遺跡。
人の気配はない。
風だけが静かに吹き抜ける。
「ここが最深部かな。」
悠斗が辺りを見回す。
九郎の表情が少しだけ険しくなった。
「妙だな。」
「何が?」
「静かすぎる。」
アルドも頷く。
「魔物の気配もない。」
四人は慎重に中へ足を踏み入れた。
壁には見慣れない文字が刻まれている。
─────悠斗が近付く。
「これは、英語……?」
そう呟いた瞬間だった。
文字がゆっくりと揺れ始める。
読めそうで読めない。
アルファベットのようで違う。
形を変えながら、ゆっくりと崩れていく。
「なんだこれ……。」
めぐみは胸がざわついた。
見覚えがある。
でも思い出せない。
その時。
────ピッ……
頭の奥で、微かな電子音が響いた。
白い天井。
消毒液の匂い。
眠る男性。
朝に見た夢が、一瞬だけ脳裏によみがえる。
「……悠斗。」
思わず名前が漏れた。
「どうした?」
本人の声で我に返る。
「顔色悪いぞ。」
「う、うん……大丈夫。」
笑顔を作る。
けれど胸の鼓動だけは、さっきから速いままだった。
九郎は小さく呟く。
「まだ……その時ではない。」
「え?」
「────いや。」
それ以上、九郎は何も話さなかった。
静まり返った遺跡の奥には、
まだ誰も知らない秘密が眠っている。
そしてその秘密は、
少しずつ彼らを"真実"へと導こうとしていた。
──────帰り道。
夕焼けが森を赤く染めていた。
王都へ戻る道は、不思議なくらい静かだった。
いつもなら妄想で騒ぎ続けるめぐみも、
今日はどこか考え込んでいる。
「珍しいな。」
悠斗が笑う。
「今日は静かじゃん、めぐみ。」
「……うん。」
「遺跡が怖かった?」
「違うよ。」
めぐみは少しだけ空を見上げた。
「なんかさ。」
「今朝の夢のこと思い出してた。」
悠斗は少し驚いた顔をする。
「俺も。」
「え?」
「まだ全部じゃないけど。」
「白い部屋だった気がする。」
その言葉に、めぐみは思わず立ち止まった。
胸がざわつく。
けれど、それ以上は聞けなかった。
「まあ夢なんだけどな。」
悠斗は笑って歩き出す。

──────夜。
いつものキャンプ地。
焚き火を囲み、今日も夕食が並ぶ。
焼き魚。
スープ。
硬いパン。
そして、アルドだけ酒。
「今日も飲むのか。」
悠斗が呆れる。
「一杯だけだ。」
「昨日も聞いた。」
九郎が苦笑する。
穏やかな夜だった。
めぐみもようやく元気を取り戻し、
アニメや漫画の話で盛り上がっていた。
「そういえばさ。」
悠斗が魚を食べながら言う。
「今やってるアニメあるじゃん?
現実世界での話だけどさ」
「あれ面白いよな。主人公が最初に死に戻りするやつ。」
「あれ今すごい人気じゃん。」
めぐみの箸が止まる。
(……それ。)
(やっぱり四年前のアニメじゃ……。)
心臓が大きく鳴る。
悠斗は不思議そうに首を傾げた。
「どうした?」
「いや……。」
「なんでもない。」
笑って誤魔化す。
でも頭の中では、別のことを考えていた。
(あれ?なんで私。)
(四年前って思ったの……?)
その時。
悠斗が何気なく口にする。
「そういえばさ。」
「今って令和何年だっけ?」
焚き火の音だけが響く。
パチッ。
パチッ。
アルドが首を傾げた。
「令和?」
「年号のことだよ。」
「この世界にはないだろ。」
「そっか。」
悠斗は笑う。
「忘れてた。」
めぐみだけが笑えなかった。
(令和……。)
(何年……?)
数えようとする。
頭の中で指を折る。
なのに。
何故か数えられない。
昨日まで普通に分かっていたはずなのに。
「めぐみ?」
九郎が静かに声を掛ける。
「顔色が悪いぞ。」
「……大丈夫。」
本当は全然大丈夫じゃなかった。
何かが、おかしい。
夢。
病院。
白い部屋。
悠斗。
令和。
全部が少しずつ繋がりそうで。
でも最後の一本だけが見つからない。
九郎は焚き火の向こうで、黙って炎を見つめていた。
その横顔は、どこか悲しそうだった。
「クロちゃん。」
めぐみが呼ぶ。
「なんじゃ。」
「ゲームマスターって。」
「本当に全部知ってるのかな。」
少しだけ沈黙が流れる。
やがて九郎は、小さく息を吐いた。
「……知っておるかもしれん。」
「え?」
「────だが。」
九郎は夜空を見上げる。
「真実というものは。知れば幸せになるとは限らん。」
その言葉だけを残し、九郎は目を閉じた。
焚き火の炎が静かに揺れる。
めぐみは夜空を見上げる。
星は今日も綺麗だった。
北の白い塔。
ゲームマスター。
そして、夢の中の白い病室。
少しずつ重なり始めた三つの謎は、
彼らを運命の場所へ導こうとしていた。
───その夜。
めぐみはもう一度だけ、白い部屋の夢を見た。
今度は。
誰かが優しく言った。
「……もう少しだからね。めぐみ。」
その声だけは、不思議と涙が出るほど温かかった。
──第10話 おわり──